【三月二十八日】
前哉が竜宮へ行ってから、初めて迎えた朝はとても静かなものだった。弓哉はもう起き出していて部屋には居らず、一人きりの部屋はとても広く感じた。机を見れば、前哉が愛用していたジッポが昨日のまま置かれている。タンスを開けば、俺たちが着るだろうと処分されなかった服がある。本棚には『まえじま』と名前テープが貼られた書類ケースが、決められた場所に収まっている。この部屋の至るところに、前哉の存在した痕跡が残されている。
「……タバコ」
トントンとタバコを一本取り出して、机の上のジッポを手に取る。ひんやりとした感触は、最期にモコモコに着込んで寒がっていた姿を思い出させた。
「前ちゃん」
この世界のどこを探しても、兄はもう居ない。
催花 雨の中で 加茂 @0610mp
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