始まりと終わりの章


   1


 あれから僕は、毎日が夢見心地だった。頼人に報告したら、自分の事のように喜んでくれた。

 逆に頼人からも嬉しい報告を貰った。「実は、ゆかりちゃんと付き合う事になったんだ。」「えっ!いつの間に?」頼人は照れていた、そして自分から「必ず過去を乗り越えるからね。」と。

 全ての事が、怖い位に順調に、そして平和に進んでいった。



   2


 1人ぼっちの、高校1年だった私に唯一声を賭けてくれた高校3年生の女の子。その子の名前は矢代朋だった。

 それはそれは、たくさんの話をした。今までの孤独を埋めるかのように。

 朋が高校を卒業して、大学に進んでからも、朋だけは傍にいてくれた。私は朋に友達以上の感情を抱くようになっていた。

 ある日、それは真剣な顔で、自分には一生許せない人間が2人いる、と打ち明けてくれた。

 朋は、お兄さんが大好きで、お兄さん子だった。

 お兄さんの名前は矢代雄大。

 「お兄さんは、小学生の時いじめに合っていたけど、頑張って立ち向かって、いじめを振り払ったんだ。すると、今度は、いじめる側の仲間に入れられて、自分がいじめる側になっちゃったの。」「その仲間からは抜けられなかったんですか?」「うん、、私も言ったんだけど、抜けたらまた自分がやられるって。」「そうだったんですか。」

 「お兄さんが、中学の時の出来事なんだけど、いじめていた人に、不良の友達がいたみたいで、その不良に、いじめるのを止めるように言われたみたい。」「どうなったんですか?」「案の定、いじめの矛先がお兄さんに向かって来たんだ。」「それで、その先は?」「お兄さんは、誰も知っている人がいないはずの高校に進んだんだけど、そこにもあの不良の知り合いがいて、3年間壮絶ないじめにあったんだ。見ているのが、痛々しかった。長い間いじめ抜かれてどんなに辛かったか。」朋は涙を浮かべていた。「かわいそうに。」と私はぎゅっと朋を抱きしめた。朋は続けて言った。「その不良の名前は、凪隼人、原因になった奴の名前は君島頼人、この2人だけは、何があっても許さない。」

 「そうですね、。私も朋さんを泣かせる人は、許せません。」「ありがとう。」2人は抱き合って泣いた。

 朋さんは、誰も仲間のいない私を、お兄さんとだぶらせて見ていたそうだ。

 そして、いたたまれなくなって、声を賭けてくれたと言う。

 朋さんは、一浪していたお兄さんと同じ大学に進学していた。大学在学中は、お兄さんも、嫌な思いをせず過ごしていたみたいだ。

 しかし、朋は、凪と君島の事をずっと調べていたみたいで、凪が真面目になりコンサルの会社に入った事や、君島の彼女がトラックに跳ねられ死んだ事、大学を卒業してからも、調べる事を止めなかった。お兄さんが就職した会社に凪が出入りしている事や、行きつけの居酒屋まで調べていた。

 もう、今では私と凪さんは一蓮托生である。私たちは計画を立てた。私が、お兄さんと同じ会社に入って、何とか凪に近付く。ぎりぎりまで凪と付き合って、どんな方法を使ってでも、どん底に突き落とす。君島には、どうにかして、その輪の中に、入って貰う。朋には、その都度指示をして貰うと言うものだ。



   3


 凪は面白いように私たちの計画に引っかかって来た。

 しかしここで、計算外の事が起きたのだ。

 お兄さんが、私と凪の関係に気付き、私にちょっかいをかけて来た事だ。私は、朋さんに相談をした。「悪いんだけど、暫くそのままで放っておいてくれないかな。お兄さんも、お兄さんなりに、復讐をしているつもりだと思うから。」との事だった。

 私は、朋さんの言う事に従った。

 しかし更に事態は悪化していった。凪がお兄さんに直接、私と付き合っている事を言うと言い出したのだ。朋さんは、「もし、凪がお兄さんに言ったら、その後、紅音は、お兄さんを冷たくあしらって欲しい。今回の計画に一番居てはいけないのが、お兄さんなのだから。」「分かりました。」

 朋は計画を最後まで練り上げた。

 「紅音、はっきり聞くよ。私の事、愛してる?」「はい、もちろん。」「ありがとう。私も愛してる。」と言って暫く抱擁をした。

 「私と一緒なら死ねる?」「あたりまえじゃないですか。」

 「よく聞いてね。紅音は凪に、何としてもプロポーズさせるの。」「はい。」「そして、紅音は結婚式に出ず、その夜ウエディングドレスを着て、私と、全てが始まったあの学校の渡り廊下に行くの。」「はい。」「そして2人で服毒自殺をするの。毒薬は私が用意するから。」「はい」私は冷静だった。「凪は地獄の苦しみを味わうでしょうね。君島は、凪の恋人が死ぬ事で、昔を思い出し、胸が張り裂ける思いになるでしょう。」「はい。」「そして、私と紅音は永遠に結ばれるの。」「うれしい。」



   4


 凪はやはりお兄さんに私たちの事を話した。

 私は、朋さんに言われたようにお兄さんに対応した。するとお兄さんは、会社を辞めて行った。

 その後、朋さんの計画通り、凪がプロポーズしてきた。

 私は、涙を浮かべる演技をして、プロポーズを受け入れた。

 その後、凪隼人は何も知らず嬉しそうに、式の日取りと場所を決めた。

 それは、半年後の春の真っただ中、近所の小高い丘にあるチャペルだった。私は、凪隼人の提案に全て従ったふりをした。

 その後、朋さんのお兄さんは、再就職が決まったと言っていた。それ以来気のせいか、お兄さんの話をしなくなっていた。

 あれから半年、ついにその日がやって来た。

 私は、朝から姿を隠した。今頃、大騒ぎになっているだろう。

 その日まで私は1人で、ウエディングドレスの着付けを練習していた。背中のファスナーにはひもを付けて引っ張る工夫もした。

 朋さんの為だけに着るウエディングドレスだ。胸が高鳴った。死ぬ事なんて少しも怖くはなかった。だって、朋さんが一緒なのだから。

 約束の時間よりずいぶん前に、私は駅前のビジネスホテルにチェックインをして、ウエディングドレスに着替えていた。

 すごく長く感じたが、やがて約束の時間が近づいてきた。。私は大きめのコートをはおり、学校へと向かった。

 朋さんから、あらかじめ裏門と校舎の扉の鍵は開けておくからと言われていたのを信じ、裏門へと向かった。言われた通り鍵は開いていた。

 朋さんから聞いていた、渡り廊下へ向かうと、すでに朋さんが待っていた。上下純白のパンツスーツ姿だった。

 私は、コートを脱いで、ウエディングドレス姿になった。朋さんは「きれいだよ。」と言ってくれた。

 「さぁ、時間だね。」朋は錠剤の薬を紅音に見せて、「この薬の致死量は2錠だけど、念のために3錠ずつ飲もうね。」と言って、6錠中3錠を私の手にひらに置いた。飲んだら手をつないで寝転ぼうと言って肩を寄せ合い座った。

 朋はあらかじめ2つのペットボトルの水も用意してくれていた。

 「じゃぁ、同時に飲もうか。」と言ってお互い見つめあいながら飲んだ。すぐに、手を繋いで横になった。意識が薄れていくのを感じていた。

 もう、体は動かない。

 上を見上げると、朋と矢代雄大が笑顔でこっちを見下げていた。

 私は最後に残った意識の中で叫んでいた。



 「嘘つき」


          了


    

 

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嘘つき ますもりお @masu-morio

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