レプリカ~知的財産保護管理室の事件簿~

夜桜 恭夜

File No.1

【非常線が張られた繁華街の一角】


「また、首なし?」

「今月で四人目ですね」 

 規制線が貼られた繁華街の一角は、警告を知らせる赤いランプを光らせた警察車両が通路を塞ぎ、いつもの騒がしさとは異なる物々しさに包まれていた。

 青いビニールシートが張られた現場に、二人の若い刑事が入る。

 地面には同じように青いビニールシートの被せられたモノがあった。

 ビニールシートの下には、この事件の被害者である人物の遺体が横たわっている。

 二人はシートの前に膝を折ると、揃って手を合わせる。

「首をコレクションしてるとか」

「うーん」

 手袋をし、地面に敷かれている盛り上がったブルーシートを二人のうち、銀髪に紅い目の刑事がめくる。

 そこに横たわるのは、通報にあった情報通り、首のない遺体。

 鋭利な刃物ですっぱりと切り裂かれた首筋から上が、消えている。

 周囲の捜索は続いているが、今だに発見には至っていない。

志万しまくんなにやってるんですか?」

 呆れた声が、現場に響く。

 志万くんと呼ばれた銀髪の青年、志万暁緋しまあさひは仕切りに自分の携帯でめくられたブルーシートの中を撮っている。

 相方の問いかけに、撮影をやめて暁緋は背後を振り返る。

紫暮しぐれ。いや、だって…ねえ」

 にやけながら答える。

 相方の笑みに癖毛の栗毛に緑の瞳をした青年、天月紫暮あまつきしぐれは肩を竦めた。


 現場を覆い隠すビニールシートをめくり、更に刑事が現場に入ってくる。

 それに反射的に暁緋は立ち上がった。

「そっちは、鑑識に任せて、お前ら聞き込み行ってこい」

 班長のベテラン刑事に声をかけられ、志万は慌てて携帯をしまう。

 紫暮も暁緋が携帯をしまうのを上司に見られないよう、さりげなく相方を隠す。

「はーい」

 二人揃って返事をし、暁緋と紫暮は現場を後にした。




【所轄 会議室】

 警視庁内にある会議室では、新たな捜査本部が立ち上がっていた。

『連続首なし死体殺人事件捜査本部』

 急ごしらえで認められた文字には、この事件の異質さが現れていた。

 会議室に集まった刑事達は、上司であり、指揮官である刑事部長と、補佐役の刑事が語る事件の概要を聞いていた。

 被害者の身元や、現場の状況など、現状で集まっている情報が次々に上がられていく中、入り口の方から口論のような押問答が聞こえてきた。

「なんだろ…」

 会議に参加していた紫暮は訝しみながらちらりと、背後の入り口を見遣る。

「面白い事になるぜ」

 隣に座っていた相方の暁緋が、不穏な事を言った瞬間、捜査会議室の扉がいきなり開く。

「関係者以外はダメです」


 外に立っていた警備要員の若い刑事の制止もむなしく外で押問答を繰り広げた人物が侵入を果たす。

「捜査会議中だ、お前が来るところじゃない」

 会議室の前方で皆の方を向いて座っている三人のうち小太りの一人が言う。

 長テーブルの並ぶ会議室の中を、コツコツとヒールの踵を鳴らし、1人の女性が悠然と歩いていく。

 驚く刑事たちの視線など、意にも止めることなく、彼女は会議室の奥、刑事部長や指揮官達の前に立ちはだかった。


「その事件は私たち知的財産の管轄だ、当然参加するのも当たり前だろ。それに許可はとってある」

 艶やかな長い髪を揺らし、入ってきた女性は、手にした書類を刑事部長達の前に突き付けた。

 それは、捜査権

「女狐め」


「警察だ、官僚だっていう垣根を越えた捜査をしないと犯人捕まえられない、そうだろ?タヌキおやじ」

 自分の登場を面白く思っていない小太りの男が舌打ちしたのを聞き、女性は彼の方を見据える。

「こっちの事件に首を突っ込むの理由はあるってことですね」

 三人のうち、メガネをかけたいかにもキャリアという感じの男は彼女のほうをみる。

「まずは情報交換といきましょう」

 にやりと笑みを浮かべた後女性は、三人の刑事に視線を据えた。

 上司達と女性のやり取りを見守っていた刑事達は口々に会話を交わす。

 彼女が何者かを彼等の多くは知っていた。

 ある案件では共に現場で鉢会う事も珍しくない。

 だが、今回は殺人事件。本来なら彼女が出てくるのは場違いだった。

 なぜなら、彼女の管轄は…。




【知的財産部保護管理室】


 厚生省庁舎内。

 近年、急激に部署の拡大と重要性を伸ばす新設の部署が存在する。

 地下二階に設置された彼等の居室に掲げられたプレートには『知的財産保護管理室』と部署名が記されている。

