エピローグ

 ガルランド王国とガングレイヴ帝国の講和は、ルシウスが新国王となってから即座に結ばれた。

 元よりガングレイヴ側としても、あまり戦いたくなかった敵である。そもそもが拡大しすぎた版図に対しての内政が追いついておらず、東西南北全てに仮想敵国のいるガングレイヴ帝国にしてみれば、同盟国は欲しかったものであるのだ。国力がどれほど高くとも、さすがに隣国全てと戦争を行うというわけにはいかない。

 ゆえに、ガングレイヴとガルランドの講和が結ばれた直後、レイラには出撃命令が下った。


 それは――最早滅亡を前にしたかつての大国、トール王国への引導を渡すために。


「ひゃははははは!!!」


 そんな戦場を、『殺戮幼女』は今日も殺戮しながら暴風の如く駆ける。

 敵の兵数は一万足らずといったところだろう。既に王都を残して陥落したトール王国は、最後の守備線を王都へ続く平原に構えた。そして、最早出し惜しみをしていられる状況というわけでもなく、その時点で動かせる兵士全てをここにつぎ込んだのだろう。

 されど。

 それに対峙するのは、ただの一人――『殺戮幼女』レイラ・カーリー。


「うぎゃああああ!!」


「死ぬ! 死にたく……ぐはっ!」


「に、逃げ……!」


「も、もう、嫌だぁ!!」


 そして、そこにいるのは兵士という名の肉塊だけだ。既に滅亡間近の国に対して心からの忠誠を誓っている者などおらず、かといって死を覚悟しているほどの気概もない。

 ただ、命令されたからそこにいるだけの肉の壁。

 そのようなもので、レイラの暴虐を止められるはずがない。


 大剣二つを振り回して暴れるレイラは、敵軍からすれば死神の具現にすら映っているかもしれない。

 それほどまでに超大で、強大で、最強で、無敵で、絶望的で、天下無双すぎた。

 レイラの走る先が、チーズを割いているかのように裂けてゆく。そして、その道筋には首のない、胴のない、手足のない屍が並ぶだけだ。

 たかが一万。

 その程度の兵で――『殺戮幼女』は止められない。


「うらぁぁぁぁぁ!!!」


「ぎゃあっ!」


「ごふっ!」


「ぐあああっ!」


 レイラが腕を一振りするだけで、二桁の魂が天に誘われる。

 怒涛の如く訪れる死の災厄は、最早この戦場にいる誰もの頭上に存在するのだ。

 レイラの前に立った以上、それは覆ることのない決定。


 絶対的な死が――そこにある。


 演舞を踊るかのように、流麗にレイラは駆ける。観衆の支払う対価は己の命だ。

 ある者は見惚れ、ある者は畏怖し、ある者は絶望する――そんな、絶対的な死の具現。


「ひゃははははは!!!」


 そんな殺戮を繰り返しながら。

 レイラはただ、そう哄笑した。












「トール王国、陥落っすね」


「おう、ご苦労!」


 平原にいた敵軍一万を殲滅せしめてから、レイラはもう仕事を終えたと一人で先に砦へと戻ってきた。

 レイラの仕事は戦場で暴れるだけであり、敵国の王都を占領するとか民への慰撫をするとか、そういう役割はない。そんな面倒極まりないことは全部テレジアに任せているからこそ、現在の銀狼騎士団は成り立っているのである。

 ゆえに、少しばかり疲れた顔をしたテレジアを迎えたのは。

 既に頬を赤くして、できあがっているレイラの姿だった。


 はぁ、と小さくテレジアが溜息を吐く。


「何先に一人で勝手に飲んでんすか」


「別にいいだろ。あたしの仕事は終わりだ」


「まぁ、そうっすけど」


「いいから、お前も飲めテレジア。今日は記念日だからな!」


「そっすね。たまには付き合うっす」


 うひひ、と嬉しそうにレイラが頬を染めながら、テレジアの分をグラスに注ぐ。

 そして面倒な仕事を終えてきたテレジアも、また珍しいことに乗り気でレイラの前に座った。

 記念日――そう、テレジアは、決して約束を忘れていないのだから。


「これで、認めてくれるんだろ?」


「……ええ、アタシが言い出したことっすから」


「まぁ、あたしだってそりゃ心配だよ。でもなぁ……」


「大丈夫っすよ、除隊してくれて」


 レイラの引退――それは、トール王国が滅亡するまで、という条件付きだったのだ。

 ガルランドとは講和を交わし、トール王国は滅亡し、現在のところ積極的に戦端が開いている国はない。束の間の平和かもしれないが、小康状態が訪れてくれたのだ。

 そうなれば、もうレイラの出番はどこにもない。つまり、かねてから言っていた引退を行うことができるのだ。

 既に皇帝の言質も取っているし。


「あー……あたし、アントンと結婚するんだなぁ……」


「そうっすね」


「子供はさ、四人くらい欲しいよな。あ、でもヤローは一人でいいや。家継ぐ奴が一人いればいいし。多いとむさいし」


「レイラさんその体型で産めるんすか?」


「殴るぞ。んでな、子供は全員あたしくらい強くするんだぁ」


「何人戦闘兵器を作るつもりっすか」


 うひひひ、と未来を想像しながら、レイラの緩みきった頬は止まらない。

 ただ、これから訪れてくれるはずの幸せな未来を、夢想し続ける。


「あたしレイラ・レイルノートになるんだよなぁ……レイラでレイルノートだから語呂良くね? いいよな、うん」


「……そうっすね」


「アントンいつ来んのかなぁ……あー……」


「そろそろ来るっすよ、多分」


 既に、そんなレイラは半分目を閉じている状態だ。

 それも当然である。トール王国の兵士を全滅させて先に戻って、それからずっと飲みっぱなしなのだ。特にテレジアという話し相手ができてから、そのペースは格段に上がっている。

 今にも寝そうなレイラは、酒瓶を片手にそのままソファへと寝転がった。


「結婚したらなぁ……いってらっしゃいとおかえりのちゅーするんだぁ……」


「……」


「あとはぁ、あたしの手料理とかぁ……アントンに食べてもらうんだぁ……ちゃんと練習するんだぁ……」


「……」


「うひひひひひ……」


「……」


「すぴー……」


 幸せそうにそう呟きながら、レイラの笑い声が、次第に寝息に変わってゆく。

 そして――折悪く、その瞬間に扉が叩かれた。


「レイラさん! お待たせ……あれ?」


「今寝たとこっすよ、アントンさん」


 そんな部屋へと入ってきたのは、レイラの想い人にして婚約者、アントン。

 恐らく急いでやってきたのだろう、その体は砂埃まみれである。だが、何故か寝こけているレイラとその前にいるテレジアに、混乱を隠せないようだった。

 しかし、アントンはそんな眠るレイラの髪をひと撫でして。


「……テレジアさん、申し訳ありませんが」


「どーぞどーぞ、連れて帰ってくれて大丈夫っす」


「では……」


 テレジアの言葉と共に、アントンは眠るレイラをそのまま背中に乗せる。

 寝顔を見ながら帰るというのも良いし、途中で起きたらそのときは積もる話をすればいい。

 よいしょ、とその暴虐に見合わぬほどの軽い体を、アントンは背負って。


「んあぁ……アントンん……」


「はい?」


「愛してるぞぉ……」


「ええ。僕もですよ……レイラ」


 かくして。


 最強無敵、天下無双の恋する乙女――レイラ・カーリー。

 彼女の恋物語は、幕を閉じる。

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最強無敵、天下無双の恋する乙女 筧千里 @cho-shinsi

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