戦闘スキル特化しすぎて平和な世界に居場所がなくなった元勇者、独り野盗を始める

最上へきさ

魔王が倒れた、その後で

 魔王が倒れたことで、世界は救われた。

 国は復興を遂げ、人々の暮らしは元の豊かさを取り戻しつつある。


(だが、俺は救われなかった)


 聖剣を引き抜いたその日から、勇者と呼ばれ魔王軍との戦いを続けてきた俺には、平和になった世界で出来ることが無かった。 いつの間にか、共に闘った仲間ですら俺を遠巻きで見るようになった。

 曰く『お前は強くなりすぎた』のだそうだ。


(だから俺は、平和な新世界を去るしかなかった)


 王も仲間も騎士達も、誰もが俺に金を与えて軟禁するか、さもなくば暗殺するか、どちらかしか考えていないと分かったから。

 宮廷から派遣された精鋭の騎士達が宿を取り囲んだとき、俺はもうそこにはいなかった。


 人知れず王都を離れ、俺は独りで荒野をさまよった。

 魔王軍の残党も、未だ世界に蔓延る魔物達も怖くはなかった。

 それよりも怖かったのは、俺が独りでは何もできないと気付かされることだった。


(俺はどんな敵も殺すことができるのに)


 聖剣に選ばれたのは、多分その才能があったからだ。


 だが、それ以外には何もできなかった。

 すべて仲間に頼っていたのだと気付いたのは、獲物を木っ端微塵にしてしまって夕食の材料を確保できず、焚き火もまともに保てず凍死しかけてからだった。


(クソ。もうやるしかないのか)


 生活力はなく、路銀も尽きた。

 頼れる人などどこにもいない。今や俺は王命を無視したお尋ね者だから。


(残されたのは、最後の手段)


 これだけはやりたくなかった。

 道行く馬車を襲って、金品を強奪するなんて。


 自分の才能を悪事に使わないことだけが、俺と魔王を隔てる最後の一線だと思っていたのに。


(でも、仕方ない)


 俺は死にたくない。誰かが造った檻の中で暮らしていくのもまっぴらごめんだ。


(なら、やるしかない)


 谷底を通る細い道をめがけて、俺はひらりと飛び降りた。

 細く険しい抜け道だ。普通の商隊なら整えられた街道を行くが、ひと目を避ける連中はこういう道を選ぶ。


 ……せめて、強盗を働く罪悪感を薄くしたかったのだ。


 先行していた護衛車の御者台に着地すると、御者の首を掴んで藪へ放り捨てる。

 荷台の扉を蹴破り、立ち上がろうとした三人が警告の叫びを上げる前に馬車から叩き落とし、俺は後続の馬車へと跳んだ。


「賊だっ、賊が出――げふっ」


 どうにか叫び声を上げた一人を叩き伏せたとき、もうキャラバンのメンバーは倒れていた。

 護衛の冒険者が四人、商人が一人。

 俺にとっては造作も無いことだ。魔王軍の補給線を一人で潰して回ったときは、百人からなるキャラバン隊を相手にしたときもあった。


 一息つくと、連中の積荷を漁る。

 当座の間必要な食料と金品さえあれば、他のものを手に付ける必要はない。


 そう思っていたのに。


「だっ、誰ですかっ、あなたは……さっ、山賊ですかっ!?」


 荷台に詰め込まれていたのは、若い女性達だった。

 俺は大いにがっかりした。金でもなければ食料でもない。


「いかにも、俺は野盗だ。だが必要なのは食い物と金で、あなた達じゃない」

「た、食べ物は、多分、あんまり無いです。次の街で補給すると言っていたので。お金も、商人はあまり現金は持っていないと思います……わたし達の代金・・・・・・・を支払っていたから」


 悲しい情報を聞いてしまった。

 俺は溜息をついてから女奴隷を満載した荷台を降りた。


 せめて武器や装飾品で金目のものはないか――正直言って、ものの価値など俺にはさっぱり分からなかったが――、護衛連中の持ち物を改め始める。


「……あの、私達は、どうすれば……」

「好きにしてくれ。俺にはあなた達を養ったり売ったりする力は無い」


 彼女達を一顧だにせず、俺は護衛の荷物をひっくり返していたが。

 気付くと女のうち何人かが、同じく荷の検分を始めていた。


「この指輪、隣の家の成金が持ってたやつと同じだー! 高く売れそうだよ!」

「剣とか斧はゴミばっかりだけど、弓の方は悪くないね。弦を巻いたばかりだから、まだ痛みが少ないよ」

「あ、こ、この人、宝石隠してましたっ」


 クソ、先を越されたか。

 戦利品の収集と分配はいつも商人に任せていたからな。


(やはり俺には物の価値など分からない。野盗として生きていくことすら出来ないのか)


