第7話 ―過去―


  ◆



 それは急に現れた。

 前置きもなく表れた。

 この世界に彗星のごとく現れた少年。

 黒いコートを着た少年は、七人の少年少女の前に立ち、こう言った。


「〈七天魔軍〉に、入れてもらいたい――いや、ならせてもらう」



  ◆



「なあ、いい加減【レクト】ではなくちゃんとした別世界を創らないか?でないと会議中に邪神が寄ってくるぞ」


 長い黒髪をなびかせる少女は、周りを見ながら言う。

 それに答えるのは背の高く姿勢の良い少女。


「まったく同感ですヤグモさん。私が創っても良いのですが、そういう系統は苦手でして……」


 ため息混じりの言葉に周りもうなずく。

 すると少年が何かに気付いたように顔を上げ、一人の少年を見た。


「……そういやタクマさんってそういうの得意じゃなかったっスか?」


 周りがタクマと呼ばれた少年のほうを向く。


「うんうん、タクマ君ってそういうの得意って言ってた気がするなぁ~」


 タクマはいやぁ、と言い頭をかく。


「そんなことはないと思いますよ?でも、別世界は持ってますよ。個人用ですが」


 ヤグモは腕を組み悩んだ。


「うーむ、どうすればいいのだろうか。しばらくは防御結界でも張ってやるしかないか……」


 ふと、少女たちの目の前に光が現れた。転移魔法の光だ。

 光が弱まり、気づくとそこには一人の少年が立っていた。

 なんだ、と辺りがざわつく。

 戸惑いの中、最初に言葉を発したのはヤグモだった。


「――お前は……誰だ?」


 少年は周りを見渡して、言う。


「俺か?……」


「俺がここに来た理由はただ一つ」


 それは、


「〈七天魔軍〉に、入れてもらいたい――いや、ならせてもらう」



  ◆



「〈七天魔軍〉になる……だと?」


 ヤグモが言う。


「お前、それがどういうことかわかっているのか?わかっていないならお前は相当な馬鹿だ」


「わかっている。俺にはそれなりの力はある。〈七天魔軍〉になるには――そうだな、この中の誰かを倒せばいいんだろう?それに俺は第七層の魔法を使うことができる」


 辺りがざわつく。

 そんなのウソに決まっている、と皆が言う。


「ならば君、僕と戦うがいい」


 タクマが少年の前の立つ。


「いいんですかタクマさん。そんなこと、やる意味がありませんよ」


 とカナリが言う。

 しかしタクマは笑顔で、


「大丈夫です。僕が分からせますから」


と言った。


「……僕は第五天魔≪神光しんこう聖護せいご≫タクマ・ミナルスだ」


「……俺は――そうだな、クンゲツ・イリヤダストだ」


 二人が名乗り、そして戦いは始まった。



  ◆



「君からくるといい」


「強気だな。まさかお前が勝てるとでも?」


 イリヤダストは笑い、魔法陣を展開する。


「では、行こうか」


 イリヤダストの背後にある黒紫色の魔法陣から眩い光が現れる。

 そして放たれる。


「――天をも貫け、神槍『グングニル』」


「――進みを止めろ!『アイアース』!」


 深緑色をした八角形の魔法陣が七枚瞬時に重なり、展開された。

 ……『アイアース』。ギリシア神話に出てくるアイアスの盾をモチーフにした第七層に近い第六層の魔法だ。投擲に対しては無敵であることを確認している。

 例えどんな槍でもこの盾を貫くことはできない、そう思っていたその時、


「――⁉」


 音もなく全ての盾が砕かれた。

 そして次の瞬間盾が爆散し、とてつもない音とともに衝撃が放たれた。

 辺りの建物は崩れ、窓ガラスは飛び散り、衝撃波は辺り一面を吹き飛ばした。

 タクマは意味が分かっていなかった。というよりも理解できていなかった。

 ……なぜ⁉第六層の魔法が破られた、あれは第七層なのか⁉しかし第七層にしては展開が早すぎる……。


「おうおうお?どうしたんだ?これ、第五層だぞ?」


 その言葉に皆は戦慄した。この威力で第五層の魔法だとすれば第七層はどれほどまでに強力なのか、想像がつかない。

 その威力はすさまじく、タクマを中心に直径十メートルくらいのクレーターができている。

 ……ありえない、一段階上の魔法を下の魔法が砕くだなんて――。


「これはまだ序の口だぜ?これからが本番」


 イリヤダストは右手を前へ出した。


「ここからは本気でやってやるよ。手加減無しな?」


 にやりと笑い、魔法陣を展開する。


「――踊れ踊れ、踊るように血しぶきを――」


 イリヤダストがそういうと、魔法陣がくろく光り回り始める。


「――散らせ、『乱月らんげつ』」


 魔法陣からいくつもの魔法陣が現れ、そこから薄い三日月の形をした斬撃が数十枚タクマに向かって放たれた。



  ◆



「――踊れ踊れ、踊るように血しぶきを――」


 ……詠唱――第七層魔法か!

 魔法陣がどんどん展開されていく。魔法陣の量からして二、三十くらいの斬撃等が飛ばされるのだろう。敵の攻撃は『アイアース』さえも砕く威力、油断していたら跡形もなくなるだろう。

 ……敵の攻撃を防げる可能性があるのはただ一つ。

 ならば、

 ……やるしか、ない!

