ソロまるまる

砂田計々

ソロまるまると二人まるまる

 ひとりですることが当たり前だと思っていたことが、ふたりですることもできたのだと新しく発見した。それは、トモユキが教えてくれたことで、映画鑑賞のこと。

 映画を観ることは、ふたりでもできることだったのだ。


 ひとりのときは、観たいと思う映画をただ観ていたから、そうでもない映画をわざわざ映画館で観るなんてことはなかった。だけど、ふたりで観るとなるとそういうことがたまに起こる。それで結果として、観てよかったものもあれば、観なくてよかったものもあるから、まあ、なんとも言えない。


 券売機のディスプレイに表示される座席表を見ながら前の方がいいとか、端は嫌だとか言いながら、二つ並んだ空席をタッチする。

 以前、中央に二つ、別れて良席が空いていたから「こことここはどう?」と聞いてみたけれど、却下されてしまった。席はとなり同士で座るのが基本なのだ。


 ふたりでよかったと思ったことは、粗悪な映画に出会ったときだった。

 人と共感したくなるほどの、なんの面白味もない映画を観てしまったときには、横に誰かがいてくれるととても助かる。


「すっ……ごく、面白くなかったね」

「うん」


 良い映画を観たあとにはしばらく余韻に浸って、ひとりで噛みしめたいと思うのに、最低な映画を観てしまった日にはすぐに誰かに問いたくなるのだ。

 観たあとは、わたしが良し悪しをジャッジして、トモユキに伝えることがほとんどだった。

 トモユキも、わたしがなにも言わずに黙って映画館を出ていくときは高評価なのだとわかってくれているようで、映画のシーンで特に良かったところなんかを、帰りに寄ったカフェに着くなり、堰を切ったように愉しげに語り始めた。


 映画を観たあとは下のフロアにある、わりと広めの書店に寄り道するのが、いつからかお決まりのルートになっていた。

 トモユキは観てきたばかりの映画のノベライズ本を見つけるとおもむろに手に取った。


「買うの?」

「うん。まあ記念にね」


 トモユキは映画に関連したものをよく買っていた。面白くないと言っていた映画にも余計なお金を使いたがった。

 わたしがもったいない、と言ってもトモユキは、まあまあ、と濁した感じでレジに並んでいた。


 トモユキとは電車に乗って映画館をいくつもめぐった。

 わたしが観たいと言った映画が遠く、県外の映画館でしか上映していなくても、トモユキは嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれた。


「あーあ、面白くなかったー」


 わざわざ電車賃まで上乗せして観た映画が最悪でわたしはうなだれて言った。

 すると、珍しくトモユキはまだ考え中というように中途半端に首を動かしただけだった。


「期待だけさせておいて、こんな駄作だなんて。そりゃ上映館も少ないはずだよ」


 わたしの駄作判定にいつものようにトモユキが乗ってこないので、わたしは心配になって、

「面白くなかったよね」ともう一度確認した。


「そうかもね」

 トモユキは歯切れ悪く言って、下を向いた。


「面白かったの?」

「いや、そんなことないよ。普通かな」


 普通と言いながら、トモユキはやっぱり売店でパンフレットを買った。そのあと寄った、駅前の書店の雑誌コーナーでその映画の小さな記事を探し出して立ち読みを始めるから、わたしはトモユキの顔と雑誌を交互に見た。あまりにも熱心に読むので、わたしはひとり取り残されてしまう。

 それが、トモユキと行った最後の映画になった。



                   *



 21時スタートのレイトショー。

 上映が終了してしまう前に、わたしはもう一度、それを映画館で観ておきたいと思った。

 まばらに埋まった座席。もともと注目作でもないから、最終日に駆けつける人もそういなかった。わたしは中央の特等席を易々ととることができた。

 明滅する白い光が、空席の目立つシートを照らしだしてふいに、これがほんとの映画鑑賞だった、と思い出す。

 映画はいつでもひとりで観るものだった。


 映画とは無関係な感情が光と音の波とともに打ち寄せてきて、わたしはそれを隣の空いた席に座らせた。

 さしたるものは何もない。

 スクリーンに映し出されるものはやっぱり単なる光と影でしかない。

 わたしは何を見落としたのだろうか。

 息をつめて鑑賞しても、わたしにはどうしてもそれがわからない。





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ソロまるまる 砂田計々 @sndakk

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