【三月二十八日0000】
「でっかい河だなー」
俺は竜宮に来たというのに、ここは海の底ではなく目の前には大河がある。そして、この大河を渡らなくてはいけないということを、当たり前のように理解していた。
「でっかいなー」
一人でボヤきながら河に入っていく。ザブザブと水音を立てながら進めば、河はだんだんと深くなっていく。話し相手も居ない上に大して変わらない景色、早々に飽きがきてしまった。
「泳いだ方が早くないか」
胸の下までやって来た水に頭から突っ込めば、水の感触が気持ちいい。魚でもいるかと目を凝らしてみても見えるのは河底の丸い石のみで、面白味のかけらも存在しなかった。時々水面から顔を出して方向を確認する時も、やはり変わらない風景でだんだんと心細く不安がジワジワと心を侵食してくる。
「早く行こう……」
全力で水をかくが、現役だった頃よりも速度が出ず歯痒い気持ちだけが募っていく。ようやく岸に着いた頃には目尻には温かい水が溜まっていた。
「もー……やだ」
一人で呟いて単を絞れば滴り落ちた水が石を叩いて跳ねてから地面に染みていく。
「前哉、なに泣いてるんだ?」
「なんか一人だし、なんにもないし、河広いし……築哉(つきや)?」
不意に後ろから聞こえた声。答える途中で振り返れば懐かしい兄の姿があった。五年前……生前と全く同じように話しかけられたせいで驚くのが遅れてしまった。
「おう、優しい築哉お兄様が迎えに来たぞ」
「なんで?」
「ん?河の淵で水絞ってんのが見えたから」
ニコリと目尻を下げて笑う築哉。久しぶりのその表情が、明るい声が嬉しいのに、それを泣き顔を見られたという羞恥が軽々超えていく。
「遅い」
「横暴だな」
理不尽だと理解している。それでも築哉はその一言で片付けてしまった。
「和兄と家兄は?」
「あっちで待ってる」
「そう」
「もう行くか?」
「行く。……築哉」
「どうした?」
「迎えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして。木材から見た可愛い弟のためならなんのそのだ」
築哉と何もない道を歩き出す。涙はもう乾いていた。
催花雨の止んだ春の日に。
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