嘘つき
ますもりお
僕の章
1
昔からそうだった。僕は嘘つきだ。
小学校の頃からしかはっきりした記憶は無いが、僕の口から出る言葉はほとんど嘘だった。
しかし、ついても仕方ない、誰にも分からない事ばかりだった。
逆に言えば、あまり本当の事を言った記憶が無いのだ。
何故そうなったかは、自分でも分からない。
ただただ嘘しか言わなかった。
大きな問題にもならなくて、誰も傷つけないそんな嘘ばかりを並べていた。
ばれた事も無かったと思う。
本当の事を言う勇気が無かったのか、嘘をつかない勇気が無かったのか、今でも分からない。
大人になった僕も、相変わらず嘘しか言わない日々を過ごしていた。
もちろんと言ってはおかしいが、中学、高校、大学も変わらなかった。
しかし、無事就職することは出来た。
その会社は、企業向けの、コンサルティングやトラブルシューティングを主にした会社だった。
会社でも、相変わらず小さな嘘を並べ立てるだけの毎日だった。
しかし、こんな僕にも、彼女が出来た。名前は、仙道紅音。見た目も、性格も、申し分のない素敵な人だ。それに引き換え僕は、見た目は、誰が見ても不細工で、なんの取柄もないさえない男だった。
出会いは、会社の取引先と、合同プロジェクトが有った時で、取引先にいた彼女への完全な僕の一目惚れだった。
紅音はまだ新人で、僕は5年目だった。最初に話したきっかけは、プロジェクトの同じ班に振り分けられ、紅音が僕のサポートに付いた事からだった。
仕事が少し遅くなった時に、おそらく無理だろうなと思いながらも、夕食に誘ってみた。
あっさり、「いいですよ。」と返事が返って来た。
思わぬ返事に、どぎまぎしながら、「何が食べたい?」と聞くと、僕がよく行く所がいいと言われたので、素直に、仕事帰りによく寄る居酒屋に行くことにした。
有名な、名店で修業したと言っていた大将の料理は、本当に美味しく、ここなら多分、恥はかかないだろうと思った。
紅音も、気に入ってくれたみたいで、特に魚の煮つけがすごく美味しいと言っていた。紅音は魚を、すごくきれいに食べる人だった。
「女性と一緒に来るなんて、初めてですね。」と田村ゆかりが声をかけて来た。
彼女は、この店のアルバイトで、いわゆる就職難民だった。気さくで、嫌みが無く、誰とでも打ち解けるのがすごくうまい娘だった。確か年は、僕より3つ下だと言っていた。彼女目当てで来る客も少なからずいたと思う。
「ものすごくきれいな方ですね、彼女さんですか?」とゆかりが聞いた。戸惑っている僕を横に「どう見えます?」と紅音が聞き返した。「う~ん、残念ですけど、上司と部下ですかね?凪さん、彼女いないって前に言ってたし。」「正解です。」と紅音。
凪…凪隼人、僕の名前である。
「ごゆっくり。」と踵を返して、ゆかりが他のテーブルに行った。紅音は、僕に向き直し、「彼女いないんですか?」と聞いてきた。「この見た目だよ、いるわけないよ。」「そうかなぁ?いてもおかしくないと思うけどなぁ。」「そういう君はどうなの?それだけきれいだと、周りの男はだまってないでしょ?当然彼氏もいると思うけど。」「それが悔しい事に、誰も声をかけてくれないんですよ。当然彼氏もいません。」意外だった。いや、逆にきれいすぎると声はかけにくいものか。実際僕も今日誘うの、ためらったもんぁ。勇気って、出してみるものだな。