 部屋の一番奥には、この部署のボスたる室長のデスクがあり、その周りを数台のモニターと扇形に配置された部下達のデスクが配置されている。

 やや照明を落した室内は、宇宙船のブリッジを連想させた。

 室長である六合りくごうは、警視庁から戻って来るなり、自身の部下達を集めていた。

 六合が見つめる目の前には、年齢性別を問わず、個性豊か九人が居並んでいる。

 それぞれが自身のデスクの椅子に座り、部長である六合の話に耳を傾けた。


「それで、勝ち取ってきたってことですか?部長」

 先刻の経緯を一通り話した六合の前で、部下達は各々の反応を見せた。

『捜査情報なんてボクにかかれば、すぐ手にはいるのに。警察なんてセキュリティ、ザルだし』

 ホログラムで表示されている少年が、居室中を泳ぎながら公務員にあるまじき発言をする。

「それは、犯罪」

 フリルの付いた水色のワンピースに白いエプロンを身に着けた、十代半ばの少女ーマヤはホログラムの少年を見据えた。


『ちぇーっ』

 マヤに睨まれ少年はふわりと空中で制止した。


「そもそも管轄外ではないか、殺人事件は。警察の仕事であろう。あいつらに任せておけば解決する話だ」

 椅子に座りながら気だるげに発言をしたのは、黒髪の青年ー仁平にひらだった。古風な独特の口調で話す仁平の表情には、六合が持ってきた事件に対する嫌悪感が現れている。

「優秀って言われてますし日本の警察は。はぁ行ってみたかった…捜査会議」

 仁平とは対照的に何処か残念そうにぼやいたのは、この管理室の事務員である荘司 美並しょうじみなみ。後ろにお団子に結った髪が印象的な彼女の発言に、数人が苦笑した。


「俺らは、知的財産の元となる部分のオリジナルと呼ばれる物の管理、巷に出ておる一般的に使われとる量産品の品質確保、管理、粗悪品の回収が仕事であろう。誰が首をもって行った、その後どうなろうと知らんこっちゃない」

「それが、まだ見つかっていないオリジナルなら、保護の対象だし記録として残さなくてはならない。立派な仕事だ。海外に流出しては私たちにとって問題にはなる」

 胸の前で腕を組み、難しい顔をする仁平と六合の視線が、ぶつかり合う。

 彼女の言葉はもっともだった。

 自分達の仕事はまさにそれである。だが、それに意を唱えたのが、仁平だった。

「私たち?違うであろう。日本国にとっての間違いだろ。軍事に利用され、戦争の火種になるからか?たくさん保有していると強さを示せるからか?新たな技術が生まれると、すぐに戦争の道具にしたがるのは戦争屋の宿命だな」

「仁平!」

 六合は声を荒げる。

 叱責をしてくる上司を仁平は真っ向から見据えた。

「なんだ?俺は間違った事など言ってはおらぬ」

 憮然と六合を見据えたまま、仁平は拳を握り締めた。

 そんな彼を収めようと二人の男が立った。

 1人は、黒髪に日焼けした肌が印象的な長身の男。もう一人は、片目に眼帯を付けた青年。

「仁平」

 長身の男―コウメイは仁平の肩を押さえ、今にも六合に飛び掛かりそうな彼を抑え込む。

「言い過ぎです、さすがに…」

 六合に対する発言を眼帯の青年―小鳥遊たかなしはやんわりとたしなめた。


「戦争は懲り懲りだ…」そう呟いて、コウメイの腕を払った仁平は、席をたってしまう。


 出ていった仁平を皆は目でおっていたが、止めることはできなかった。

「話を戻す」

 六合は、捜査資料を皆の集まるテープルに広げた、

「これ、本当にここの管轄なんですか?」

 不穏な空気が漂う中話の進む内容に、コウメイは疑問を投げかけた。

 まだ新人である自分は、それほどこの部署の仕事をこなしていない。

 けれど、先程の仁平の発現から、今回六合が持ってきた案件には、疑問を覚えていた。

 まだ日が浅いながら、あれほど嫌悪感を露わにした仁平を見るのは始めてだった。

「頭が身元の特定に繋がるから持っていったではないんですか?」

「うーん、でも殺してそのあとわざわざ道具使って頭切り落としてそれだけ持ってくのは犯人にとって見つかるリスクを考えると…」

 まるで、テレビドラマの探偵のように美並は状況を整理しようと、言葉にする。

「美並ちゃんの殺害現場はこの場所という仮説にはちょっと疑問ね。現場に残っている血液量が少ないわ。他で殺してここに置いたならあるかもしれない」

 モニターに映し出された現場写真を眺め、マヤは眉を顰める。

「首には太い血管が走っているし、もしこの場所で首を描き切ったなら、周囲にも血が飛び散っている筈...でも、ここ、綺麗過ぎる。レーザーで傷口を焼き切ったなら、出来なくはいけど」

