わからないなりに「尊い」を推察する話

カユウ

第1話

「尊いよね~」


「うんうん」


喫茶店で席に座るなり、耳に飛び込んできた会話だ。少し離れた席に座る二人組の女性。席に向かって歩いているとき、たまたま見えたテーブルの上には男性のイラストが描かれた本が数冊置かれていた。


「尊いって、なんだ?」


ズズッとホットコーヒーをすすり飲んでから、思っていたことが口をついて出る。

先ほど、Twitter のタイムラインに流れてきたツイートの中に、『尊すぎる!』というようなリプライがついていたものがあった。その時はあまり気にならなかったのだが、会話を聞いて、改めて思う。尊いってなんだろう、と。


「そもそも、尊いを使う日常の場面ってあったかな。尊いって価値があるとか、敬うとかって意味だったはず。でも、貴重なお話をありがとうございました、とは言うけど、尊いお話をありがとうございました、は言わないし」


ちびちびとホットコーヒーを飲みながら、ぼそぼそと独り言をつぶやく。自覚していて直したいと思っているのだが、考え事をしていると口から言葉になって出てしまう癖が、僕にはある。なかなか直すことができないので、苦肉の策として小さい声でぼそぼそとつぶやくようにしているのだ。


「小説で、尊いお方っていう表現があった気がする。だけど、身分が高い人とか、敬う人とか、そういう扱いの人を指す表現だと思う」


頭の中で、平安時代あたりが舞台になっている小説がいくつか浮かぶ。その中で、その場にいない天皇や貴族を指し示す呼び方として、尊いお方という表現が使われていた記憶がある。


「そうすると、尊いが向く先は、自分では手が届かない遠いところにいる人のはずなんだ。だから、現代の会話やツイートに使われているような親密さはないだろう」


なんとなく、今考えている方向に、彼女たちが発した『尊い』はない気がする。そう思った僕は、コーヒーカップをテーブルに置き、ぐっと伸びをする。そのあと、首を左右に何度か回し、気持ちを切り替える。

スマホを取り出し、Twitterを開く。そして、検索欄に『尊い』と入力。出てきた結果をながめていくこと、5分ほど。


「手が届かないっていう部分は合ってるのかな。あこがれとか、こういうのを求めていたとかっていう感覚の延長線上にあって、でも自分ではそれを得られないのがわかっていること」


スマホの画面に表示された『尊い』たちを見ていった結果、僕が受け取った感覚。


「うらやましいとか、ねたましいとかじゃないんだ。一歩踏み間違えると嫉妬につながる感情ではなく。自分ではどうがんばっても得られないキラキラしたものに向ける感情をひっくるめた言葉が『尊い』」


そして、検索結果に表示されて初めて知った事実。


「『尊い』を『とうとい』って読む言葉は、2018年に初めて辞書に掲載された新語、だと?え、もともとは『たっとい』って読むの?今まで『とうとい』って読んでたわ」


知らないことを知ることができた。そのきっかけとなった彼女たちには感謝しかない。そう思って、先ほど二人組の女性が座っていた席を見ると、誰もいなかった。僕が考え事をしている間に、席を立ってしまったらしい。


「ひとまず、仕事するかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わからないなりに「尊い」を推察する話 カユウ @kayuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