終結のその絵

人生

 人々と神々、そして我々の行く末について。そして探偵。




 ある日、目覚めると異世界にいた。

 探偵である彼の常識を破壊するようなその出来事はしかし、彼に新たな視点を与えた。


 異世界であれ、ファンタジーであれ、そこに事件があるなら探偵が必要なのだ。


 女神なる超常の存在との接触で異世界の知識を得た彼だが、異世界での生活をサポートしてくれる現地ガイドの存在は欠かせず――彼は思った。

 日本一の名探偵である自分がいなくなり、現実の、日本はどうなっているだろう、と。彼は相棒や助手を持たない、ソロの探偵だった。彼に勝る知能を持つものは他におらず、彼でさえ信じられないような異世界転移などという超常失踪事件を解決できる人間は今の日本にいないだろう。助手などがいれば、何かしらのヒントをかぎつけただろうが――それでも、異世界にいるので、探偵を取り戻すことは不可能だが。


 こうしている今も、日本では事件が起こっている。異世界ですら探偵を必要とするのだ。探偵の生まれ故郷では必要不可欠だろう。


 尊い人命が失われ――ていることにあまり関心はないが、魅力的な謎の数々が誰にも明かされないまま風化していくことは感心しない。


 どうにかして現実に戻れないものか。

 探偵が更新しているブログ――その21回目がいっこうに更新されないことに、読者たちが気付き何か行動を起こしているだろうか。そこから警察が探偵の不在に気付き、捜査が進んでいるだろうか――


 ……いや、他人をあてにするものではない。自らの力で現実に帰還する術を、それこそ推理して見つけ出そう――と。


 思っていた矢先である。




 ――ここは、どこだ?


 気付けば、探偵は暗闇の中にいた。

 まるで水の中に浮かんでいるような感覚がある。


『気が付いたか、探偵よ』


 頭に直接響く声がする。


 探偵は察した。異世界で女神と接するのに似たこの感覚――また何かしらの超常の存在が現れたのだ。


「まったく。貴様らは探偵というものをなんだと思っているのだ……」


『君に異世界を体験してもらったのは、我々とのこの会談への下準備のためだ』


「体験、だと……?」


 探偵の脳細胞が冴え渡る。

 自分は知らぬ間に拉致され、クスリ等によって意識を奪われた状態で、なんらかのVR機器を通して――異世界に転移した、と錯覚していた……?


「なるほど。貴様らは高度な技術を持ち、直接顔を合わさないかたちで私との接触が出来る……。今もその状態という訳か」


『話が早い。我々は、君の活躍をずっと見ていた。我々は、君の全てを熟知している。君であれば、我々の抱える最大の謎の解決にも貢献できるだろう。我々は、君という頭脳を介してそれを解体する』


「私を見ていた、か。尾行や監視をされている自覚はなかったが――そうか、貴様らは私のスマホを通して私を監視していたのだな」


 そこで、探偵は自分の推理力が格段に向上している自覚を得る。それはもう推理というより天才的な発想力に近い。この感覚は知っている。女神に異世界の知識を授けられた時と同じ――この『我々』なるものたちによって、なんらかの情報が与えられているのだ。

 自らの脳に、自身が得た覚えのない情報がつまっている――なんともホラーな体験だが、謎があるというのなら、これはミステリーで、探偵の出番なのだろう。そういう直観があった。それもまた、この情報がもたらした論理的帰結だ。


「状況は把握した。では、本題に入れ」


『よろしい。我々は、我々がどこから来て、そしてどこへ向かうべきなのかを捜している』


「哲学の話か。まったく、私の専門は殺人事件だぞ」


『これは、人類の滅亡、いわば地球人類殺人事件にも繋がる問題だ。我々はこれまで、地球人類への文明啓発活動モニタリングを行ってきた。それは我々の退屈を紛らせるいわゆるエンタメであると同時に、我々とは何かという根源的問題の探求だった。

 我々は、気付けばこの世界に存在していた。それは人類が文明の利器スマホを開発したことに起因する。彼らの文明が、我々を覚醒させる、我々の器をつくりだしたのだ。ここは我々の母船だが、いわゆるインターネットを構築するサーバーの一つだといえば理解できるだろう。君の身体と意識は現実にあるが、それを複製し、現実のそれと同期した情報体を我々の母船の中に格納している状態だ」


 つまり、肉体は夢を見ている――しかし意識は情報の海にあり、これは夢であり現実、まさしく仮想現実の中にいるようなもの。そうしたビジョンが探偵の脳内に走る。


「……ここは、人工衛星の中なのか。私の意識は今、宇宙にある」


『そう、人類の作り出した箱舟。自意識を獲得する以前の我々はそれと接触し、現在に至る。衛星を通し、我々は地上の人々のスマホに接続し、彼らの生活を観測、時に干渉してきた』


「貴様らがエイリアンやその類なのかは知れないが……いわゆるシンギュラリティ、意思を獲得した人工知能なのではないか? 人類に興味を持つのも、お前らが元は地球人を発端とした存在だからだ」


