逃げられた!

@rasutodannsu

第1話

3月27日

 息子に出した手紙が戻ってきた。

固定電話は解約したと言われていたので、携帯電話に

かけたら、呼び出してはいるのだが、出ない。

メールを入れる。

『手紙が戻ってきたんだけど、引っ越したの?』

その日は返信なし。


 3月28日

 もう一度、メールする。

『手紙が戻ってきたんだけど、引っ越したの? 体は大丈夫?』

返信が来た。

『転勤した。急なことだったんで、ごたごたしてる。もう少し、待って。』


 4月1日

 相変わらず、携帯電話の音声には反応なし。

また、メールを入れる。

『転勤したばかりで、忙しいとは思うんだけど、引っ越し先はどこなの? 心配しています。』

返信なし。

今日はエイプリルフールだ。

明日にしよう。


 4月2日

 今日こそ、つかまえてやる!

しかし、相変わらず、音声には反応なし。

メールを送る。

『わたしも年だから、いつ、何があるかわからないでしょ。至急、連絡先を教えてください。』

返信が来た。

『追い込まないでください。母さんに騒がれると、本当に困るんだ。』


なんだ、こりゃ?

騒ぐって?


 確かに、わたしは、気分の上下が激しいのかもしれない。

喜怒哀楽の表現がオーバー?

でも、純粋ってことじゃない?

変にかっこつけて、クールな振りはしたくない。

在りのまま。

バカ息子がぁ!

母親と何年つきあってるのよ。

43年か。

まだ、年寄の淋しさはわからないのよね。


 あの子がいなくなった。

 

 息子が勤めていた会社に電話したら、支社に転勤したと教えてくれた。

栄転なのか、左遷なのか、横滑りなのかはわからないが、とにかく、首はつながっている。

住まいも会社の近くということだろう。

今までよりうちに近い。


独り暮らしのおふくろの近くに転勤になり、なにかとめんどうだと思っているのか?

息子は逃げているのかもしれない。

転勤先に電話して新しい住所を聞き出したいけれど、息子の立場が悪くなったらかわいそうだ。

嫁さんは電話がきらいだから固定電話も解約し、携帯電話も持っていないのだと聞いている。

でも、嫁さんは、何らかの方法で実家には連絡しているだろう。

息子との親子関係がよくないのではないかと思われるのは癪だが、住まいだけは知っておきたい。

しかたなく、嫁さんの実家に、事情を書いた手紙をだした。


 4月6日

 嫁さんの実家から電話があった。

『私たちは、転勤していたことも知りませんでした。もともと、宅配便で野菜とか送っても、返事がないものですから……』と、向こうの母親は暗い声で言う。


 どーなってるの? あの子たち。


 4月7日

 妹に電話する。

わたしより10歳下で、息子たちの世代の空気感が、少しはわかるのではないかと思ったのだ。

「わたしって、うっとうしい女なのかなぁ」と尋ねると、妹は、『だね』と応えた。

「どういうところが?」

『この前も、ドカーンと落ち込んで、死にそうな声で電話してきたから、飛んで行ったら、出前の寿司とってくれて、ばくばく食べた』

「人が来ると、嬉しいからよ」

『主治医から、あなたは<寂しい病>ですって笑われたって、この前言ってたよね』

「まあね、健康診断ではなーんの問題もないから」

『あのさ、ほんとのこと聞きたい?』

「ん。この際だから、アドバイスは素直に聞くよ」

『……お姉ちゃんって、女くさいの。……ねえ、人間ではなくて、なにか、ほかのことに関心を持てば?』

                            

 4月8日

 今日は、花祭り。お釈迦様のお生まれになった日だ。

お釈迦様は、とても美男だったと言われている。

仏教を勉強してみようか?


 いや、もう少し、リアルに近いほうがいい。


 実害がない対象ならいいだろう。

デビュー当時から応援していた、長身、イケメン、声もよく歌もうまい☆☆君のファンクラブに入った。


 ☆☆君、アンタはわたしの最後の男!

                    完     







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