俺の章
1
小学生の頃、俺は、みんなにからかわれたり、いじられたりするキャラだった。
俺もそれなりに嫌だなぁと思いながらも、みんなに合わせていた。
それがだんだんエスカレートしていき、いつしかいじめられっ子になっていた。来る日も来る日もいじめられ続けた。
俺には1歳下の妹がいた。名前は朋と言った。俺によくなついていた妹の手前もあり、このままだとだめだと思った俺は、ある日、俺をいじめている奴らと喧嘩をした。相手は複数だ、一方的に殴られるだけだった。だが、次の日から何故かいじめは、無くなった。それどころか、いじめのグループと行動を共にするようになっていった。中学になっても、俺は誰か標的を見つけては、いじめていた。仲間も増えていた。多分、自分が標的になる事が嫌な連中だったのだと思う。
俺は、家では普通の中学生を演じていた。
父親は、商社の小さな支店の管理職、母親は、昼間、パートに行っていた。妹は、引っ込み思案で、あまり活発とは言えなかったが、ごく普通の家庭だった。
俺が中学2年のある日、父が酔って会社での愚痴を言っていた。何やら本社から左遷されてきた部下が生意気だと。おとなしくしていたい自分に対していちいち口を出してくる。父親は俺に、「あぁ、お前の学年に君島ってのがいるだろう、そいつの父親だ。」と言っていた。あぁ、あいつか、君島は同じクラスだった。確か、入学と同時に引っ越して来たといっていたな。
次の日からいじめの標的は君島頼人になっていた。君島頼人には、何の関心も無かったが、印象も薄く目立たない奴だった。
来る日も来る日もいじめ続けた。俺は、いじめ続けられる辛さを嫌と言う程知っていた。しかし、だからこそ、今止めれば今度はいつ自分がやられるかわからない。そうだ、俺がいじめている理由は、今、俺を取り巻いている連中と同じだったのだ。
そんなある日、1歳上の不良で有名だった凪と言う人に、人があまり来ない渡り廊下に呼び出された。君島も一緒にとの事だった。君島と凪が隣同士に住んでいる事は知っていた。
実は、2人は仲が良くて、凪に俺の事をチクったのか?俺は殴られるのか?と思っていたら、凪が「頼人の事をいじめるのを止めてくれないか?言っておくけど、頼人に頼まれた訳じゃないぞ。。俺が勝手にお前に行っているだけだから。」君島の顔を見るとポカンとしていた。おそらく本当だろう。
俺は、次の日から君島をいじめるのを止めた。
案の定、次の標的は俺になった。凪が絡んでいる事をみんなが知っていたからだ。いじめは、同級生だけではなく3年生からもだった。
凪は、この事を知っているのだろうか?
朋はうすうす気づいていたみたいだが、何も言ってこなかった。
いじめは、ますますエスカレートしていって、怪我をして帰る日も少なくなかった。
母親は、学校に相談に行くと言っていたが、それだけは止めてくれと頼んだ。よけいに自分の立場が悪くなることが分かっていたからだ。父親は、いじめられる方にも原因がある、放っておけと母に言っていた。
いじめは、止まないまま高校受験を向かえていた。誰も、顔見知りの同級生が受けない高校を選んだ。
高校のレベルは少し低かったが、いじめられる事に比べたら、気は楽になった。
…と、思っていた。その高校の2年生に凪の中学時代の同級生がいたのだ。そいつは高校で、いじめの中心にいた。そいつは中学時代では、いじめに加わっていなかったが、高校デビューをしたらしい。
もちろん、すぐに見つかってしまい、中学時代の噂が瞬く間に広まった。
そしてまた、いじめの標的にされた。殴られたりするだけならまだいいが、今度は、お金までせびられるようになっていった。高校に入りバイトを始めたが、給料のほとんどを持って行かれた。
さすがに、今度は朋も、「学校に言いなよ。」と言ってくるようになったが、俺は「朋は、気にするな」と言っていた。
耐えるだけの3年間だった。先生もさすがに気付いていただろうが、何も聞かれなかったし、言われなかった。むしろ、先生の方から俺を避けているようだった。
俺は、現役をあきらめ、一浪して少しでもいい大学に行こうと決心した。今までのいびつな世界から、抜け出したかったのだ。
予備校にも通った。
朝から夕方まで予備校通いでその後は、深夜までアルバイトに追われていた。きつかったが、高校時代の事を思えば、なんてことは無かった。努力の甲斐があって、志望校に合格した。
大学時代は、それなりに楽しかった。サークルにも入り、合コンなんかもしていた。凪の存在も時々忘れる位だった。
彼女も、出来たり、別れたりしていた。
ただ1つ、朋と同じ大学の同級生だった事は、気まずかった。ただ、学部は違ったが。
もともと俺とは、出来が違ったのだろう。朋は、この大学で一番難関の医学部に入学していた。
何故か朋は、ぎりぎりまで俺には同じ大学を受験する事を言わなかった。
2
就職は、あっさり決まった。中堅のゼネコンだ。
俺がゼネコンに就職したとたん、父親は偉そうなことを何一つ言わなくなった。サラリーマンとは、そういうものなのかな?
