甘酸っぱいタルト
忍野木しか
甘酸っぱいタルト
先月、都内にオープンしたカフェ〈ラ・ジャルダン〉
レトロでお洒落な外装に興味を引かれた佐々木真知子は、仕事帰りに、誘われるように洋風の扉を押したのだった。
アンティーク調の置き時計が、薄暗い店内でゆったりと時を刻んでいる。しっとりとしたジャズピアノの旋律が耳に心地よく響く。
背の高いカフェテーブルで真知子はメニューを眺めていると「よお」とやわらかな声が聞こえた。
「あれ……!? ここって、先輩のお店だったんですか?」
コックシャツに黒いベレー帽を被った篠田大輔は、ニコリと微笑む。透明なグラスをテーブルに置くと、ウォーターポットを傾けた。グラスに落ちる冷水が、透き通るような音色を奏でる。微かに柑橘系の匂いがした。
平日の午後。店内はがらんとしていた。
「真知子ちゃん、仕事の方は順調?」
「もう、全然ですよぉ……。モールの新装イベントの企画担当されたんですけど、クライアントと全然話が合わなくて……」
「へぇ、それは大変だね」
以前、真知子と同じ広告代理店に勤めていた大輔は、昔を懐かしむように顎に手を当てた。控えめで物静かだった大輔は、お世辞にも仕事が出来る方だとは言えなかった。
ああ、この人は広告営業なんかより、カフェのオーナーが向いてるのかも。
真知子は、長い指の先に光るよく磨かれた爪に見惚れる。
「先輩、おすすめって何ですか?」
「そうだね、冬だから苺のケーキタルトがおすすめかな」
「じゃあ、それください。あと紅茶も」
「かしこまりました。少々、お待ちを」
あの先輩がねぇ……。
真知子はふうっとテーブルに肘をつくと、窓から漏れる陽光を眺めた。
ピッチャーからはダージリンの芳醇な香りが漂った。フォークをふわりと跳ね返すスポンジは、白いクリームの間で黄金色に輝いている。
舌にのせると、ふっと甘い芳香が鼻を抜けた。上品なクリームは口の中で、爽やかな苺の酸味に溶け込んでいく。
先輩って実は凄かったんだ。真知子は何だか嬉しくなって、皆んなに見て欲しいと思った。
「先輩、クライアントの子、連れてきても良いですか?」
「いいよいいよ。どんどん連れてきなよ!」
「……男なんですけど?」
「へぇ、真知子ちゃんやるねぇ」
大輔は意味深に微笑んだ。
「そ、そんなんじゃないですって!」
真知子は半分にカットされた苺をもしゃもしゃと噛んだ。
甘酸っぱい。
甘酸っぱいタルト 忍野木しか @yura526
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