 タクマは右手を前に出し掌を開き、そして左手を添える。


「――他人ひとまもり己を護り、命のある限り全てを護れ!」


 右掌の前に深緑色の球が現れる。それは内側から光り輝く。


「――ひらけ、『聖護幕エクストリーム』!」


「――散らせ、『乱月』」


 三日月の刃が放たれるのと深緑色の球が光を放って魔法陣が展開されるのはほぼ同時だった。

 球は小さい魔法陣をいくつも生み出し、出てきた魔法陣は輪になる。輪はタクマを中心に六重にもなり立体に回転し始めた。

 三日月の刃が行く。

 輪を作る魔法陣に当たり、砕く。

 硝子ガラスの割れるような音。

 しかし三日月はそれ以上何も傷つけるようなことはなく、一緒に砕けた。

 当たり、砕け、消える。

 衝撃は何もなく、ただ砕け散るたびに強い風が起こる。

 三日月がなくなったとき、魔法陣もなくなった。

 しかし、深緑色の球から再度魔法陣が展開される。


「ほう……『乱月』を防ぎその上再度復活するとは、予想外だった」


 その言葉にタクマはにやりと笑う。

 その顔はまだまだ、と相手を挑発するかのような余裕のある顔だった。


「『聖護幕』をそう簡単に破られては困りますからね……!」



  ◆



「『聖護幕』……あれがタクマさんの切り札ですか――?」


 カナリの言葉にヤグモはああ、と答える。


「あいつは〈七天魔軍〉で唯一〈白魔法ヴァイステクノ〉を使う魔術奏者だ。〈白魔法〉は〈黒魔法シュヴァルツテクノ〉が攻撃の魔法なのに対して防御の魔法と呼ばれている。

 あいつの魔法、『聖護幕』は完全防御を目的とし構成された。あの深緑色のコアが破壊されるか解除しない限り永久的に防御する対象を護り続けるんだ。

 あれを破壊できる奴なんてこの世には存在しないさ。」


 そう言いながらもヤグモは心の中でタクマが勝つと思う反面、イリヤダストとかいう謎の少年の方が勝ってしまうのではないかとも思っていた。

 ……あの少年は強い。まさに未知数と言えるだろう。まさか『アイアース』が破壊されるなんてな。

 魔法はあそこまで簡単に操れるものではない。敵は相当の手練れだろう。だがあの第七層の魔法からは相当な時間と、何か強大な力が感じ取れる。

 ……だがなんだ?この胸騒ぎは――。


「あ、見てください。始まったっスよ」


 見るとイリヤダストが攻撃を始めている。

 先ほどの『乱月』の数を増やしたようだ。

 だが結果は変わらず無効化されていくだけだった。

 皆は戦いの行方を見守る。



  ◆



 タクマは防戦一方。だが傷は受けていない。