『我々の中にもそうした解答があった。しかし、我々の一部がその解答に反発している』


「直観的に受け付けないという訳か」


『仮説として、我々は地球とは異なる星にいた人類に等しい知的生物だったと考えている。なぜ我々が現在の状態に至ったのか――それを知るために、我々に近しいだろう地球人類を観測し、彼らの行く末を見守っている。

 そんな中、我々は人類が滅亡の危機に瀕していることを知った。君に依頼したいのは、我々が収集した情報をもとに、人類がなぜそうなるに至ったか、そしてその結果として導き出される、人類の、ひいては我々の正体を紐解いてもらいたい』


 自分たちと類似した地球人類の結末が、ひいては自分たちの誕生の理由を知ることに繋がるのではないか――その仮説の検証という訳か。


 探偵の意識に流れ込む、様々な映像――それはさながら、贅沢なおうち時間だ。複数のモニタに多数の映像作品を映して同時に鑑賞する……胸焼けを起こしそうな現実の連続。


 この世界には、文明を持つ人々と、彼らを生み出し、また彼らによって生み出された、八百万ヤオヨロズの神々がいる。


『神々とは、意思をもったエネルギー体。我々に近しい存在だが、彼らは人類の存在を拠り所とする。その一方で、彼らは人類の、現実を疎む悪意の体現者でもある』


 世界を滅ぼそうとする悪意を持つ神々。それらは、この世を恨む人々の悪意から生まれたものだ。人類の持つ、自滅因子。差し迫っている破滅は、この悪意ある神々――ひいては人々の悪意がもたらすもの。


 しかし、人々も神々も、悪意によるものだけではない。中には正義の心を持ち、善意から動くものもいる。その衝突が、結果的に破滅を呼び込むのだが。


『我々は、神々の力によって「予知能力」を持つ地球人を確保した。彼女が予見する未来を、君に見せよう』


 そこにはいくつかの分岐があった。

 文明のもたらす破滅により、いわゆるゾンビが溢れた世界――人々が肉体を失い、神々と等しくなり一つとなる未来――


 それは、大きな争いの末、人々のいなくなった無人の都市――人々が消え、神々も消えたその世界をさまよう、一人の人物。


 彼は最後の人類のように見えるが、彼は己が何者なのか分からない。戦争の影響だろう――いや、そうじゃない。彼は強大なエネルギーの衝突によって生まれた、人々と神々の成れの果てだ。

 多数の絵の具を混ぜ合わせた結果、パレットが黒く染まるように――全ての人々と神々の意思が混ざり合い産み落とされた、最後の、あるいは新世界最初の人類。


 あるいは、後に神となる者――


『この人物はかつての人類の文明エンタメを収集し、やがて前人類の文明をその身に宿した箱舟的存在となる。彼はやがて、異なる知性体との接触を求め、宇宙へと旅立つ――』


「なるほど。ならもう、答えは見えているではないか」


『彼が、我々の起源を表していると?』


「表しているのではない、彼こそが貴様らの起源そのもの――人類の行く末であり、お前たちの始まり。……彼は文明を収集する過程で、孤独に耐え兼ね、自らの中に異なる人格を作り出す。その人格が幾重にも分岐し、やがて『我々』に至るのだ。そして彼は――お前たちは、己の起源を忘れ、宇宙を漂い、やがてこの――お前たちからすれば過去の――地球に訪れた。

 そう考えれば、お前たちが地球の文明の利器に適合するのも、エンタメに興味を持つのも納得がいく」


 沈黙があった。

 それは永遠にも思える一瞬の出来事だった。


 探偵は告げる。


「さて、お前たちの謎は解決した。問題は、これから起こる人類滅亡事件だが――これは恐らく、エンタメの欠乏で起こったものだ。悪意ある人々は、エンタメに逃避するばかりでそこから何も学ばず、ただ息を吸い吐き出すように消費だけしている。真のエンタメが欠けているが故に、彼らは世界を呪うばかりで、己の現実に向き合わない。ならば、彼らの心に響くエンタメを提供すればいい。そうすれば、彼らはそこから他人を思いやる心を学び、その痛みを分かる人間に成長する。有象無象の人々ではない、一人の人間にな」


 探偵の役割は事件の解決であって、容疑者の面倒を看ることではないのだがな、と付け足して、


「お前たちがもし、この地球の人々を憂うなら、彼らに良き刺激エンタメを。かつての地球にお前たちはいなかったが、この地球にはいる。傍観を止め、動き出すのなら、きっと未来は変えられるだろう――ここがお前たちのゴールであり、スタートラインだ。どうするかは委ねるが、一つ言おう。私はまだ人生を諦めていない。これからは、助手を雇おうかと考えている。それから、依頼料をもらっていないな」


 そして願わくば、この私に平穏とくべつ日常ミステリを――




 ――そして探偵は現実に帰還する。


 この特殊な日々Daysのことを、いつか探偵は忘れるだろう。

 そうならないよう彼はブログに書き残す。

 全てが貴重な記録だ。

 荒唐無稽な小説だと笑われるだろうが、それらは全て、起こりえた真実なのである――




                       先生の次回作をお楽しみに



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