five life goals

花岡 柊

five life goals

 卒業式が近づいてきた二月。私と幼馴染の大雅は、相も変わらず、何もすることがなくぼんやりと地味な一日を過ごしていた。


「もうすぐ卒業だね……」


 センチメンタルになるなんて、らしくないって笑われるだろうか。

 ポロリと漏れ出た言葉に、発売したばかりの漫画雑誌を読んでいた大雅が顔を上げる。

 普段ならすぐに私のことをからかって馬鹿にする大雅も、同じようにセンチメンタルな表情をした。

 私達は小さな頃からいつも一緒で、どちらかの部屋に来ては一緒に過ごすことが多かった。


「高校生活最後の年なのに、なんにもできなかったよね」


 世界中に蔓延したウィルスは、私達の生活から「いつも」というもの全てを奪い去った。友達同士で集まることも、みんなで楽しく食事をすることも。カラオケや旅行も。嬉しいことがあっても、喜んで抱き合うことだってできないのだ。全部全部制限されて、力いっぱい声を上げて叫ぶことができなくなった。

 仕方ないのはわかっている。だけど、なにもない高校生最後の年って寂しすぎる。


「思い出が少な過ぎて悲しいっ」


 大雅に当たっても仕方ないのは解っているけれど、このどうしようもない憤りをぶつけるところがなくて、自分でもどうしていいのか解らないのだ。


「卒業アルバムだって。載せる行事がなくて、きっとペラッペラだよ。悔しいっ」

「うん」


「泣けてくる……」

「うん……」


「そんで腹立つっ」


 声を張り上げる私を、大雅は冷静な表情で見てくる。


「なぁ。100 life goalsって知ってるか?」

「なにそれ」


 大雅は、さっきまで読んでいた雑誌を閉じて床に置く。


「一年の初めに、百個の目標を決めるんだよ」

「百個!? 何それ、無理だから。何の罰ゲームよ」


 百個も目標を決めるなんてマゾでしょ。こんなに辛いご時世に、わざわざ百個も大変なことに挑まなくてもいいじゃん。


 大雅に向かって唇を尖らせる。


「まぁ、話は最後まで聞けって。目標なんて言っても大層なことじゃなくていいんだよ。例えば、31のアイスを全種類制覇とか」


 お腹壊しそうだけど、楽しそう。


「あとは、バッティングセンターでホームランとか。簡単なことでいいんだ。それを一年間のうちに一個ずつ叶えていくんだ。俺らはさ、やりたいこといっぱい飲み込んできたじゃん。修学旅行もなかったし、友達同士で集まることも規制されて、今のままじゃ卒業式だってできるかどうかもあやしいだろ。だからさ、卒業までに簡単なゴールを決めて、それを叶えていくってのは、どうかと思って」

「楽しそうだけど、百個は無理だよ」


 私が苦笑いすると、大雅も笑っている。


「一年の初めからだったら、百個もありだけど。卒業まであと少しだろ。だから、例えば五個とかさ。それくらいならいけそうじゃね?」


 なるほどね。


「うん。五個ならいけそう」

「じゃあ、何を叶えるのか考えようぜ。二人で一緒にできるやつな」


「私、魚釣りしたい」

「なんで釣りなんだよ」


 大雅が笑う。


「釣りって、したことないんだよね。テレビでね、釣りしてるのを見て、前から楽しそうだなって思ってたの」

「釣り堀とか?」

「いいね」


 以前見たドラマの中で、有名な俳優が釣り堀に糸を垂らしているシーンがあった。あんな風に、日がな一日のんびりと釣りをするっていいかも。


「じゃあ、まず一つ目はそれな」

「俺は、さっきのバッティングセンターでホームランてやつ」


「大雅、それいつもやってるじゃん」

「陽菜も一緒にやるんだよ。二人で達成することに意味があんの」


「なるほど。てか、私バットなんて振ったことないけど」

「知ってる。ちゃんと教えるから頑張れ」


「わかった」


 拳を握ると大雅が笑う。


「次は私ね。ホールケーキを丸ごと食べたい」


 大雅が苦笑いをしている。甘いものが嫌いなわけではないけど、流石にホールとなるとしり込みするらしい。


「ホールに直接フォークを刺すって、一度やってみたかったんだよねぇ」


 甘くておいしいケーキを丸々食べるところを想像しただけで、幸せな気持ちになっていく。


「一人で食べきるのは無理かもしれないけど、大雅が一緒なら完食できそうだもん」

「わかった。ぜってー残すなよ」


 大雅がイタズラっぽく笑って釘をさす。


「次は俺な。花火がしたい。夏もさ、結局みんなで集まれなかったろ。一人で花火は切ないけど、二人なら盛り上がる」

「いいねぇ、花火。大賛成。どこでやる?」

「河川敷にしようぜ」


 目標を決めていくたびに、ワクワクとしてくる。


「最後の一個は、お互いに秘密な。最後、花火の時にその目標を話して実行する」

「お楽しみ感覚があっていいね。五つ目はお互いに、当日まで内緒ってことで」


 話していくうちに、どんどん楽しくなってきた。

 

