ネクロマンサーの哲学

秋村 和霞

ネクロマンサーの哲学

「どうして人を生き返らせないの?」


 安楽椅子に腰かけ、本を読んでいる彼女に不意に聞く。


「それは、ワタシの哲学だから」


 彼女は活字から視線を逸らす事無く答えた。


「じゃあ、なんで私を生き返らせたの?」


 私は口を尖らせて言う。


 目の前でくつろぐ彼女は、死者を蘇らせる力を持っていた。その力が紛い物やペテンで無い事は、私という存在が証明していた。


 私の死は唐突なものだったが、世間からすればよくある話だ。歩道に突っ込んだトラックが私の体を押しつぶしたのだ。


 肉体の状態に関わらず、脳が無事なら意識は数秒ある。その数秒は私にとって地獄だった。目から入って来た情報は、私の体がどう足掻いても助からない事を示していた。


 その地獄が途絶えた直後、私は同じ歩道で目を覚ました。傍らには、感情を感じさせない目で私を見下ろす彼女。それが私たちの出会いだった。


「あの時の話なら、もう説明したでしょう。アナタはあの歩道がゴールじゃなかった。アナタの理不尽な死を誰も望んでなく、そして、ワタシが気まぐれを起こした。だから蘇らせたの」


「理不尽な死はこの世にいくらでもあるでしょう? 私みたいな事故や病気、事件で殺される事もある。そんな人たちを救える力があるのに、どうして誰も助けよう動かないの?」


 私は彼女の力が世界を救う力だと信じていた。この力で多くの命が助かる。それを行使しようとしない彼女に、私は腹を立てていた。


「ワタシの力は誰も救えないわよ。アナタが稀有なだけ」


「他の人と私の、どこに違いがあるの?」


 彼女は開いていた本に栞を挟んで閉じ、視線を私へと向ける。


「ワタシはね、死は人生のゴールだと考えているの。そして、ゴールとは次に待っている何かの始まりね。その次に期待を持って、さあ始めようという人に、ワタシの独断で人生を続けろというのは随分酷な話よね」


「それは……ええっと?」


「じゃあ、アナタがマラソンを走っていたとして、ゴールテープを切ったとする。アナタはやり遂げた達成感と共に、その場に倒れる。するとワタシが現れて、ゴールをアッチに変えたから走り続けなさいって言ったら、アナタは怒るよね?」


「ああ……」


 何となく話は見えてきた。


「でも、それって寿命を迎えて死ぬ人の話だよね? 私みたいに突然理不尽に死んじゃう人は助けてもいいんじゃない?」


「例え理不尽な死を迎えた人が居たとして、その人が生き返る事を望んでいるとは限らないんじゃない? 病気で苦しんで死んだ人を生き返らせても、ワタシはその病気を治せるわけじゃないの。その人にとって、死こそがゴールだったとして、ワタシはその人にもう一度苦しみ続けなさいと言う事になるわ」


「じゃあ、事故とか……」


「その事故だって、もしかしたら本人が望んでいたものかもしれないわね。借金があって自殺した、人間関係に悩んで自殺した、何かワタシの想像もできないような苦悩で自殺した。傍目には事故に見えても、実はその死は本人が望んだものかもしれない。そして、ワタシは命だけは助ける事ができるけど、その悩みを解決する力はないわ。もちろん、ワタシに彼らの心も救う力があれば良いのだけど、あいにく都合の良い力は蘇生の力しかないわ。じゃあ、彼らを救っても、また同じように死んじゃうだけよね。そんな時、ワタシは彼らに心の中で謝るの。もう一度怖い思いをさせてしまってごめんなさいってね」


 彼女の目に涙が溢れ、次第に言葉が強くなる。


 きっと彼女は、今までに何回も失敗してきたのだ。その力で誰かを助けようとして、失敗を繰り返し、時には恨み言まで言われて、その結果もう自分から動くことをやめてしまったのだ。


 それなら、私にもきっとできる事はある。


「じゃあさ、私が手伝うよ」


「手伝う?」


「うん。貴方が命を助けたら、私がその人の心を救ってあげるの。ねぇ、いいでしょ?」


「……余計なお世話よ」


 彼女は私から目をそらして、再び本を開く。しかし、その仕草から、満更でもないように思われた。


「最後までワタシに付き合ってくれるなら」


 そして、呟くように小さな声で言う。


 始まりがあれば終わりがある。これは至極当然の事だ。


 そして、これは私と彼女の始まりなのだ。その終わりがどこなのか、私は知る由も無いが、終わりを恐れていては始まらない。


「うん。頑張ろうね」

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ネクロマンサーの哲学 秋村 和霞 @nodoka_akimura

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