それから、プロジェクトが終わってからも何度か夕食に誘ったが、1度も断られず、食事を共にした。紅音は、あの店が気に入ったらしく、毎回お気に入りの魚の煮つけを食べていた。紅音は、よく笑い、よく食べよく話す人だった。僕は、助かっていた。紅音が明るくよく話してくれるおかげで、あまり嘘をつく事もせずに済んでいたからだ。
紅音はゆかりとも仲良くなって、よく話すようになっていた。ある日ゆかりは、紅音に、「もう、凪さんと付き合っちゃえばいいのに。」というと紅音が、「凪さん、口説いてくれないのよね。気が無いのかなぁ?」と僕が目の前にいるのに…紅音にからかわれているにかな?するとゆかりが、真面目な顔で、「凪さん、どうなんですか?紅音さんとお付き合いする気はないんですか?」と詰め寄られ、僕は思わず、「こんなきれいで素敵な人が僕とつり合う訳ないだろう!」と紅音の前で行ってしまっていた。すると大将が、「お前は馬鹿か!」と言われ、ゆかりにも、「何にも分かってないんですね!」と畳み込まれた。気まずい気持ちで前を向くと紅音が少し頬を赤らめながら、「私は凪さんが、いつ言ってくれるか待ってるんですよ。なんなら、半分付き合っているつもりでいた位なんですよ。」と嬉しいとどめをさされた。。男としては少々情けなかったが、こうして僕と紅音の交際が始まった。
2
僕は、君島頼人に1番に交際の報告をした。最近彼女と別れたばかりだと聞いていたから、タイミングが悪いとは思いつつ、頼人にだけは真っ先に伝えたかった。「マジで!よかったなぁ!」と言って自分の事のように喜んでくれた。頼人は一流商社マンで中学の後輩、今では親友と呼べる仲である。手放しで、喜んでくれた。。紅音も望んでくれたので、頼人に紅音を紹介した。。最初頼人は紅音の美貌に面食らっていたが、話していくうちに、お互い仲良くなってくれた。後で、「あんなきれいな人とは聞いてなかったぞ。」と言われた。照れ臭かったが、僕が褒められているような気にもなった。
紅音には、「君島君ってイケメンだよね。」と言われ、「ここで、やきもちを焼かせますか?」というと、「私は、顔にはなびきません。」と笑った。
頼人は、僕が中学2年の時に引っ越して来た1つ年下の男の子だった。家が隣という事もあり、毎日一緒に登校するようになった。頼人にも僕の嘘話につき合わせた。しかし1つ学年が上がった頃、いつものように一緒に登校することが無くなっていた。明らかに頼人の様子がおかしかった。いつもより、口数が少ない、そう言えば、ここの所あまり元気もない気がする。聞いてみたが、「なんでもない」との返事が。
気になって頼人のクラスを覗いてみる事にした。本人はいなかったが、頼人の机の上には、落書き、中はぐちゃぐちゃにされていた。典型的ないじめに合っているようだ。
僕は頼人のクラスの子に、「3年の凪だけど、頼人をいじめている中心の奴と、頼人に昼休み3階の渡り廊下まで来るようにいっておいてくれ。」と言って自分の教室に戻った。
昼休み、2人が渡り廊下に来た。その頃僕は、学校で悪目立ちする、いわゆる不良というやつだった。多分僕の言う事を無視できないと思ったのだろう。
「頼人は、俺の友達なんだわ、もうやめたってくれんかなぁ。」と、僕は、いじめの張本人に言った。「言っておくけど、頼人がチクったんと違うからな、俺が勝手にやってる事だから。あと、次のターゲット探すのも止めろよ。」と言い、「もう行っていいぞ。」と言うと、殴られるとでも思って来たのだろうか、ほっとした顔で戻って行った。頼人は、バツの悪そうな顔をしていた。僕は、、「悪かったな、勝手な事をして。」と言うと、何も言わず戻って行った。その後、頼人へのいじめは無くなった。ただ頼人にもプライドがあり、暫く口を聞かなかった。でも僕が卒業するまでには、以前の仲に戻っていた。
