昼間に輝く星

凪野海里

昼間に輝く星

 世界的にウイルスが蔓延するようになってから、季節はようやく夏になった。

 けれど、世界的に「家のなかに籠る」、自粛生活をするようになったせいもあって、ぶっちゃけ季節の変わり目を実感する感覚がない。

 もちろん完全に家のなかに籠りきりというわけではない。時折、家をでることもある。単純に生活するための術として、仕方のないことだった。人が比較的少ない時間帯にスーパーに行って食材や日用品を買い込む。

 唯一良かったことは、この自粛生活のおかげで炊事が身に付いたことだ。今まで全部母さんに任せていた料理をよくするようになったことだ。


 友だちと最後に会ったのはいつだろうかと振り返る。今年の3月くらいまでだったろうか。高校1年の修了式のときにはすでにウイルスが世界的に蔓延していて、式も密にならないようにと教室で行われたくらいだった。

 友だちとは定期的に連絡を取り合っているとはいえ、まるで世界に自分1人だけ――あるいは家族とだけ取り残されたような気分になる。

 毎日流れるニュースで「今日の感染者」がでてくる。日に日に増えていく一方だ。最初の頃は1桁だったのが、2桁になって、3桁になった。このままでは4桁に上るのではないかと思われたときに、緊急事態宣言と称して各地で家のなかに籠る生活を送るよう、強要された。学校はもちろん、休校扱いになった。そしてしばらくしてから、パソコンを使ったリモート授業というものに切り替えられた。


 LIMEのビデオ通話越しに映る友だちのケンゴは、開口一番「だりぃ」と言った。


「俺、夏休みになったら東北のばあちゃん家に1人旅しようと思ってたんだけど、それ全部パアになった。むしろばあちゃん、『来るな』って言ってきてさ。ひどいと思わねえ?」

「東京、特に感染者多いもんな。人口的に考えれば当たり前だけどさ。言うて俺ら埼玉の人間だけど」

「でもばあちゃんにとっては、埼玉も東京も同じようなもんらしいよ」

「なんだそれ」


 思わず笑った。画面の向こうにいるケンゴも笑った。


「何かヒマつぶしになるもの、考えなきゃなぁ。リモート授業とか時期に慣れるだろうけど、家のWi-Fi環境最悪だから。先生の声、たまに聞き取れねえときあるもん」

「ああ、わかる」


 それからどうでも良いような話を続ける。最近何が楽しいか、自分たちが産まれる前に放送していたドラマの再放送が面白いとか、そんな話を。

 どうやらケンゴは、1人カラオケというのにハマっているらしい。家庭用ゲーム機のダウンロードコンテンツにカラオケができるものがあり、マイクをネットで購入して。1人のときに延々とうたっているのだとか。


「大勢でやると楽しいけど、1人で遊ぶのもかなり楽しいぞ」


 そう言ってケンゴは笑った。



 ケンゴに言われて翌日、俺は自分にできる範囲での1人で遊べるものを考えてネットで検索してみた。世の中の流行りがどうなっているのか、外に出ないせいですっかりわからなくなってしまったけれど。どうやら今は「ソロ」系が流行りらしい。ケンゴみたいに、1人でカラオケをするのも1つの例だ。

 何が自分の家でできるかと考えたとき、そういえばウチには昔父さんが若い頃に使っていたキャンプの道具があることを思い出した。

 家の外の物置を探してみるとたしかに見つかった。テントとキャンプ道具が一式。汚れがひどくてテントさえ穴あきのぼろぼろだったけど、ないよりはマシだ。テントについた土埃を簡単に拭いて、たいして広くない家の庭に張ってみた。家の庭の9割りのスペースがテントの展開に使われる。中で寝転んでみると、夏になりかけにしては心地よい風がサァッと吹いてきて心地よかった。

 虫食いの穴が目立つテントを、内側から見つめる。まるで昼間に輝く星のよう――。そう思ってスマホで写真におさめ、ケンゴにLIMEで送った。「昼間に輝く星みたいじゃね?」なんてなんて言ったら、すぐに返信が来た。


「ロマンチストか?」


 そのあとに笑っていることを表すスタンプが送られた。我ながら自分らしくなくて、恥ずかしくなった。


「ところでどうしたんだよ、それ」


 ケンゴのメッセージに「親が使ってたキャンプ用のテント。ソロキャンしてる」って送った。


「いいな、キャンプ」

「今度行ってみよう」

「まじ?」


 LIME越しのケンゴは驚いているようだった。正直自分も驚いていた。なんとなく提案してみたはいいけれど、その場のノリと勢いな気がしてきた。


「良いぜ、約束だかんな」


 けれどケンゴは乗り気なようだった。

 ああ、だとしたら今のうちにキャンプのやり方を学んでおくべきだな。父さんが帰って来たときに聞いたほうがいいだろう。それでこの自粛期間が終わったら2人でキャンプへ行く計画をたてよう。


 1人でも楽しいんだろうけど、大勢のほうも楽しいと思う。

 早く自粛期間が終われば良いのになと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昼間に輝く星 凪野海里 @nagiumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