1匹オオカミシトラ、大いに泣く

アほリ

1匹オオカミシトラ、大いに泣く

 雄のシンリンオオカミのシトラは、1匹オオカミ。


 群れのリーダー争いに、強すぎるライバルのオオカミにコテンパンに負けて、独りぼっち。


 1匹オオカミは、弱いオオカミの象徴。

 誰も慕うオオカミが居なけりゃ、集ってくるオオカミも居ない。


 だから、群れの皆で分担共闘して獲物を捕る事も無いので、餌にもありつけない。


 「寂しい・・・寂しい・・・」


 1匹オオカミのシトラは、とぼとぼと鬱蒼と繁る針葉樹の森を歩いていた。



 ぐるるる・・・きゅるるる・・・



 「お腹空いたな・・・1匹になって、ろくに食ってないし。」


 

 ざっざっざっざっざっざっざっ!!



 「こ、これは!!シカの群れ!!」



 1匹オオカミのシトラは、目を輝かせた。


 「俺は倒せる!!1匹でもシカ位倒せるぞぉーーー!!それーーーー!!」


 1匹オオカミのシトラは、かつて子オオカミだった頃に母オオカミに聞かされた事を思い出した。


 「そうだ。「獲物の群れはね、弱い方を狙うと捕りやすいの。」だよね、母ちゃん!!」


 シトラは、群れから遅れた牝シカに狙いを定めた。


 「いっけぇーーーー!!」


 シトラは牙を剥いて襲いかかった。



 どすーーーーーーん!!



 「?!!!」



 いきなり、角の立派な雄シカが現れて1匹オオカミのシトラを突き飛ばした。


 「うわぁーーーーーー!!なんでぇーーー!!」


 雄シカに突き飛ばされた1匹オオカミのシトラは空高く吹っ飛び、向こうの針葉樹の森の中へ墜落した。


 「もう散々だぁ・・・1匹じゃ、何も出来ないよ。」


 針葉樹の木に引っ掛かったシトラは、何とか地面に降り立った。


 「みじめだ・・・みじめだ・・・」


 1匹オオカミのシトラは、とぼとぼと崖の側を項垂れて歩いた。


 「あー。月明かりが綺麗だなーー。満月かな・・・満月?」


 1匹オオカミのシトラは、ふと立ち止まった。


 「あれ・・・?満月ってこんなに近かかたっけ?」


 1匹オオカミのシトラは、目の前の満月?に目を見開いた。



 ぽーーーーん・・・



 「これ、満月・・・じゃない。

 満月って、こんなに軽かたっけ?

 満月って、こんなにフワフワしてたっけ?

 満月って、ゴムの匂いしてたっけ?」 


 1匹オオカミは、ふーっ!と鼻息で満月を吹いてみた。



 ふうわり・・・



 「これ、満月じゃないな・・・黄色い・・・満月・・・じゃなくて、風船だ!!」


 黄色い風船は、ふわふわと1匹オオカミの廻りを浮かんでいた。


 「おい、満月よお。じゃなかった!!風船よお。君はひとりか?」


 黄色い風船は、崖からの夜風に煽られてこくりと頷いたように見えた。


 「そっか。ひとりぼっちか。俺と同じだ。

 じゃあ、一緒に歩こうか。」


 1匹オオカミのシトラは、崖を抜けて岩肌の上を歩いた。


 

 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、



 すると、黄色い風船もオオカミのシトラに付いていく。


 シトラの後ろの鬣に付いて。


 「おお、風船よ。律儀だなあ。俺に迷わず付いていくなんて。

 これで、俺と君!風船とお友達だな。

 よろしくな、風船よお。俺はオオカミの『シトラ』だ。

 あ、疲れて寝てるんだな。

 俺の背中で、おやすみな。」


 オオカミのシトラはもう『ひとり』じゃなかった。


 黄色い風船という『友達』が出来たからだ。


 森の中も、


 荒れ果てた荒野も、


 草原の真っ只中も、


 川のほとりも、


 ずーーーっと、『ふたり』。


 オオカミと風船。


 1匹とひとつは仲良し。


 しかし、オオカミのシトラの空腹だけは一向に治まらなかった。


 「なあ、風船よお。君って食えるのか?」


 

 ぽろっ。



 その時だった。


 後ろの鬣から、黄色い風船が地面に落ちた。


 「えっ!?俺・・・悪いこと言ったなあ?