仕事は、やりがいのあるものだった。俺は、現場には立たず、社内でエンドユーザーと下請けのスケジュール等を調整する部署の勤務だった。花形は、やはり開発部だったが、今でも十分満足していた。
と思っていたら、3年目に人事異動で開発部に配属された。どうやら、いわゆる出世組に乗ったようだ。
俺の勤めている会社は、企業コンサルティングの会社とも付き合いがあり、よく合同のプロジェクトをしていた。俺はまだプロジェクトのチームに入った事が無い。まぁ当然か、移動したてだし。
暫くして新しいプロジェクトが始まった。俺は、相変わらずメンバーには選ばれなかったが。
しかし、コンサルの社員がおいて行った名刺を見て、驚いたと同時に言葉では、言い表せない感情が沸いて来た。
”凪隼人”名刺には、そう書いてあった。
一瞬で記憶が蘇った。よく来る奴の顔を思い出す。間違いない、あの”凪隼人”だ。
それからは、凪が来る度に知らず知らずのうちに睨みつけていた。
次の年また合同プロジェクトが始まった。俺は、メンバーからは、外れた。しかし、やたら美人でまだ入社したての、仙道紅音と言う女がメンバーに選ばれていた。しかも、凪のサポートに付いているらしい。
それだけならまだいい。ある日の帰り、2人仲良く歩いている姿を見かけた。そのまま居酒屋に入り、仲良く話していた。
それからも、ちょくちょく後を付けた。あの雰囲気は恋人同士のそれだ。
長年の恨みがある凪、たった1年でプロジェクトに選ばれた仙道、その2人が付き合っている。腹立たしくて仕方なかった。
俺は、仙道にちょっかいをかけるようになっていた。しつこく、しつこく声をかけ続けた。仙道は、「彼氏がいるから。」と言い続けていた。そんな事は分かっている。分かっていて、声をかけているのだ。
プロジェクトが終わっても、嫌がらせを続けた。特に凪には、長い期間の苦しみを与えたかった。
2年経った時、また拡張プロジェクトが始まった。今度は、俺もメンバーに選ばれた。会議中はずっと凪をにらみつけていた。正直プロジェクトの内容なんて、どうでもよかった。ただ凪を睨んでいた。
ある日、凪に「晩御飯でもどう?」と誘われた。いや、呼び出された。俺は素直に応じた。
話の始まりは、よりにもよって、「俺の事覚えているか?」って事からだった。どうやったら、忘れられるんだ?「一生忘れない。」と言ってやった。
次に仙道の話になった。彼女と僕は付き合っている、だから言い寄るのを止めてくれ。と言う予想通りの台詞だった。絶対に止めないと答えた。
その場は、それで終わったが、今度は、仙道に昼休みに呼び出された。
言われる内容は分かっていた。
凪から全て聞いたと。しかし、いじめから逃げる努力をしたのか、とか、勝手な持論を持ち出した。そこに立たなければ分からない事だってあるのだ。そう、例えば、逃げる気力すら無くなる感情なんて理解できないだろう。
挙句、君島の名前まで出して来た。俺が「うるさい!」と言って話は終わった。
これで、全ては会社にばれてクビになるだろう。次の日に辞表を出した。
ただ、あの凪と君島だけは、絶対に許さない。
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