 などと胸中で毒づいていたら。

 彼女達は何かヒソヒソと話し合ったあと、獲物を差し出してくれた。


「……俺に? くれるのか? 何故?」

「えーっと……悪い人に見えなかったので」


 おずおずと言い出したのは、長い黒髪をした少女。

 指輪や貴金属類を掴んできた浅黒い肌の少女は、


「というか奴隷商は一瞬で畳んだ割に、戦利品を漁る手際が悪すぎるんだよー。酔っ払ってんのかと思った!」

「顔色が悪すぎるのよ、アンタ。ご飯食べてるの? アタシ達より酷い暮らしをしてるんじゃないの?」


 と言ったのは、武具類をかき集めてきた年長らしき金髪の女性。腰のあたりには、まったく顔が似ていないエルフの少女がしがみついている。

 他の女達も、何故か遠巻きに俺を見ていた。


「……協力に感謝する。あなた達の身の上は知らないが、もう自由のはずだ。必要なら近くの街まで送るが――」

「いや、ウチら、そこで売られるとこだったんだし。肝心の商品が来ないって分かったら奴隷商どもの仲間が網張ってるだろうからさー」

「あの、行くところ、無いと思います……」


 浅黒い肌の少女がまくしたてると、黒髪の少女が同意する。


「ねえアンタさ。野盗って言ったよね? 今まで何件、こういう仕事してきたの?」

「これが初めてだ」


 正直に答えると、金髪の女性がさも納得したように頷いた。


「なら、人手が必要なんじゃないの? 少なくとも、慣れるまではさ」

「足手まといはいらない」

「ふふ。自分でアガリも集められない坊やが、何言ってんのよ」


 ……こうして、いつの間にか野盗団ができあがったのだった。


 正直言って、最初は不要な荷物を担がされた不安の方が大きかった。


(こんな足手まといばかりで、路上強盗が働けるのか?)


 と思っていた。


 しかし、奴隷商の馬車に乗せられていた女性達は、俺よりずっと野盗向きだった。ある意味。


「来た来た! キラッキラの馬車が三台、北の道からこっちの谷に向かってきてるよー!」


 浅黒い肌と短い赤毛の少女――アシナは、身が軽く遠目が効いた。流れ者の獣人を父親に持つ孤児で、拾ってくれた農村が魔王軍に荒らされたせいで売り払われたらしい。


「近くの村で噂になってた貴族連中だね。今回はアガリが期待できそうだ、ウキウキするねえ」


 金髪が美しい年長の女性――ロザリンドは情報収集と計画立案が誰よりも上手かった。娼館から貴族に買い上げられたが、頭の良さがバレて旦那・・の不興を買ったんだとか。


「あのっ、皆さん、お怪我には気をつけてくださいねっ」


 黒髪の少女――ミーリアは回復術のエキスパートだ。勤めていた教会が経営難に陥り、そこを悪党どもにつけこまれたと、聖印を握ったまま教えてくれた。


「……がんばる」


 エルフの少女――ロ・ラ・シェは攻撃術の素質がある。故郷の森を焼かれ、一人さまよっていたところを奴隷商に捕まった……という身の上を語り終えるまで、二週間かかった。スローペースな少女だ。


「いいか。できるだけ相手に怪我を負わせるな。恨みを買えば後が面倒だ」


 そして俺――元勇者のアベルは、気づけば彼女達をまとめる立場になっていた。

 個人的にはロザリンドが向いていると思ったが、彼女曰く『言い出しっぺが責任取ってよね』だそうだ。


「もらうものをもらったら、全員違う方角に逃げろ。集合場所は例の湖の畔だ。行くぞ」


 貴族の馬車には、それなりの護衛がついていた。

 だが、魔王軍の精鋭に比べれば物の数ではない。

 そして収穫は期待以上だった。

 その夜、俺達は湖のそばで高いワインを開け、高級な保存食で宴を開いた。


 ――俺達は二、三件の仕事をこなすと、別の場所に移るという暮らしをしていた。 被害者が訴えを起こして司直や騎士団が野党の捜索を始める頃には、俺達は別の土地に移っている。

 

 楽な生活ではないが、自由ではあった。

 宮廷から刺客が差し向けられるまでは。


「いよいよ、アタシ達もいっちょ前の野盗になってきたねえ」

「次はどこに逃げよっかねー」


 ロザリンドが街で集めてきた情報とアシナが索敵で集めてきた情報を総合したとき、俺は理解した。


(……アイツ・・・が来たんだな)


 かつての仲間。

 戦士ドラッケン。ただ一人、俺と互角に戦えた男。


(どうやら、この暮らしも潮時みたいだな)

 彼女達を連れたまま、ヤツとは戦えない。

 たった独りで挑んで、それでも勝てるかどうか。


 酔いつぶれたロザリンド達に毛布をかけると、俺は自分の剣だけを掴んで野営地を離れようとした。


「……どこに行くのよ?」


 呼び止めてきたのはロザリンドだった。

 そういえば、寝たフリは娼婦の必須スキルだと言っていたな。


「宮廷が差し向けてきたのは、俺の仲間だった男だ。ケリは俺がつける」

「終わったら戻ってくるの?」


 答えようがない。そもそも生きて勝てるか、確信がないのに。


「……お得意のだんまり、って訳ね」


 背中に柔らかな感触。薔薇の香りが鼻をくすぐる。


「ちゃんと恩ぐらい返させなさいよ。アタシ達はみんな、アンタに二回・・命を救われてんのよ」


 ……俺が元勇者だと、気付いていたのか。

 振り向くと、ロザリンドはいたずらっぽくウインクをして、


「アンタ、殺し以外は全部ヘタクソだけど、一番ヘタなのは嘘だからね」


 それから、優しく背中を押してくれた。


「帰ってきたら、一晩ぐらい相手してあげるわ。楽しみにしてなさいよ。こう見えて前はナンバーワンだったんだから」


 ……なんとも応えづらい励ましを受けて。


 俺は独り、ドラッケンの元へと走り出した。

 再び彼女達の元へ帰るために。

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