 ごめん!!拗ねないでよ風船!!

 冗談だってば!!」


 黄色い風船は、夜に見たより若干小さくなっている気がした。


 「どうしたの風船?」


 オオカミのシトラは、縮んだ風船に鼻で突っついたり肉球で揺らしたりして何度も確かめた。


 「どうしよう!!風船が!!風船が!!」


 オオカミのシトラはすっかり取り乱して、おろおろした。



 「息を吹き込めばいいのよ!」



 何処かで声が聞こえた。


 「だ、誰?誰だよ????」


 オオカミのシトラは、声のした方へ行って匂いを嗅ごうも、気配も匂いも残っていた無かった。


 「息を吹き込む?どうやって?解った!!」


 


 「風船の吹き口をほどいて!!」



 

 「また、声がした?!」


 オオカミのシトラは、立ち上がって声がした場所に耳を側立てても、何も気配はしなかった。


 「うん。声の通り、この風船の吹き口をほどいて、これか。」


 オオカミのシトラは、くるくるした紐を外して風船の吹き口を爪でほどいて、息を吹き込んでみた。



 ぷぅ~~~~~~~~~~!!



 「あっ!!風船が元通りになった!!」


 オオカミのシトラは風船の吹き口を爪で結び、くるくるした紐を付けて今度はそのくるくるした紐を自らの尻尾に結んだ。


 「これで、ずっと俺は風船と一緒だ。

 これからもよろくしな、風船。」


 1匹オオカミのシトラは、黄色い風船が結ばれた尻尾を振って、スキップしながら駆けていった。


 「風船・・・風船・・・俺の友達・・・」


 尻尾を振れば、『友達』の風船が揺れる。


 風船が一緒に居れば、寂しくない

 1匹オオカミのシトラは今、とても幸せだった。

 そこに風船があるからだ。

 『友達』の風船が居るからだ。



 「ねぇーー!!その風船ちょうだい!!」



 後ろで野太い声がして振り向くと、シトラの血の気が引いた。



 「ちょーーーだーい!!風船ちょうだーーーい!!くれないと、オオカミ君。君きに息を吹き込んでパンクさせちゃうぞーー!!」


 それは、筋肉隆々の図体の巨大なグリズリーだった。


 獰猛なグリズリーのガスは、立ち上がって鋭い爪を振り上げて仁王立ちしていた。


 「あーーーっ!!シカトするなよーー!!おいら怒ったぞー!!」


 

 ガシッ!!


 ドガッ!!



 ぎぃぃぃーーーーー!!どしゃーーーーん!!



 「ひぃぃぃーーー!!一撃で針葉樹を倒したーー!!」


 1匹オオカミのシトラは、血相を変えて怒髪天のグリズリーのガスから逃げた。


 「まてぇーーー!!風船くれーーー!!オオカミぃぃーーー!!」


 グリズリーのガスの目には、オオカミのシトラの尻尾のふわふわしている黄色い風船しか見えなかった。


 「うわーーー!!命だけはおたすけをー!!」


 巨体をうねらせて何処までもノッシノシと追いかけてくるグリズリーから逃れようと、オオカミのシトラは懸命に走っても、グリズリーは何処までも追いかけてきた。



 ずるっ!!どてっ!!



 「あうちっ!!」


 オオカミのシトラは、石に躓いて転倒した。


 「がおーーーー!!もう逃げられないぞーーー!!風船よこせぇーーー!!