3
僕は、高校時代、何の目標もなく、毎日を過ごしていた、ただの1不良でしかなかった。ただただ、このままどこかの工場とかで働いて、なんの面白みもなく過ごしていくんだろうなと思っていた。エリートはエリート、落ちこぼれは落ちこぼれでしかないと思っていた。
しかも、僕が、小学5年の時に父が病死して以来、母親の女手一つで育てらた僕は、自分の将来に大きな期待をしていなかった。
一人っ子で、母の苦労を見ていたので、早く社会に出たかった。
しかし母親は、僕を絶対に大学まで行かせるつもりでいたようだった。
僕と考えが違って、自分が苦労した分、僕には少しでも社会に出てからの苦労が無いようにと、考えていたみたいで。僕は知らなかったが、貧しいながらも、大学進学の為に、貯金もしていたみたいだ。
目標が無かった僕は、今まで通りアルバイトをしながら、大学に行く決心をした。そして、大学に通っている間に目標を見つけようと。
ただ、やるからには、何かをひっくるかえすくらいの事を。
今、考えると遅すぎるし、甘いね。
でも、出来るだけあがこうと、高校3年になると同時に塾にも通い始めた。頼人が塾に通ってる事を、知っていたので、そこを紹介してもらった。
大学は、自分の想像していた将来と真逆の商学部を受験する事にした。
それは、敢えて自分を180度変えてみようと思ったからだ。
何とか現役合格出来た僕を、母は誰より、喜んでくれた。
在学中の4年間は、すごく短く感じた。。あんなに楽しく勉強したのは、初めてだった。大学院への道も、大学から勧めれられたが、就職の道を選んだ。しかも、大手や注目の企業は敢えて受験せず、、ベンチャーで、決して大きくない、僕の興味を引く会社を見つけたので、そこを受ける事にした。
そこは、起業して4年の駆け出しだが、少しづつ業績を伸ばし続けている、いわゆる企業向けコンサルティングの会社だった。社員は、10人程度だったが社長をはじめ数人は、物凄いスキルの持ち主だった。
受験者は4人で、受験内容は面接のみだった。しかも、面接の質問はたった1つ「面接のシミュレーションはしてきましたか?」ただそれだけだった。
その年の合格者は1人、僕だけだった。
僕の面接での答えは「いいえ」とだけ即答した。それが、どんな意味をもつ質問だったか、今では、少し分かる気がするが、当時の僕は、質問の意味も、なぜ合格したのかも分からなかった。
その会社には、1人だけ高卒がいた。会社立ち上げのメンバーで、年の離れた社長のいとこが、高校生だった彼の家庭教師をしていたらしい。そのいとこも今では、この会社の社員なのだが、その当時「なかなか面白い考えの高校生がいる。」と、社長に紹介したところ、社長が気に入って、「一緒に会社を作らないか?」と、口説いたらしい。その、面白い考えというのは、後々分かって来るにだが。
彼の名前は、月見川雅史といった。歳は、僕と同じだったが先輩という、なんだか微妙な感じだったが、お互い呼び捨てで呼び合おうと言ってくれた。
雅史はすぐに僕と打ち解けてくれた。今まで全員自分より年上だったからだろうか、?
