うっかり後輩少女と俺の高山キャンプな一夜
久野真一
可愛い後輩女子が寝袋を忘れてきたので、とっても気まずい
時は七月下旬。我がサークル、
高山に行くのが恒例。特に、日本アルプスの一つである
白馬岳は景色や植生もあって、登山家でも愛好している人は多い。
というわけで、午後三時の今、テント設営をしているのだが……。
「……」
「……」
「……」
皆が黙り込んでしまっている。それもそのはず。
今年サークルに入った、後輩の
白馬岳の山頂は3000mを超える。今のキャンプ地も2000mを超えている。
残雪だってあるし、夜に寝袋無しで寝るとかは論外。
「そ、その……ほんと、すいません!すいません!」
木曽の奴はといえば、土下座でもしようかという勢いで平謝りだ。
「忘れてしまったものは仕方がない。対策を考えよう」
部長で大学三年の
要は、今からでも下山するか、それとも、山小屋に駆け込むか。
あるいは、なんとかして彼女が寝られる状態を作るかの話だ。
「今からだったら、なんとか下山出来るんじゃないっすかね」
同期の
「いやいや、あとちょっとで日も暮れる。下山は危ないだろ」
俺、
白馬岳はそこまで観光地化されても居ないし、暗い中での下山は危ない。
「立山の言うことがもっともだ。最悪、山小屋に避難するという手もある」
日高さんの言うことは正論だろう。少しだけ歩くが、宿泊可能な山小屋はある。
寝袋忘れました。避難させてくださいとか、微妙な表情をされるだろうけど。
「その。今から、なんとかして対策考えますから!ちょっと時間をください!」
顔を上げて、泣きそうな顔で懇願してくる木曽。
自分のポカミスで、テント泊が台無しにとなれば、泣きそうにもなるよな。
普段明るい奴なのだが、涙がポロポロと溢れて来ている。
仕方ない、か。
「あの、日高さん。俺の寝袋は大きめなんで、木曽を入れることも、一応は出来ますけど」
今回の参加面子は、男三人に女子の木曽一人だ。男と一緒では気が休まらないだろうということで、木曽は元々、別テントで寝ることになっていた。だから。
「……うーむ」
「どうしたもんっすかね」
「……」
予想通り、とても微妙な空気が流れている。
当然、羨ましいとかそういう話ではなく、ゆる登山を掲げて、女子も楽しめるをモットーにしている我がサークルとしては、非常に微妙な状況なのだ。
「山小屋じゃないなら、それしかないか。木曽はどうだ?正直なところ、山小屋に避難が無難だと思うが」
日高さんの言うことはとことん正論だ。ただ、木曽にとってどうかというと。
「いえ!岳斗先輩の寝袋に入れてもらいます!お願いして、いいですか?」
やっぱり、申し訳無さそうな木曽に、頭を下げられてしまう。
そうだよなあ。登山、台無しにしたくないよなあ。
「俺は大丈夫だけど、日高先輩、どうですか?」
最終的には、部長に判断を委ねるしかない。
「そうだな。頼む、立山」
苦渋の表情で、部長からもお願いをされてしまった。
まあ、既に登山で疲れているし、そもそも色ぽいことなどないだろう。
というわけで、俺と木曽だけ別テントで寝る羽目に。
三人用テントと一人用テントしかないのが災いした。
「なんか、私、駄目駄目ですね」
「気にするな。ま、これくらいのトラブルもあることさ」
「でも、寝袋忘れるとか滅多に居ないですよね」
木曽はもうとことんダウナーになっている。
先輩、先輩、と慕って来る元気な表情は微塵も見受けられない。
「一応、十年前くらいにはあったらしいけどな」
「その時はどうしてたんですか?」
「寝袋カバーとタオルで凌いだ、らしい」
「じゃあ、じゃあ……」
「正直、死ぬほど寒かったらしいから、やめとけ」
サークルの噂でしかないが、寝袋カバーもそれなりに保温性があるから死にはしなかったものの、全然眠れなかったと聞く。
「わかり、ました。お世話になります」
「悪いな」
別に付き合ってもいないのに、同じ寝袋で寝るとかゴメンだろう。
俺だって、相手が同性だったらそう思う。
というか、異性であっても、寝心地悪くなるので、正直、気は進まない。
ただ、性分というか、彼女が泣いているのを見てられなかった。
それから、気まずい雰囲気でテントを設営し、夕食はカップラーメン。
登山での定番でもある。
食事を終えて、気まずい雰囲気が続いたまま、結局、寝る羽目に。
「ほい、ここ」
先に寝袋に入って、彼女が入るスペースを作る。
正直、彼女がスレンダーな体型で助かった。
大きな寝袋とはいえ、二人は想定してないので、ギリギリだ。
「は、はい。お邪魔、します……」
いざ、同じ寝袋で寝るとなると、羞恥心が出てきたのだろう。
おっかなびっくり、という様子で、少しずつ、少しずつ、寝袋に入ってくる。
さすがに、顔を向けては居られないのか、背中合わせだ。
「その。今回は、ありがとうございました。岳斗先輩」
背中越しにぽつりと聞こえる木曽のお礼の声。
登山装備なので、肌の柔らかさとか感じる余地もないが、色々落ち着かない。
「いいって。可愛い後輩のためだしな」
木曽は、大学に入るまで、登山経験はゼロ。なのに、何故入ったのか聞いたことがあるのだが、「先輩の登山写真がかっこよかったんです!」らしい。
俺としても、容姿が良くて、それに、性格もいい後輩に慕われて悪い気持ちじゃない。とはいえ、二人きりでデートをしたのが三度程。同衾するには微妙過ぎる距離だ。
「ほんと、岳斗先輩には何度も助けられました」
