ソロサマーな友人

向日葵椎

ソロサマー中でした

 うちの会社がテレワークになってから、早半年の春。

 自宅で仕事をするのにもずいぶん慣れてきた。


 そんな今日。気になっていることがある。

『いやー暑いわー』

 昼休み。仕事で使うチャットルームで友人が謎の「暑いアピール」をしている。私がそれをスルーしていると他のメンバーがきく。

『どうしたの?』

『最近暑くないかなーってね』

『むしろまだちょっと寒いくらいだよね』

『えー暑いでしょー』

 こんな具合である。こんな具合ではあるけれど、それが何日も続いていると気になってくる。たぶんこれきいて欲しいやつだな、そんな気がした。でも誰も具体的なことをきいてくれないからもう何日も話したくてしょうがないんだろうな、そんな気がする。私はやっと気になってきたところだったので、きくことにした。放っておいても自分から言うか他の誰かがきくと思うけれど、私は頭の中に気になることを残したまま仕事をしたくない。ただみんなが使うルームではなくダイレクトルームできくことにする。なんだか、まんまと誘導されたようでちょっと恥ずかしいからだ。


『何が?』

『何がって何が?』

 あ?

『暑いって何が』

『あーそれのことか、知りたい?』

『知りたい』

『実は買っちゃったんだよ、春夏秋冬ルーム』

 その商品知ってる。この前テレビとかネット記事で取り上げられてた。部屋の中に設置できる部屋型の設備で、春夏秋冬どの季節の気候も好みに合わせて再現できるやつだ。

『すごい、高いでしょそれ』

『それよりホントすごいんだよこれ』

 値段のことについては触れられたくないらしい。私たちのお給料ではまあまあお財布にダメージがあるのはわかる。下手すりゃ穿うがつ。だからそういうつまらないことよりも、友人はとにかく商品がすごいという楽しい話をしたいのだと思う。

 友人はつづける。

『こっちで教えてあげよう』

 その後にビデオ通話できるサービスの招待ページが送られてきた。


 ビデオ通話を開始すると友人の胸から上が映る。笑顔の友人は、サングラスで麦わら帽子でアロハシャツ。背後には窓か液晶かはわからないけれど、澄んだ青い空と陽光きらめく海との地平線が見える。友人は海のないところに住んでいるはず。

 音声はというと。

 ミーンミーン。

 ジリリリリリリリリ。

 セミが鳴いている。

『南国じゃん』

『夏だよ。私は季節を先取りしてるんだ。すごいだろう』

『へえ。今そっち何度くらいあるの』

『30度』

『真夏日じゃん』

『さすがに猛暑日設定はキツかった』

 やったんだ。

『じゃあ切るね』

『ちょっと待って。私の見てってよ』

『何ソロ夏って』

『一人自由気ままに楽しむ夏のことだよ』

『ボッチ夏じゃん』

『ソロイズ・ノットボッチ』

『ソロイズって誰』

『ひどいなあ。ソロとボッチは違うものだよ。誤解してもらっちゃ困る。私はあえて単独で夏を楽しんでいるんだ』

 そう言って友人はサングラスを取り、たたんで胸にひっかけた。

『どうして』

『だって、いつでもみんなと同じ季節を過ごせるんだから、一人のときに違う季節を楽しんだほうがお得でしょ』

『おー、なるほど』

 思わずうなずく。

 みんなとの時間も大事。でも自分の時間も大切にする。家で過ごす時間が多くなるとが増えるように思うけど、こういう風にの境界があいまいになったりする。だからこそ自分の時間を大切にすることも忘れないようにしないといけない。


『たまにはガッツリソロ、キメないとね』

 そう言って友人はカメラに寄ると、それを取り外した。画面が友人の足元を映す。

 タライに氷水。

 それと優雅なゴム製アヒルちゃん。

 足が涼しそうにゆらりとおよぐ。

『エンジョイ過剰じゃん』

『もはや気分はサマーバージョン』

『バケーションて。ちゃんと仕事してよね』

『ちゃんと仕事するためにソロが必要なんだよ』

 アヒルが両足で挟まれピーと鳴く。

 カメラ位置が戻される。

『さみしくないの?』

『こうやって話せるし平気』

『次からチャットで謎のアピールしないでちゃんと言ってよ』

『……ッ!』

 目を見開く友人。

 たぶん謎のアピールはみんな気づいてる。


『そういえば夏以外もできるんだよね』

『そうだよ。スマホの専用アプリでいろいろ設定変えられるから。例えば、ちょっと待っててね』

 友人はスマホを操作する。

 窓の外の景色が変わり、吹雪ふぶく雪山になった。

じゃん』

『うん。そして室温も一気に下がる。暖炉がついてる設定にもできるんだけど、それは後回しにしたからただ寒いだけ』

『おー、さすが高いだけあって高機能』

『うん……でも寒いから元に戻す』

 身を縮めてスマホへ視線を落とす友人。

『早ッ、さすが高機能』

『――あ、やべ。充電切れた。さむさむっ』

 腕で体をさすっている。

『どうすんの』

『急いで充電する。さむさむさむさむ』

 そう言ってコードをスマホに接続した。

『ソロ遭難じゃん』

『寒いから充電終わるまで部屋から出る』

『休憩終わるまでには――冬が終わったら戻っておいでよ』

『また春に会おう』

『それ今じゃん』

 友人は画面の外へと見えなくなった。

 ビデオ通話を終了する。

 私は体を伸ばす。

「私も買うかなぁー。……まずは今度試させてもらおうかな」

 の私は、頬杖をついた。

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