社長も、僕に「何かあったら彼に聞くといい。」と言っていた。
仕事は、最初、雑務をしながら、社内での仕事を覚え、そのうち、先輩に付いて企業に赴き、ノウハウをたたき込まれた。
会社帰りに、僕は、雅史と度々食事や、飲みに行っていた。最初に誘ってくれたのは雅史の方からだった。
会社から駅までの間にある、あのゆかりがいる居酒屋だった。
最初に行った時に「よく入社出来たね。」と雅史が言って来た。僕は面接内容を知っているのか雅史に聞くと、「もちろん知っているよ。だって、社長達と一緒に考えたんだから。」とあっけらかんと答えた。そして「でも、質問の意味は、今は聞かないでねとも言っていた。
雅史は、外回りは、一切せず、社内で、企画を立てたり、他の社員たちの相談に乗っていた。1番年下なのにだ。特に、トラブルシューティングに関しては彼の右に出る者はいなかった。ちょっとした企業を22歳の若者が動かしている。彼は、天才なのだと思った。
4
再び紅音の会社と仕事をする事になった。紅音の会社が拡張するにあたり、2年前のプロジェクトのリニューアルをするらしい。メンバーは、基本両社2年前と同じだったが、紅音の会社側のメンバーが2人程入れ替わっていた。僕は、このプロジェクトが終わったら、紅音には言っていないが、プロポーズするつもりでいる。
2人とも、会社には、付き合っている事を言っていなかった。
今度も紅音が、僕のサポートに付いてくれた。
最初の会議で、自己紹介が終わった後から、僕の事をじっと見て来る視線を感じていた。入れ替わったメンバーの1人だ。名前を、矢代雄大と言った。歳は、僕と同じくらいの男で、何か睨みつけるような視線だった。
いつものように仕事帰りに紅音と食事をしている時「会議の時、紅音の会社の、矢代君だっけ、なんだか僕の事ずっと睨んでるようなんだけど、何かしらない?」「矢代さん?…あぁ、たしか隼人と同じ中学だったはず。歳は、隼人の1つ下。隼人と同じ中学なんて珍しいと思ったから覚えていたんだ。」
はっとした。中学時代の事だから忘れていたが、たしか頼人をいじめていた奴だ。そうだ、顔はあまり覚えていないが、矢代って名前だった。しかし、まだ恨んでいたのか?もう、何年経っているんだよ?
「でも、矢代さんって苦手なんだよね、って言うか、よく誘われるんだ。彼氏がいるからって、断っているんだけど、それでもしつこくて。」
僕は、中学時代の矢代と、頼人との出来事を紅音に話した。「頼人の次は紅音か、偶然とはいえ、いい加減にしてくれ。」と僕は言っていた。
「でも、いくらなんでも、中学2年の事を今でも恨んでいるってちょっと尋常じゃないよね。そんな酷いことをしたの?」「僕の話、聞いてた?あくまで僕は、いじめるのを辞めてくれって言っただけだよ!」「そっか、じゃぁよっぽど悔しかったのかなぁ?でも、あの明るい頼人君にそんな過去があったなんてねぇ…」「頼人には言わないでおいてよ。思い出させたくないし。」「そんなの、あたりまえじゃない。私にとっても頼人君は、大切な友達なんだから。」「ありがとう。」と僕は言ったが、しかし、この先が思いやられる。
その後、仕事自体は順調だった。前回はうちの会社の提案がほとんどで進んでいたが、今回は両社のいいとこ取りで、いいプロジェクトになりそうだ。
ただ、矢代の視線だけは相変わらず、会議中の発言も彼だけは、ほとんどしなかった。
その日も紅音と食事をしていた。「プロジェクトは、いい感じだね。もう少しお互い頑張ろう。」「うん、そうだね。」少しの沈黙の後、紅音が、「矢代さん、相変わらず隼人の事睨んでいるね、発言もほとんどしないし。それに…」何か言いかけた。、僕は、「それに、何?何かあった?」「うん、矢代さんから誘われる回数が…」「増えたんだね?そうか、仕方ない、矢代には僕から話すよ。結果、僕たちが付き合ってる事が、会社にばれちゃうかも知れないけど。」「私は別に構わないけど隼人は大丈夫なの?」「うん、それは大丈夫。矢代とは、なんとか、穏便に話してみるよ。」
狭い店なので大将や、ゆかりにも今までの大体の内容は聞かれていたし、僕たちも隠している訳ではない。大将と、ゆかりには、頼人にだけは言わないで欲しいと頼んだ。「あたりまえだ、ばか。」と大将に言われ、「凪さん、頑張ってね!」とゆかりに言われた。
5
数日後、仕事終わりに、矢代を個室のある料理屋に誘った。最初は、悩んでいるようだったが、何かを決心したように、「行きましょう。」と言った。
席に着くと、「まず、今日は、付き合ってくれてありがとう。」と一応の礼儀を立てた。「いえ。」一言だけの返事が返って来た。「今日、誘ったのは、幾つか理由があって。」「はい。」「まず、君は、あの時の矢代君だよね?」「はい。」「あの時の事は今でも覚えているのかな?」「はい、一生忘れないと思います。」彼が初めて、一言以上しゃべった。「じゃぁ、次に仙道君の事だけど。」「はい。」「実は、僕と付き合っているんだ。」「はい、知ってます。」驚いたが、質問を続けた。「じゃあ、しつこく誘っているのは?」「あなたの彼女だから、わざと。嫌がらせです。」何を言ってるんだこいつは?