 オオカミのシトラの頭上に振り下ろされる、グリズリーのガスの鋭い爪・・・


 「もうだめだーーー!!」


 その時だった。


 黄色い風船の紐が、オオカミのシトラの尻尾からするりと抜けた。



 ふうわり・・・



 「あっ!!風船だーーー!!取ってやる!!」



 ぱぁーーーーーーーん!!



 黄色い風船は、ヒグマのガスの振り落とした爪にぶつかって四散した。


「やべぇ!!風船割っちゃった!!割っちゃった!!ごめんなさーーい!!」


 風船を割ってしまったグリズリーのガスは、慌ててノッシノシと去って行ってしまった。


 1匹オオカミのシトラは、割れた黄色い風船を呆然と見詰めていた。


 「僕の友達が・・・」


 シトラの目から、止めどなく涙がこぼれてきた。


 シトラの涙は、割れた黄色い風船に一粒一粒堕ちて濡らしていった。


 シトラは泣きながら、割れた黄色い風船をくわえて始めて風船に逢った崖へやって来た。


 崖の向こうには、燦々と暗闇に照っている三日月が浮かんでいた。


 「ごめん・・・風船よ・・・守りきれなくて・・・また俺は独りぼっちだ・・・!!」


 シトラは、止まらない涙でぐちゃぐちゃになった目で三日月を見詰めると、深く息を吸い込んだ。



 うぉーーーーーーーーーん!!


 うぉーーーーーーーーーん!!



 1匹オオカミのシトラは、大声で遠吠えをした。


 大いに泣いて、崖の上から遠吠えをした。


 

 うぉーーーーーーーーーん!!


 うぉーーーーーーーーーん!!


 うぉーーーーーーーーーん!!


 うぉーーーーーーーーーん!!



 すると向こうの方から、遠吠えが返ってきた。


 1匹オオカミのシトラは、もう一度遠吠えをした。



 うぉーーーーーーーーーん!!


 うぉーーーーーーーーーん!!


 うぉーーーーーーーーーん!!


 うぉーーーーーーーーーん!!



 「えっ?!」


 今度は、近くから遠吠えが聞こえた。



 うぉーーーーーーーーーん!!


 うぉーーーーーーーーーん!!



 「あら!?」



 うぉーーーーーーーーーん!!


 うぉーーーーーーーーーん!!



 「あっ!!」「まあ?!」


 1匹オオカミのシトラは、目の前に同じシンリンオオカミの雌と見詰めあった。


 「ねぇ?風船割れちゃったね。せっかく膨らませたのに。」


 「まさか・・・今さっき俺にこの風船を膨らますように教えた声は・・・?」


 「私の名前は『レッドウッド』。君は?」


 「俺は『シトラ』。群れを追われた1匹オオカミです・・・」


 「お互い1匹オオカミ同士ね。私は前居た群れの雄どもが嫌で出ていったんだけどね。

 あんたは、風船への優しい眼差しを見てたら、あの雄より優しそうね。」


 雌オオカミのレッドウッドは、突然雄オオカミのシトラを抱き締めた。


 「あなたはもう独りぼっちじゃないわ!!私が居るもん!!

 ねぇ!一緒になろうよ!!

 で、今度は子オオカミという跡継ぎという『風船』を一緒に膨らますの!!」


 シトラには、それがレッドウッドからのプロポーズだと思うと目から嬉し涙がこぼれた。


 「うん!俺はもう独りぼっちじゃないよ!君が居るもん!!俺は今度は君との『愛』を膨らますよ!!」


 崖の向こうには、燃えるような太陽が美しい朝焼けを彩り2匹のオオカミ達のシルエットを包んでいった。



 ~1匹オオカミシトラ、大いに泣く~


 ~fin~


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1匹オオカミシトラ、大いに泣く アほリ @ahori1970

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