終わりたい勇者と終わらない世界

かなぶん

終わりたい勇者と終わらない世界

 おどろおどろしい最終形態となった魔王が放つ、強烈な閃光。

 仲間が作った隙を狙い、剣を叩き込もうとしていた大将ひろまさは、この直撃を受けて、跡形もなく消し飛んだかに見えた。

 しかし、去りゆく友から託された加護が働き、閃光の中から魔王の笑い声と仲間の悲鳴がこだまする場へ抜け出たなら、次の反応を待たずに魔王へ剣技を繰り出す。

 後はもう、無我夢中だった。

 気づけば血のような闇が広がる地に伏した魔王の姿があり、

『ぐっ…………こ、これで――――』

「っせえ!! 余計なことを、言うな……!」

 最後の最後、渾身の力を振り絞り、ハエを叩き潰すように幅広の刀身でもって魔王の顔を叩き潰す。

 それが形を失い、水音を立てて闇に消えていくのを見届ける前に、大将の意識は途絶え――――



 次に目覚めた時、大将は広い寝台の上にいた。

 見覚えがあるここは、大将が色々あった末に滞在することになった、王城の一室。

 寝起きということもあってはっきりとしない頭で、窓から差し込む陽の光を見る。

(あー……終わったんだ…………)

 この世界では、世を脅かす異変が起こった時、神殿を抱える王城の空には暗雲が立ちこめる仕組みになっていた。

 そうなっては当然、こんな風に小鳥が遊ぶ影も現われることはない。

 だからこそ間違いなく平和と分かる光景を前に、大将は大きく伸びをした。

「よしっ!」

 気合いを入れ、慣れた動きでテキパキと着替えたのは、この世界にはない制服。

 久々に袖を通した姿に懐かしさを感じる時間も惜しいと、足早に部屋の扉へ。

 大将はこの世界の人間ではない。

 元の世界でちょっとした事件に巻き込まれた弾みで、丁度救世主を求めていたこの世界に召喚された、別世界の人間だった。

 そして、そんな彼が帰れるのは、この世界が平和になった時。

 神殿の力が正常な働きを取り戻して、始めて可能となる帰還。

 逃してなるものか。

 そんな気概とは裏腹に、そっと扉を開いた大将は誰もいない廊下を確認すると、すり抜けるように部屋を出た。

 開いた時と同じようにそっと扉を閉め、神殿へ向かう足音も極力殺し――――

「ヒロマサ! 目が覚めたんだね!」

「ひいっ!?」

 突然、背中の上から甲高い声が聞こえ、と同時に可愛らしい少女が飛びつく。

 支えきれず倒れ込んだなら、背中に柔らかな膨らみが押しつけられ、何度感じても慣れないソレに身を捩る大将。

「ご、後生だから! 僕を、神殿に!」

 行かせてくれ、という叫びが続く前に、バチッと背中で鳴る大きな音。

 途端に甘い重みが消え去り、これ幸いと体勢を立て直す前に、頭が新たな柔らかさに埋められる。

「こらこら、ヒロマサは病み上がりなんだから、そんな風に飛びついたら駄目でしょう。ね、ヒロマサ?」

「うぐぅ……」

 言う割に、こっちはこっちで息苦しい。

 かといって、ヘタに抵抗すれば更に面倒が起こるのは経験済み。

 耐えるしかないヒロマサは、何由来か分からない赤で顔を染めながら、頭を抱く主の気が済むのを大人しく待つ。

 だが、この選択は間違いだったことに、大将は程なく気づかされた。

「ひ、ヒロマサ様!? 一体、何をされて……」

(げ……このパターンは)

 視界の半分を塞がれているため、各々の立ち位置は分からないが、一番見つかってはいけない相手に見つかったことだけは声で分かった。

 どう足掻いても絶体絶命の最中、落ち着いた男の声が進言する。

 ただしそれは、決して大将の望みを叶えるものではなく、

「姫様、詰問は後ほどごゆるりと。今は祝賀の儀が優先されますので」

 ヒロマサの記憶ではこの男、姫に想いを寄せていたはずだが、どうやら長い旅路の果てで考えが変わってしまったらしい。

 どうせなら、「こんな下郎、放っておきましょう」と以前のように姫へ進言して欲しかったのだが。

「そ、そうですね。ヒロマサ様の参加は容態次第と思っておりましたが……色々お元気なご様子ですし、これは是が非でも参加して頂かねば!」

 男の言葉に強く頷いたらしい姫の声に、こうなったら大なり小なり事故ってでも、抱く腕から逃れようと動く大将だが、時すでに遅し。

 これが世界を救った勇者に対する扱いか、と思う力で全身をぐるぐる巻きに縛られると、そのまま祝賀の儀とやらが行われる大広間へ連行されてしまった。



「ヒロマサ様……怒っていますか?」

「いや、怒ってはないけど……」

「ですが、先ほどから物憂げなお顔をされて」

(そりゃ、今もって縄でグルグル巻きにされてりゃ、誰だって)

 衆目が集まる祝賀の儀の最中も、ずっと芋虫状態だった大将。

 取り戻された平和に沸き立つ民衆かれらは、そんな状態の勇者でも受け入れ歓声を上げていたものだが、当の勇者は邪神に捧げられる生け贄の気分だった。

 そうでなくても、大将はさっさと神殿に向かい、元の世界に戻りたいのだ。

 実は、大将の元の世界も、それなりのピンチに見舞われている。

 戦力は一人でも多い方が良い――そんな話も仲間たちにはしてきたのだが、「そんな厳しい戦いが待つのなら、祝賀会が終わるまでの間くらい、ゆっくりしてって」と言って誰も聞いてくれない。

(それに、そんなにゆっくりしていたら……)

 大将がそう思っていれば、不意に暗くなる空。

 日が落ちるにはまだ早い時間。

 だというのに急に起こる変化は、誰かの声により大将の危惧が現実に起こったことを証明する。

「雲が、暗雲が、城の上に!!」

(……またか)

 緊迫する周囲を余所に、大将は一人気落ちする。

 世の異変を知らしめる暗雲――すなわち、神殿と元の世界を繋ぐ道が断たれた事実に対して、は当然のことながら。

 すでに五度目なのだ。

 こんな風に暗雲が立ちこめ、魔王が現われ、これを倒す、を繰り返したのは。

 だというのに、毎度毎度、これが始めて脅かされる平和と言わんばかりに、不安一色に染まる周囲へ、大将は深いため息をつく。

(……もう、いい加減、終わってくれ)

 そう思いながらも、大将は新たな戦いに赴くのであった。

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