矢代はぼそぼそとしゃべりだした。
中学時代、下級生の間では、僕は結構怖がられていたみたいで、その僕に言われて頼人へのいじめを止めたとたん、矢代が今度はいじめの標的になったらしい。高校に上がっても、噂がもう広がっていて、3年間壮絶ないじめにあっていた。自分がいじめられるきっかけになった僕を、そうとう恨んでいたそうだ。大学に上がり、やっといじめの無い生活が待っていた。
僕の事も正直忘れる事もあったそうだ。しかし、就職した会社でちょくちょく僕を見かけるようになったらしい。最初は、僕とは分からなかったみたいだが、僕が配っていた名刺を見て僕だと分かり、怒りが再燃したという事だった。
そこで、あのプロジェクトが始まった。矢代は、プロジェクトメンバーではなかったが、僕が会議室に入って行くのをよく見ていたらしい。同僚のプロジェクトメンバーに聞いて、紅音が僕の下に付いた事も知っていた。
ある日、会社帰りに、僕と紅音が一緒に歩いているのを見たらしく後を付けたみたいだ。2人は居酒屋に仲良く入って行き楽しそうにしているのを、腹立たしく見ていたらしい。それから、何度か後を付けていたそうだ。それから執拗に紅音に声をかけるようになったらしい。
僕は、もうこれ以上紅音に迫るのは、やめて欲しいと頼んだが、「止めませんよ、絶対にね。」と言われた。「僕は会社沙汰にしたくないんだよ。そうなると君は、あの会社に居られなくなるかも知れないんだよ。」「あなたは、昔と変わりませんね。自分が、優位な立場に立ってこちらを逆らえない方に持って行く。…いいですよ。でも、今度は、絶対に止めません。たとえクビになったとしてもね。」
だめだ、完全に根深い逆恨みではないか、ここで、これ以上話しても、意味がないと思った僕は「この話は、一旦持ち帰らせて欲しい。」と言い、店を出て矢代と別れた。
6
次の日、仕事帰りに、紅音といつもの居酒屋に行った。その日は、定休日だったが、「他のお客さんもいないから、じっくり話せるだろう。と、大将が、僕たちだけに開けてくれた。しかし、なぜか、ゆかりもいた。
そこで、昨日矢代と話した一部始終を紅音に話した。逆恨みとは言え、紅音に嫌な思いをさせたきっかけになった事を詫びた。「何故、隼人が謝るの?辛い思いをしたかもしれないけど、元々の原因を作ったのは、矢代さんじゃない!」
「これから、どうするか考えなきゃならないんだけど、矢代が、紅音に迫るのを止めないと言っている以上、双方の会社に言うしかないと思うんだけど。」「そうねぇ、多分言っちゃうと矢代さん、最悪クビだろうなぁ、でも、理由が分かったらよけいに矢代さんから迫られるのはいやだしなぁ。」「矢代が、心を入れ替えてくれたらいいんだろうけど、あれだけ、根深く、しかも捻じれていたら、無理だろなぁ。」話が行き詰まりかけた時、紅音が、「一度、私から矢代さんに話してみる。」と言い出した。「えっ。」と僕。「心配しないで、話を全部聞いた事と、もう、誘うのは止めて欲しいって伝えるだけかから。会社の近くのカフェで、お昼休みに呼び出してみる。
あのカフェだと、何かあったらすぐ隼人が来てくれるでしょ。やれることは、やってみようよ。」…なんて強い人だ、こんな人と付き合っているんだな、と僕は改めて思った。