 手始めは、釣だ。


「祖父ちゃんが竿を持ってるし、釣り堀も知ってると思う」

「大雅のおじいちゃん、頼りになるね」


 教えてもらった都内の釣り堀は屋内にあり、なんとバッティングセンターも併設していた。まるで、私達の為のような場所で驚いた。


「釣りとホームラン。どっち先にする?」

「バッティングセンターにしようよ。汗をかいた後に、のんびりと釣りをするって方がよくない」


 私の提案で、まずはバッティングセンターへ向かった。小銭を入れて、バットを握り打席に立つ。


「陽菜。ボールをよく見ること。自分の振るバットの速さと飛んでくるボールの速さを考えてスイングだ」

「それ、難しくない?」


 大雅の説明に苦笑いしながら、一番速度の遅い七十キロでチャレンジした。金属バットは軽いからなんて言われたけれど、私にしてみたら充分重くて、初めは当てるのも大変だった。けれど、何度も挑戦するうちに、バットに当たるようになり、打球は前に飛び。最終的には、ホームランと書かれた丸いボードの端に当てることができた。


「やった。やったよ。大雅! 私すごーい」


 自画自賛して大雅とハイタッチをすると、周りから少しだけ白い目で見られてしまった。なので、その後はこっそりとエアーハイタッチに切り替え、私達は肩を竦めて笑いあう。大雅は、もちろんすぐにホームランを打っていた。


 次は釣だ。


「釣りってさ、バッティングセンターのあとにくるものじゃないね」


 急に体を動かしたせいでバットを振った腕がフルフルと震え続けていて、釣り竿をまともに握れない。あんまりプルプルしてるから、可笑しさが込み上げてきてどうにもならず。私はケタケタと笑い続けてしまう。


「楽しそうでよかったじゃん」


 大雅がからかう。


 釣り堀では、釣った魚によってポイントが貰えてお菓子に交換できる。役立たずの私の代わりに大雅が頑張ってくれたから、いくつかのお菓子と交換してもらえた。袋に入ったお菓子はありふれたものなのに、なんだかとっても嬉しい。


「私達子供みたいだね」


 クスクス笑うと大雅も笑った。


 次の目標は、ホールケーキを丸ごと完食だ。

 美味しいと評判の、某有名ホテルのショートケーキを買いに行くことにした。


「どうしよう、大雅っ。どれも美味しそうだよ。迷っちゃうよぉ」


 ガラスケースの前で私の目が輝く。


「ショートケーキを買うんじゃないのかよ」


 店に入った途端に迷いだした私を見て、大雅が笑っている。


「陽菜が食べたいの選べばいいよ」


 結局あれこれ悩んだけれど、当初の目的通りにショートケーキを無事購入。家に戻り、紅茶を淹れた。


「いざ。ケーキ入刀!」

「結婚式じゃねぇし」


 大雅の突っ込みに笑い、フォークを構える。まん丸のままのケーキが食べたかったけれど、念のため半分に切って食べ始めた。


「めちゃくちゃ美味しい~」

「マジうめぇ」


 しかし、極上の生クリームに舌鼓を打っていたのも前半まで。流石にワンホールともなると、しんどくなってきた。でも、食べきることが目標だからっとフォークを口へ運ぶ。

 時間はかかったものの、大雅と二人。しっかりとホールケーキを完食。


「くるしぃ」


 お腹がはち切れそうだ。


「ケーキは、カットしたものが適量だってわかったね」


 私が苦しそうに言うと「俺は初めからわかってたぞ」と笑っている。


 ラストは、花火だ。ペンギンのキャラクターが目印のお店で、花火を大量買いした夜。大雅と自転車に乗って河原に行った。

 自粛中のせいか、季節的なものなのか人影はない。おかげで、何も気にすることなく花火を楽しめる。


 赤青黄色緑。明るく照らす綺麗な色にはしゃぎ、私達は声を上げて笑う。とっても楽しい、二人だけの花火大会だ。


 あとどれくらい、私達は静寂を貫くような時間を過ごさなければいけないのかな。我慢し続ける生活に、言葉を飲み込み続けなければいけないのかな。

「いつも」の時間がやってくる日は、あるのだろうか。


 眩しくきれいな光を見ながら、切なさに見舞われる。


「ねぇ、最後の目標。私から言ってもいい?」


 花火を持ったまま大雅が頷く。私は、それを確認してすっくと立ちあがる。

 私の最後のゴールは、大雅への感謝の気持ちだ。いつもふざけ合ってばかりの近すぎる存在の大雅には、なかなか素直にお礼が言えないでいた。だから、この機会を使ってどうしても伝えたかったんだ。


「大雅っ。いつもありがとうっ。大雅がいてくれたから、こんなに楽しいこと沢山出来たよ。卒業アルバムには載らないけど、私ちゃんと覚えておくからね。二人でしてきたfive life goals。すっごく楽しかったーっ」

「陽菜。それ、俺も言おうと思ってたのに!」


 慌てたように大雅も私の隣で立ち上がる。


「陽菜。腐れ縁なんて言ってきたけど。お前がいてくれたから、めちゃくちゃ楽しかったー。ありがとう! この先もずっと腐れ縁かも知んねぇけど、一緒に楽しいこと探していこうぜっ」


 夜の河川敷で真っ暗な川面に向かって叫ぶ私達は、どんな風に見えるのだろう。若者の戯言と一蹴されるだろうか。それでもいい。自分たちさえわかっていれば、それでいい。

 こんな世界にだって、たくさんのゴールはあるのだから。


「ありがとうっ。私達の five life goals!」

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