一人と二人の除霊師は

If

一人と二人の除霊師は

「汚染事例、ですか」


「残念ながらな」


「誰がですか?」


紗雪さゆきだよ」


「えっ」


 さとるは思わず絶句した。紗雪は一番優秀な除霊師だ。そんな紗雪が汚染——除霊師が除霊に失敗して、悪霊に取りつかれることだ——されただなんて、想像できない事態だった。


「どうして」


「ソロだとな。いかに優秀でも、ということだ」


 飯本も冷静には話すものの、ずっと眉を寄せている。彼もまた、聡と同じく信じがたいと思っているようだった。


「……紗雪さん、俺達みたいなのに助けられるの、屈辱でしょうね」


「そうも言ってられないだろう。死なせたいのか」


「いいえ。幸加さちかに声を掛けて、行ってきます」


「ああ。紗雪がそうなるほどの悪霊だ。気をつけてな」


 頷いて、聡は拳を握った。心して除霊しないと、と思った。


 ■


 聡たちは、除霊師だ。


 未練ある魂は、魂の一部を現世に遺して逝ってしまう。それらはたいてい負の感情で、自然と集い、やがて悪霊になる。悪霊は生きている人に取りついて、さまざまな悪影響を与える。生気を吸ったり、肩を凝らせたりするくらいならまだいいが、心を病ませて死に向かわせるなどという、質の悪いものもいる。


 聡たち除霊師は、そんな悪霊を浄化し、見送る役割を持った人間である。この職業は、優れた霊感が素質として必要不可欠で、限られた人間にしか務まらないのに、社会的地位が全くと言っていいほどない。霊感のない人間には、悪霊など感知できないゆえに、聡たちの行う除霊儀式が胡散臭い宗教活動のようにしか見えないのだ。よって金の出どころがほとんどなく、除霊一件二千円と、非常にしょっぱい報酬で働くことになっている。学生の小遣い稼ぎにしかならない。だから除霊師は、聡ら学生がメイン構成員になっているのである。


「紗雪さんが、汚染か……」


 今度の仕事について聡が伝えると、幸加は俯いてそう言った。暗い表情だが、感情はよく分からない。怖がっているようにも、同情しているようにも見えた。


「だから、気をつけて行こう」


「うん」


 きっと、誰が聞いても今の幸加のような反応をするだろう。それほど、一条紗雪は優秀な除霊師だった。紗雪は、どんな悪霊でも三秒以内で除霊できるのだとか。誰も彼女の能力についていけなかった。そのため除霊師は本来二人で組むはずなのに、紗雪だけは一人で仕事を請け負っていた。飯本は大喜びで、予算が浮くからと紗雪ばかりを使っていたとも聞く。


「紗雪さん、心配だね」


 聡は、幸加ほど紗雪を案じられなかった。あまり関わったことはなかったが、依頼や報告の場で顔を合わせる彼女は、独りでいるくせにいつだって自信に満ち溢れていた。それがとても、苦手だった。


 ■


 除霊は、難しい。


 悪霊には通称ツボと呼ばれる弱点がある。そこに御札でも御守りでも破魔矢でもロザリオでも、とにかく何でもいいから高い霊力を持つ除霊具を触れさせることで除霊は成る。これが除霊儀式だ。こう言うと大変単純そうに思えるものだが、本当に難しい。何が難しいかというと、ツボの位置を見極めるのがだ。悪霊の核とも呼べるツボ。聡は、それを見極めるのに二日もかけたこともある。強い悪霊になればなるほど、核を隠すのだ。下手をすれば、反撃を受けて汚染されることにもなりかねないので、リスクだってある。


 紗雪は、確かに汚染されていた。彼女の周りに悪霊の存在を感じる。どんな悪霊が彼女を貶めたのか。警戒した聡だったが、集中し始めてから一秒後に拍子抜けする羽目になった。紗雪についている悪霊は、とんでもなく弱い。ツボとて一目で分かる。どうしてあんな悪霊に汚染されたのだろう。あれくらいの悪霊なら、聡だって三秒で除霊できそうだ。


「幸加。あの悪霊、弱いよな?」


 不安ゆえに問うと、幸加もまた不安そうだった。


「そうだと思うんだけど、でもあの紗雪さんだよ?」


「もしかしたら、悪霊が強さをごまかしてるのかもしれないな。慎重に行こう。俺がやるから、幸加は後ろから来てくれ」


「うん、分かった」


 そうっと、聡は慎重に足を置きながら紗雪に近づいた。悪霊に気づかれないに越したことはない。既に手にしていた除霊具——ただの御守りだが——を握り直した。さあ、もう手は届く。聡は勢いよく手を突き出した。ツボに御守りが、間違いなく触れた。けれども、罠かもしれない。さあ、どうなる——


 ……驚くほどに、何も起こらなかった。悪霊は容易く浄化されて、そうして還っていく。聡は、そして幸加も、茫然とそれを見送った。紗雪にとりついたのは、本当にただの弱い悪霊だった。


「あの、紗雪さん?」


 思わず聡が声を掛けると、紗雪はくるりと身体ごと振り返った。そして開口一番、こう言った。


「これで私とも仕事をしてくれる?」


「え? はい?」


「こんな悪霊にとりつかれるくらいだし、一人でいるのは危ないから、一緒に仕事、してくれるよね?」


 話が見えない。聡と幸加は、揃って何度も瞬いた。


「……もしかして、紗雪さん、わざと汚染されたの?」


 幸加の問いに、紗雪はぶんぶんと首を振って応じる。あまりに大げさなので、多分図星だったのだろう。聡と幸加は二人で目を見交わした。なんとなくでお互いの言わんとしていることを確認し合って、思わず笑ってしまう。


 紗雪はおそらく、誰かと一緒に仕事をしてみたかったのだ。だからそれができるようにあえて汚染されて、飯本や同業者たちに紗雪とて二人で仕事をしないといけない、ということを印象づけたかったのだろう。聡の中で、紗雪の印象が大きく変わった瞬間だった。いつも自信ありげに見えていた仏頂面は、もしかしたら二人でいる聡と幸加への羨みだったのかもしれない。


「いいよ、紗雪さん。俺らとも一緒に仕事しよう」


 こうして一人と二人の除霊師は、仕事仲間兼友達になった。友達として付き合う紗雪は、一見クールなくせに話すと天然かつ発想が面白く、一緒にいてとても楽しい。友達を作るために危険を冒してわざと汚染されてしまうくらいだから、能力的には大変優秀でも、紗雪自身が言うように「一人でいるのは危ない」というのはきっと当たっている。俺達が見ていないと、何をするか分からないから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一人と二人の除霊師は If @If_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