 タクマが動かずとも三日月の雨は降り、魔法陣は回る。

 突然、三日月が消えた。

 敵は自分を真っ直ぐと見つめる。

 大きくため息をついた。


「はぁ――。キリがないな。認めよう。その防御魔法は強い」


「負けを認めましたか?それともこの魔法を解除させようと?」


 にやりと笑う。


「そんなわけないだろう。絶対、砕いてみせるさ」


 すると急に敵はとある方向を向いた。皆がいるほうだ。


「なんだ、我々は干渉はしないぞ。術者同士の戦いには干渉できないからな」

 

 とヤグモは大声で答えた。


「ああ、いや、なんでもない……ただお前、第七天魔だな?」


「それは、僕を倒してからにしてください。でも負けませんよ」


 イリヤダストは振り返り、笑った。


「ふ、そうだな。お前を倒した後のお楽しみにしておこう」


「――囲え囲え、逃げ場を与えるな月よ――」


 詠唱の内容通りタクマの周りにいくつもの魔法陣が囲み、視界を黒く染めていく。

 黒い球体が完成した。

 しかしタクマは落ち着いて可視化エーテルで弓を作る。

 そして弓を引くとそこに鮮やかな緑色の矢が現れた。


「風よ、闇を吹き飛ばせ。風よ、光を闇のもとへ運べ。風よ――」


 そしてそれらは同時に放たれた。


「――追い込め、『月光げっこう』」


「――一筋の闇を祓う光となれ、『闇を祓いし光風の一閃ダークネス・リパルス


 しかし速度は鮮やかな緑色の光のほうが速く、魔法陣と魔法陣との隙間を縫うようにして抜け、少年へと向かった。

 その瞬間、黒い球体が青白い光を放ち、爆発した。



  ◆



 緑色の光がこちらに向かって進んでくる。

 ……マズいな。攻撃が速くて七層の打消しディスペル魔法が展開ができない。

 現在下層の魔法による攻撃で上層の魔法を無効化する破砕ブレイカーという強化魔法は構成ができているが、上層の魔法による攻撃を下層の魔法で無効化する強化魔法はできていない。

 今自分にできることはあの攻撃を別世界へ転送させることだ。

 目の前に魔法陣を展開する。あの矢がこの魔法陣に触れた瞬間に神聖域【クリュプタ】へと転送。

 ……〈白魔法〉使いかと思っていたが、攻撃魔法も持っていたとはな。まぁ、当たり前か。

 これでいける、と思った。

 しかし矢は魔法陣に当たる寸前で十六本の矢に分かれ後ろに回り込み背中に突き刺さり、そして爆発した。



  ◆



 辺りは煙でよく見えない。

 ヤグモは冷や汗をかく。

 ……二人とも、攻撃を食らったか――。見たところイリヤダストとかいうやつは直撃だった。勝負は、ついたか……?