何度も、というのは、伊達ではない。不注意な彼女は、しばしば隊列からはぐれそうになることがあって、俺が引き戻したりしたことがある。
「俺も、可愛い後輩と同衾出来て、役得だしな」
似合わない冗談を言ってみる。
「富士先輩ならともかく。似合わない冗談言ってますね」
少しクスっとした調子になる。
多少でも場を和ませられたのなら良かった。
「うまいジョークが言えなくて悪い」
「いいんですよ。そういう、生真面目なところも、岳斗先輩の美点です」
美点、か。そうは思わないけど。
「なあ、眠気が来るまで、少し話でもしないか?」
「いいですよ。何の話しますか?」
ちっとも眠そうじゃない声。
まあ、ギュウギュウだし、さらに微妙な距離の男と同衾だ。
緊張もするだろう。
「木曽の入部の動機だけどさ。確か、俺が登頂した時の写真を見て、だったよな」
「はい。すっごい清々しそうで、かっこ良かったです」
「正直、カッコいいなんて自分では思えないんだけどな」
筋肉は有る方だと思うが、顔は人並み。ロクな話術もない。
「しゃべり下手なの、やっぱり、コンプレックスですか?」
一度、彼女には、自分のコンプレックスを打ち明けた事がある。
どうにも、人と談笑するのが苦手なのだと。会話が続きにくいのだと。
彼女は、「そっか。大変ですね」と一言だけ言ってくれたのを覚えている。
「そんなの誰にでもある悩みですよ」と言われなかったのは嬉しかった。
「そうだな。今も、場を和ませるジョークの一つも出てきやしない」
ひょうきんな同期の富士なら、何か気の利いた事も言えたのかもしれない。
でも、俺には無理だ。
「別にそれくらい、いいですよ。それより、私のほうが色々情けないです。昔から、不注意なの、ちっとも治らないんですから」
「そっか。昔から、なんだな」
「はい。小学校の頃から、よく忘れ物してました。それで、先生にも叱られて……」
「そうか。木曽も色々大変だったんだな」
彼女とは違うけど、悩みを抱える者同士。少し、気持ちはわかる。
「ところで、ですね」
「ん?」
何か、少し、声色が変わったような。
「岳斗先輩とは、三回、デート、しました、よね」
え。
「そりゃ、木曽は可愛いし、根が真っ直ぐだし。誘われて悪い気はしないさ。俺は単に会話が続かないだけの男だけどな。今だって、間を繋ごうと気を遣わせてしまってる」
これまで、寡黙なところがカッコいいと言ってくれた女子もいたけど、結局、会話が続かないだけだとわかると、お付き合いまでいかずにそれまで。
実のところ、木曽とのデートも、そんなに話が弾んだことはなくて、なんだか気を遣わせてるな、といつも思っていた。
「ありがとうございます。でも、岳斗先輩はちょっと勘違いしてますよ?」
「勘違い?会話が続かないのは本当だろ」
「それはそうですけど、実は、私も同じなんですよ。無理して、普段、明るく振る舞って、お喋りに見せかけてるだけで。基本的に、口数は少ない方なんです」
そう、だったのか。なら、無理してそう振る舞っている理由は。
「ひょっとして、木曽が不注意な事に関係してるか?」
「はい。不注意なとこも、明るく誤魔化せば、愛嬌もあるってものですよ」
「なるほどなあ。相当、苦労して来たんだなあ」
「ええ。がむしゃらに会話術の本読んで、なんとか身につけました」
「それが出来るだけでも凄いよ」
「凄くなんかないです。それに、私、初めてデートした時、安心したんです」
なんだか、少し嬉しそうだ。どういうことだ?
「安心することなんてなかったと思うけど」
「安心しましたよ。だって、無理に場を繋ぐためのお話しなくていいですし」
そうか。そういうことだったのか。
「欠点もたまには役に立つな」
これまで、ずっとコンプレックスだったけど、それなら悪くない。
「だから、先輩は、無理しないでくれる方が落ち着きます」
その言葉は。意図は。
「ええと、つまり……」
「好き、です。岳斗先輩」
予想もしていなかった告白の言葉。
心臓が違う意味でドキドキしてくる。
「……」
「別に、返事はなくていいですよ」
無言の間をどうとったのか。きっと、困っていると思ったんだろう。
でも、そうじゃない、そうじゃないんだ。
「俺も、実は好きだった」
「良かったです」
短いぶつ切れの返事。ほんと、もっといい言葉が返せればいいんだけど。
でも、話下手なのがいいと言ってくれてるんだし。
「……」
「……」
しばらくの間、二人して無言になる。
しゃべらなくていい、となると、なんか気が楽だな。
「……ふわぁ、眠くなってきました」
「……俺も」
お互い、場を繋がなくていいとわかって、安心したのだろうか。
休息に眠気が襲ってくる。
「一緒に居て、安心出来る人は初めてです」
「俺も、だよ。
「名前……」
「駄目、か?」
「いいですよ、岳斗先輩」
こうして、恋人になった俺たち。
お互いにそのまま眠くなって寝てしまったけど。
合う相手というのはそういうものかもしれない。
翌朝。
気がついたら、向い合わせになっていた。
綺麗な唇が、すっと通った鼻が、安らかに目をつぶった様子が。
とても可愛らしくて、急速に恥ずかしくなってくる。
「あ、岳斗、先輩……」
寝ぼけ眼の奥穂。
「あ、ああ。おはよう。奥穂」
返事がつい上ずってしまった。
それをどう捉えたのか。
「おはようございます。岳斗先輩」
にこやかに、彼女はそう告げたのだった。
うっかり後輩少女と俺の高山キャンプな一夜 久野真一 @kuno1234
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