次に日の、昼休み、「矢代さん、お話があります。お時間ありますか?」「珍しいね、君から誘ってくれるとは。」「そこのカフェでいいですか?」「もちろん。」
紅音と矢代は、会社のすぐ近くにあるカフェに入った。
「矢代さんをお呼びした理由、わかりますか?」「さぁ?」「凪さんから全てお聞きしました。」「そう。」「私は凪さんの彼女です。これ以上付きまとわないで下さい。」「嫌だね。」「もともとは、矢代さんあなたの逆恨みから始まった事でしょ?」「知るか!あいつは自分が強い立場になると弱い人間をどん底に突き落とす。俺が、どれだけ辛い思いをしたか!全部、あいつのせいだ!」「違う、凪さんはそんな人じゃない。もともとあなたが君島さんをいじめなければこんな事にならなかったんじゃないんですか?それに、高校に入ってからのいじめは、凪さんは、全く関係ないし、自分で何とかする努力はしたんですか?」「君はいじめと関わった事があるか?いじめは、そんな、努力とか、理屈で何とかなるもんじゃないんだよ。」「じゃぁ、そこから逃げる努力はした?どうせ自分なんかとかって思わなかった?引きこもったり、親に転校したいとか引っ越ししたいとか、相談した?」「うるさい!」と言ったきりだまりこんでしまった。昼休みも終わりそうになったので、店を出て会社に戻った。
その次の夜、紅音は矢代との話の内容を教えてくれた。僕と紅音は、結論を出した。次、矢代が紅音に付きまとったら双方の会社に告発し、矢代と紅音を近付けない措置を取って貰う事にした。
しかしそんな僕たちにとって意外な結末になった。紅音との話し合いの後、矢代は辞表を出し会社を辞めた。
これは、紅音の言う逃げる努力をしたのだと思う。それは、決して恥ずかしい事ではないと思った。
7
プロジェクトも、もうすぐ終わりに差しかかっていた。僕は違う意味で、毎日ドキドキしていた。
そう、このプロジェクトが終われば、紅音にプロポーズすると決めているのだ。こればかりは、誰にも相談することも出来ず、1人でいろんな想像をしていた。何故か、断られる想像ばかりだった。そりゃそうか、今まで、自分の容姿にコンプレックスばかりで、自信なんて持った事が無かったからな。あぁ、本当に断られたら、立ち直れないな。
そんな事ばかり考えているうちに、プロジェクトが終わった。すごくいいものが形になった。今回は、チームでの、コンサルティングになったが、、今までで1番と言っていい出来だった。
僕はプロジェクトの成功のお祝いと言う口実で紅音を、ホテルのレストランに誘った。紅音は「いつもの居酒屋でいいじゃない。」と言っていたが、どうにかこうにか「こういう時くらい、かしこまろうよ。」と訳の分からない説得をして、普段は着ない服を着て2人で出掛けた。
紅音が「今回は、色々あったけど、結果、すごくよかったよね。」「そうそう、下手したら、僕らのせいで、プロジェクトに迷惑をかけるところだったもんね。」などと話し、美味しい料理を食べ、美味しいお酒を飲んだ。
いよいよだ!
頑張って買った指輪をテーブルの上に置き、ストレートに「結婚して下さい。」と言った。
紅音は、「はい、こんな私でよければお願いします。」と涙を浮かべて行ってくれた。
もし、椅子が無くて立っていたら、腰から崩れ落ちていただろう。
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