「流石、マヤちゃん」

「医者だもん、これくらい見たら分かるわよ」

 マヤの考察に小鳥遊はパチパチと拍手をして称賛する。それにマヤは、当然よと言わんばかりに胸を張った。


「首を掻き切る程度のことなら」

 扉の開く音と声がすると、小さな風の起こる音が美並の近くで響く。

 美並の胸ポケットにさしていた埴輪のマスコットのついたペンの頭がスパッと切れる。

虚しくも埴輪の頭がテーブルの下へと落ちた。

「あー!仁平さん!ちょっとコレ」

 カランと、床に落ちた埴輪の頭を美並は慌てて拾い上げ、戻ってきた仁平に抗議の声を上げた。


「知的財産の量産品シールでも使えば簡単だ」

 入口付近で、腕に付けたシールを見つめて仁平はニヤッと笑う。

「仁平さん、これどうしてくれるんですか。テレビ朝顔の『埴輪刑事』の…弁償してくださいよ。弁償。これ折角」

 頭のなくなった埴輪のマスコットとペンを仁平に見せながら抗議する美並。

「それは、悪かった。あとで直しておく」

 迫ってくる美並の手からペンを取り上げ、仁平は肩を竦めた。

 今にも泣きそうな美並の横から、仁平の前に駆け寄ってきたコウメイは、仁平を呼んだ。その声には少し怒ったような響きが含まれている。

「...今のは流石に酷いだろ...いきなり」

「後始末位はする。そうじゃ、コウメイ、お前は新人なんじゃ、もう少し周りを良く見る事だな...それで、室長、この先の動きじゃが...」

 部屋を出て行った時とは打って変わって、今回の案件に関する話を始める仁平に、コウメイは戸惑いを覚えた。

(頭冷やしてきたのか...)

 六合や他のメンバーが話を始めるのを、コウメイは少し遠くから眺めた。

(俺は...やっぱりえらいとこば、来てしまったばい...はあ、博多ば、帰りたか...)

 室内を眺め、コウメイは半ば天井を仰ぎ、胸中で呻いた。

 知的財産保護管理室に、バディを組む仁平にスカウトをされて早、三か月。

 新人、ヤン・コウメイはまだ、この六合が持ってきた案件が思わぬ方向へ進むとは、この時は予想もしていなかった。











【コウメイ レポート№1】



 六合さんが警察から半分横取りしてきた事件。『連続首切り殺人事件』

 被害者は四人。

 その四人全てが頭部を持ちさられ、胴体だけが現場には残されていた。

 知的財産保護管理室の同僚であり、先輩である医師のマヤさんの話からして、現場に残された出血量は確かに少なく、他の場所で殺した後、胴体だけ運んだとするのが一般的な見方だ。

 犯人は大柄な人物だろうか。

 しかし、わざわざ胴体だけ運んで来るのも不自然な話だと、俺も思う。

 案件を持ってきた時の、室長に対する仁平の嫌悪感。あれはなんだったのか。

 俺はてっきり、仁平は知的財産...他者の持つ技術や能力を他人が簡単に使えるこの最新技術に好意的かと思っていたが...そうじゃないのだろうか。

 俺をスカウトに来た時と随分態度が違ったような...

 頭を冷やして戻って来た、というより、仁平は犯行に使われたものに近い知的財産を記録したシールを取りに行っていた感じだったな。

 あの、かまいたちみたいな刃は、どんな知的財産なんだろう。

 この部署に配属されて日の浅い俺は、まだまだ知的財産という技術についても、その保護及び管理を担うこの部署の事も殆ど知らない。

 同僚やパートナーの仁平についても、まだあまり知らない俺が、憶測だけで考察をするのは、闇雲すぎるだろうか。

 もう少し、事件の概要や情報収集をする必要がある。

 仁平が忠告のように言った言葉も、その真意を掴まなければ。



 21××年。 4月12日。21:38。 ユーザー:ヤン・コウメイ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レプリカ~知的財産保護管理室の事件簿~ 夜桜 恭夜 @yozacra-siga-kyouya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