エアリー旅行記 〜南部イタリア編〜

古博かん

第九回お題作品「ソロ○○」KAC20219

 イタリア共和国カンパーニャ州アヴェッリーノ県ソロフラ。


 首都ローマから、およそ南へ230kmほど離れたあたり、西側に広がるティレニア海に面した一帯の、ちょうどブーツの形をした半島の足首あたりに、ちょこんと位置するラムレザーの名産地だ。


 周辺を山に囲まれ、革なめしに適した植物タンニンと川水が豊富な、自然環境に恵まれたこの地域一帯の革産業の歴史は古く、それは古代ローマの時代まで遡るという。


 南部イタリア最大の港湾都市であるナポリは、カンパーニャの州都だ。


 そして、ナポリ近郊には、西暦79年、ヴェスヴィオ火山の噴火で滅んだ古代都市、ユネスコに世界遺産登録されているポンペイ遺跡が広がっている。


 ソロフラは、そんな時代からひっそりと続く、東京都品川区より少し小さいくらいの面積に、およそ一万二千人がのんびりと暮らす朴訥ボクトツとした小さな田舎町だ。


 町のぐるりを山々が取り囲む、標高およそ400メートルに位置するソロフラの夏の日差しは、とても強い。

 古い石畳と、アスファルトが混在する道路を走行する自動車の巻き上げる熱気に押しのけられ、ふと、淡い黄色やピンクに染まる外壁を見上げれば、軒先からお洒落に垂れ下がる、少々日焼けしたお揃いのストライプ柄サンシェードが、パタパタと音を立てている。


 石畳にいざなわれるように進んだ先、区役所を左手に見ながら、プリンチぺ・アメデオ通りのドン突きに現れるサン・ミケーレ広場に向かえば、道路の真ん中で、唐突に待ち受けるのは、四方にライオンとおぼしきものを従えた噴水だ。

 思しき、と表現するのは、姿勢はライオンなのだが、その表情は、どうにも他の動物っぽくて困惑するからだ。これは、あるいは神話時代の怪物キメラなのだろうか。


 そして、正面に出迎えるソロフラのサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会は、滑らかな曲線に縁取られた白皙ハクセキの外壁に、黄色味の強いライムストーン色が映え、赤煉瓦のスレート屋根が可愛らしくも荘厳な、こぢんまりとした建造物だ。

 その真隣まどなりには、無愛想な程に四面四角の灰色くすんだ石積みの鐘楼がそびえて、何とも言えないコントラストを生んでいる。


 そして、こんな田舎町でありながら、さすが芸術の国イタリアと言わしめる壮麗な内装には言葉を失う。


 天井を埋め尽くす色鮮やかな聖人たちの絵画。

 ライムストーン色の柱からドーム状の天井を縁取る白レリーフとモールディング。

 かたや白亜の柱の先に伸びる空間は、降り注ぐ光の角度まで計算し尽くされたであろう黄金の装飾が輝いている。


 そして、祭壇の元に、ひっそりと横たわる磔刑たっけい後のキリスト像。


 彫刻の散りばめられた重厚なパイプオルガンは、一体どんな音色を奏でるのだろう。


 中世の面影を色濃く残す街角に、忽然と現れる、化粧漆喰が剥がれ落ちたき出しの石壁も生々しい民家には、アーチ型をした木製の扉が、その表面に幾何学模様を描いている。

 さらに時代を遡り、古代へと迷い込んだかのような一角、馬車が似合いそうな外観の脇に、雑草の生い茂る路肩へ半ば突っ込むようにして停めてあるノスタルジックなトラクターには、ダイムラー・ベンツのマーク。


 果たして、ここは一体いつの時代のどこなのだろう——と、思わずにはいられない不思議な困惑と微笑ましさが混在する。

 陽気な太陽の元、太古の歴史に見守られながら、革産業と日常が営まれている町、それがソロフラだ。


 さて、末筆ながら、この作品は、グーグルアースとストリートビューを駆使した逞しい妄想によって出来上がった、架空の旅行記であることを正直に告白しておく。アーメン

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