尊い景色は船から見ゆる

水涸 木犀

episode8 尊い景色は船から見ゆる[theme8:尊い]

「いよいよ、24時間後には新星が視認できる距離に到達する」

 船長席に腰掛けた俺は、船内マイクを握り締めていた。


 正直なところ、全員の士気高揚を図るために威風堂々としゃべるのは苦手だ。しかし、この話だけはいま、このタイミングで俺自身がしなければならないとわかっていた。

「新星を視認する前に、いまいちど我々の任務を確認する」

 手元のパネルを操作し、簡潔な図表を拡大表示させる。いま通信端末を目にしているクルーならば、俺の手元にある図表と同じものを確認できているはずだ。

「NOAH号の任務は大きく分けて3つある。

 1つ目は、先行するOLIVE号の状況確認。2つ目は、新星の環境調査。3つ目は、衛星通信体制の確立と地球への帰還だ」

 軽く画面をなぞると、小ぶりな宇宙船の船体情報が拡大される。

「これまで本船からOLIVE号に向けて何度か通信を試みたが、いずれも返答は無かった。しかし、地球圏で受信したメッセージから、OLIVE号の機能は多少なりとも生きているとおもわれる。本当に人が住める星ならば、乗組員が生存している可能性もある」

 思いがけず言葉に力がこもり、小さく首を振った。OLIVE号の船長クレインを知っている俺からすれば、彼が生存していることは確定事項だ。しかし、客観的情報からそれを示すことはできない。クルーが論理的に納得できない話を、今するべきではない。

「OLIVE号の機能および船員が生きていれば、環境調査もある程度済ませているだろう。先ずはかの船の近くに着陸し、情報を収集する。仮に先行調査記録がのこっていたとしても、数年がかりの作業となる」

 実際のところ、人が住めるだけの成分を含んだ星というだけで、そこに何があるのかはまったくわからない。地球でさえ未だに新種が見つかっている。人が住むための情報を得る為だけでも、相当な時間を要することは想像にかたくない。

「人が定住できるめどが立てば、あとは地球への報告回線の確立だ。通信装置の素材はほぼ現地調達になる。宇宙移行士の腕を存分に振るってもらう。各位、腕がなまらないように励んで欲しい」

 視界の端に栗毛の女性オペレーターが映った。この話をするための構想を相談に行ったとき、「オウルさんは心配性ですね」と笑われたことを思い出す。「数十年後の作業に、全員そろっているとは限りませんよ」といわれた。しかし俺はすぐに反論した。精神的にも能力的にも、誰一人欠けてもらっては困る、と。

「行く先がどのような状況であっても、新星が視界に入った瞬間から忙しくなる。各自、勤務スケジュールに沿って身体を休めるように。NOAH号全員で、その瞬間を迎えよう」

「「「はい、オウル船長」」」

 一方的な通信だったはずだが、大勢の声が返ってきて面食らう。

「驚きましたか?」

「ミノリの仕業か」

 通信を切り、軽くにらむと栗毛の彼女はいたずらっぽく笑った。

「ご相談を受けたときから、このタイミングで船内放送をかけるのはわかっていましたから。任務中のクルー以外は全員、返答していたはずですよ」

「そこまで手を回していたのか……」

 船長という呼び名やそれについて回る文化は軍隊のようであまり好まない。しかし、先ほどの話を全員が聞いていてくれたことがはっきりとわかり、うれしかったのも事実だ。

「ありがとう、ミノリ」

「何だかオウルさん、素直になりましたね」

「……お前はいつも一言多い」

 すみません、と軽く笑って彼女は管制室から出て行く。

「また明日。ここで新星を見ましょう」

「ああ、また明日」


 ☆ ★ ☆


 結局、俺は一睡も出来なかった。

 もう若くはないので、徹夜での指揮は身体にこたえると理解している。しかし、未だかつて無い気持ちの高ぶりは俺を落ち着かせてくれなかった。


 管制室につくと、皆そろっていた。

「オウルさん、もう間もなく視認可能距離に到達します」

「ああ」

「前方画面に映します」

 緊張したオペレーターの声と共に、管制室の前面がスクリーンに切り替わる。今は未だ、茫洋とした暗闇が広がるだけだ。


「視認可能距離到達まで、5、4、3、2、1、切り替えます!」


 次の瞬間、俺たちの正面に青い点が映し出された。

「新星発見!拡大します」


 青い点は、マーカーなどではなく星そのものの色だった。

「新星も、青かった、のか」


 はるか昔の宇宙飛行士は、初めて宇宙から地球を見たとき「地球は青かった」と言ったらしい。しかし、今目の前に映る星は、地球よりも青かった。

 地球にはある緑色の陸地が見当たらない。文字通り、見える範囲ほぼすべてが水に覆われた星だ。


「水の星、ですね」

「ああ」

「っ、右端に船体らしき影を発見!」

 オペレーターの声に従い、星の右端を中止する。確かに、一面真っ青な球体の端に不自然な影が見える。

 確認している間にも、NOAH号は減速しながら星に近づいている。画像を確認したオペレーターが叫んだ。

「船体情報、識別番号一致!OLIVE号です!」

 船内からどよめきが起きた。到着して十数年たつはずだが、この距離で視認できるレベルで船体が残っているとは誰も思っていなかった。管制室のクルーたちも両手を上げて手を叩く。

「やりましたね、オウルさん」

「ああ、船さえ残っていれば」

 彼が生きている可能性は、より高くなる。

 最後まで言葉にするのはやめて、俺は船長席から立ち上がった。管制室の後方に位置するこの席からは、喜び合うクルーたち、その背後のスクリーンに映る青い星全てが見える。


 −こんなに尊い景色を見ることは、後にも先にも無いだろう−


 たとえ今後、新星で大きな発見をしたとしても、共に旅をした仲間たち全員と今この瞬間を共にしたこと。俺は、一生忘れない。

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