 目の前の煙が風に流され消えた。

 『聖護幕』の再展開による風だろう、見えなかったところにはタクマがいる。

 ここからでは爆発による建物の倒壊などの音でよく聞こえないがなにか向こうに向かって叫んでいる。


「――!そ……態……ぜ生き………んです⁉普……ら即死…はず。

 も………………えて……いや、強……魔法、……での常………す力、まさか――」


 と何とかそこまで聞き取れたその時、イリヤダストの声が確かに聞こえた。


「――星の降る、静かな闇夜にも、廻る歯車は眠ることを知らない」


 タクマの目の前を一閃が貫く。

 硝子の割れる音。

 緑色の光が舞い散る。


「歯車は止まることはない。針は動き続ける」


 大きさが人ほどある剣がタクマの後ろに交わる形で突き刺さる。


「祈りは届かない。声も届かない」


 タクマの周りに囲うように剣たちが突き刺さっていく。


「どんなに抗おうとも、時を刻み続ける」


「そして静寂が訪れた時、歯車は眠ることを覚える」


 煙が消え、二人の姿がはっきりと見えた。

 そしてイリヤダストは笑って、


「――いい詩だろ?これ」


 と言った瞬間どこからか現れた剣がタクマに突き刺さり、タクマは血しぶきをあげて斜め十字架の形に交わった剣にはりつけにされた。



  ◆



「……勝負は、ついたようだな」


 とヤグモが言った。

 誰も、口を開かない。

 見るとイリヤダストがタクマのほうへと寄っていき、剣をつかんだ。

 そして剣を引き抜くと周りの剣はすべて消え、タクマは倒れた。

 回復魔法だろうか、黄緑色の光が倒れた彼を包み込む。

 少しの間をあけてタクマはゆっくりと起き上がり、イリヤダストを見た。

 二人は握手をし、


「いい勝負だったぜ、≪神光しんこう聖護せいご≫」


「ははは、僕さっき死にかけましたけどね。確かにいい勝負でした、クンゲツ・イリヤダスト。完敗です。あなたにだったら任せられる」


 と言って皆の方へ向かっていった。


「良い戦いを見せてもらった。……ミナルスとはこれが最後か。なにかやり残したことはあるか……?」


 とヤグモが言う。

 タクマはうーんと悩んだ後、何か気づいたようんイリヤダストを見た。


「そういえばあの僕の攻撃、どうやって防御したんです?普通だったら防御しようがないんですが」


「ああ、それか。一回別世界に転移したんだ。ほら、最初に開いてただろ?魔法陣」


 タクマは驚いた顔をして、そのあと笑った。


「なるほど、そうだったんですね。そんな単純だったとは。」


 そしてタクマは皆の方を向いて口を開いた。


「……でですね、僕はもう〈七天魔軍〉じゃなくなったので第七層の魔法は使えなくなりました。ですがこの魔法、皆さんに譲りたいと思います」


 えっ、と最初に言ったのは、マリだった。


「ちょっと待ってよタクマ君。その魔法、タクマ君が頑張って作った魔法だよ?私たちがもらっちゃっていいの?いつか戻ってきた日のために~とか、そういうのないの?」


 周りもうなずく。


「そうっスよ。そう簡単にもらえるヤツじゃないっスよ」


 タクマは笑う。そして彼は右手を出した。手の上には深緑色の光が浮いている。


「いいんです。もともと決めていたことです。僕の魔法はあなたたちの魔法に組み込むこともできる構成になっています。なので、貰ってください」


 と言うと光は七つに分かれ、それぞれの胸の中へと消えていった。

 タクマは寂しいような笑顔をして、皆へ言った。


「お別れです。今まで楽しかったですよ。イリヤダストさん、あとは頼みます。皆を引っ張ってあげてください。」


 そして彼は行く。


「僕は六層の魔術奏者になって過ごしていくので、いつか会えることがあるはずです。では、また――」


 タクマがいなくなってから数秒後、ヤグモがよし、と言ってイリヤダストを見た。


「じゃあ、よろしく頼むぞクンゲツ・イリヤダスト。お前は第五天魔として――」


「いやいやいや?俺、言ったよな?「倒した後のお楽しみ」って」


 ヤグモがえ?と言ってぽかんとした後、気づいた。


「まさか、お前……」


 そしてイリヤダストはにやりと笑ってヤグモを指さす。


「そうだ、第七天魔の座、頂くぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紫空の下でなにを思う 幻鏡月破 @GenkyouTsukiha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