毛皮を脱ぐ前は
思い出すと、いまだに腹部に鈍い痛みが走るようだった。
普段はやさしいのだが、お爺ちゃんは時折豹変する。
家に行くとご飯を食べさせてくれたり、遊んでくれるのだが、何が気に入らないのかはわからないが、突然暴力をふるってきたりする。顔ではなく腹部を蹴られることが多かった。とはいえ、親切にはしてくれるし、致命的なことには至らなかったので気にはしてはいなかった。
あの日も、腹を蹴られて息が止まりそうになった。運悪く当たり所が悪かったようだ。痛みが引かず、吐き気が襲ってきた。床にへたり込み両足を投げ出した。
しばらく、ぐったりして俺が動かないことを見ると、急に怖くなったのか、お爺ちゃんは家を飛び出していった。
よく見る近所のおばさんが駆け込んできて、病院だとか言うよくわからない場所に連れて行かれた。よくわからないとがったものを突き刺されて、体に液体を入れられた。
それで一旦、持ち直したのだが、口の中は痛くなり、鮮血があふれ出してきた。何も食べられなくなると、病状は次第に悪くなって……それから真っ暗闇になったわけだ。そして気が付くとこのざまだ……と俺は小さな肩をすくめた。
「まだ、発声方法になれていないから、聞きにくいことはあるだろうがそんな経緯だな」
「なるほど、お前が
俺が死んだ顛末を聞き終わると、ベランダに忍び込んできているクロと言われている猫はそう言って頷いた。ベランダへ出るための扉は閉まっているが、網戸を隔てて話はできる。
「その爺さんは、俺も知っている。俺らに色々と食事をくれる奴だな。お前が死んだ後も何食わぬ顔をしているぞ。今更だが、仲間に頼んで消してもらうか?」
このクロは昔、俺が前世で猫だった頃から生きているが、年がいくつかはわからない。
俺は猫だった時と匂いが似てるとかで、前世のことは気づいていたらしい。詳しい経緯を知りたかったらしいが、俺の方がまともに会話ができるようになるために、生まれてから三年くらいかかったのだ。
単語はわかるのだがうまく言葉にできないという不便さだった。ようやくある程度話ができるようになった。この小さい体ではこっそり家から抜け出すのも難しいので、ちょくちょくクロからきてもらっている。
こいつは近所の猫の顔役なのは間違いない。 前に死んでから三年以上は立つがこいつは健在だ。
「いや、その必要はない。もう人になってしまったし、恨みはないからな」
俺は猫にしか聞こえないような小声でそう告げた。人間になった以上、もはや恨みようがない。
「わかった。それが聞けたらいい。あの爺さんは完全に
クロはベランダから去っていったようだ。
そういえば、前世で仲間を殺した人間を食い殺す猫たちがいたことを思い出した。
人になった今、決して猫を殺さない方がいいだろう。
ちょっと奇妙な話集 海青猫 @MarineBlueCat
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