第21話 ガルランド王国終了のお知らせ
レイラにより、宮廷は血に染まった。
ルシウス新国王に対して忠誠を誓っていた兵士たちだったが、されどアントンを狙ったことには変わらないし元より二百人は殺すという約束があったために、容赦なくその首を斬った。ちゃんと、そのために動きにくいメイド服からいつもの軽装に着替えて、普段から手に馴染んでいる大剣で処刑をしたほどである。
既に血に染まったわけだから関係ない、とばかりにレイラはルシウスとアントンを玉座の間から追い出し、全ての扉を施錠してから殺戮した。兵士たちにしてみれば、何が起こったのか分からなかっただろう。されど、戦場に吹き荒れる暴風は、玉座の間に残された全ての兵士の命を断った。
そして、残るはルシウスの意向に歯向いそうな過激派の家臣である。
面倒なので全員ブチ殺したんでいいか、とレイラが聞くとさすがに止められた。仕方なく、亡き国王の命令として過激派の家臣を集めて、まとめて処刑した。数えていないけれど、これで大体二百人くらいは殺しただろう。
あと二百人という要求は、ルシウスがとにかく限界まで頭を下げて、その頭を叩かれて床に沈んだことで仕方ないと割り切って許してやった。さすがに罪もない国民を二百人提供するほど、ルシウスは非道な男ではなかったらしい。
まぁ一部納得しかねる部分はあったけれど、そのあたりでようやくレイラの溜飲も下がった。
「ありがとうございました、カーリー将軍」
「んあ? もう終わりかい?」
「はい。あとは、穏健派に所属している者だけです。無理やりな簒奪をしましたが、元から残る家臣は父上の意向に反対していました。僕がこれから治めると宣言すれば、協力してくれるでしょう」
「別に、それまで手伝ってもいいけどよ」
「そういうわけにはいきません。これは、我が国の問題ですから」
レイラの申し出を、そう拒むルシウス。
まぁ、確かにその通りだ。国王と第二王子、そして衛兵と過激派の家臣全員を殺したレイラは、明らかに干渉しすぎなのだ。
レイラにしてみても溜飲は下がっているので、もうそろそろ面倒臭いと思い始めた頃合である。
「まぁ、でも手伝ってやってもいいよ。乗りかかった船だ」
「いえ、ですが……」
「でもアンタ、味方いないだろ? あたしがいなくなって、お前を誰が守ってくれるんだよ」
現状、穏健派の家臣とやらの調略が終わっているわけでもない。
城を守る兵士も全滅した。どう考えても、ルシウスの現状は薄氷の上である。
だが、そんなレイラの言葉にルシウスはふふっ、と笑った。
「大丈夫ですよ。ちゃんと、味方はいますから」
「は?」
「ゴトフリート!」
ルシウスの言葉と共に、その背後からぬっ、と巨漢が姿を現す。
ただでさえ小さなレイラの、倍はありそうな巨躯だ。鍛えているのだろう腕は丸太のように太く、短く揃えた黒髪の下にある顔立ちは厳つい。特に左目の横に並んだ切り傷は、その強面をさらに強調させるものだった。
にやり――そう、レイラの唇が僅かに上がる。
ガルランドに潜入して今まで、数多の敵兵を殺してきたが、その中でも一番強そうだ。
残念ながら、ゴトフリートという名前に全く聞き覚えがないけれど。
「……」
「……」
無言で、睨み合うレイラとゴトフリート。
そこに篭っている感情は、よく分からない。だが、少しは楽しめそうだ。少なくとも、ここにいた脆弱な連中よりは。
恐らく、年の頃は三十後半――。
「僕の幼馴染の、ゴトフリート・レオンハルトです」
「……は?」
「あ、やっぱり思いますよね? 僕と同い年で、十四歳なんですよ」
「どんだけ老け顔なんだ!?」
あまりの驚きに、そう声を上げてしまう。
威圧感だけならば、レイラの他の八大将軍にも及ぶものだ。加えて、傷のある厳つい顔などどう考えても歴戦のそれである。
これで十四歳――あまりのありえなさに、レイラは目を見開くことしかできない。
「お初に、お目にかかる。レイラ・カーリー将軍」
「あ、ああ……」
「我が名は、ゴトフリート・レオンハルト。縁あって、ルシウス陛下にお仕えしている」
「いや、十四歳の語り口じゃねぇだろ……」
もう突っ込みどころしかない。
だが、そんなゴトフリートはゆっくりと膝をつき、そのままレイラへと頭を下げた。
常人ではありえないほどの巨漢が、前で膝をつくというのも随分と不思議な光景である。
「一手、手合わせを願いたい」
「……あたしと、やりたいってのか?」
「我が身が、どれほど届くか……それを、知りたい」
「僕の知る限り、ガルランド王国における最強の男です。年に一度開かれる王前試合において昨年、圧倒的な力で優勝しました。こう見えて趣味は家庭菜園です」
「いや、その情報いらねぇ……」
「カーリー将軍が去られた後でも、ゴトフリートが僕を守ってくれます。ですから……一度、彼に教授をお願いします」
「ふーん……」
レイラはゴトフリートを睨みつける。
並の人間ならば、その覇気だけで気を失うほどのそれ。戦場で万の敵を相手にしても味わうことのできない重圧だ。
だが、ゴトフリートはまるで鋼の心でも持っているかのように、全く動じない。
「いいよ。合格だ」
「ありがたき幸せ」
「ルシウスをこれから守るってんなら、怪我をさせちゃいけないね。素手で相手をしてやる」
「尋常に」
大剣を下ろし、レイラは構える。
ゴトフリートは全く油断することなく、その腰に差していた長剣を構えた。片方が武器を持たないとあれば、もう片方もそれに倣うのが一般的な礼儀とされるのに、だ。
ちゃんと知っているのだ。
レイラに対して、武器を捨てるような愚かな真似はできないと。
その全力を、示さねばならないと。
「はぁぁぁっ!」
ゴトフリートはその膂力で長剣を持ち上げ、そのまま振り下ろす。
人間など確実に真っ二つにするだけの威力を持たせ、そして恵まれた体躯による速度を伴った疾風のような一撃。
されど。
レイラは――そんな長剣の横っ面を、思い切り裏拳で弾いた。
体重を乗せ、速度を乗せ、決して止めぬと膂力を乗せたその一撃だというのに、あっさりとそれはレイラに弾かれる。
「……」
「……」
ゴトフリートの剣が宮廷の床を抉り、そのまま止まる。
にかっ、とレイラは楽しそうに笑みを浮かべた。
「いいね、いい剣術だ」
「……我が、流派を?」
「知らんよ。でも、一撃に全力を乗せるやり方、嫌いじゃないよ。一撃が外れたら、もう後がない。そのときは冥土の先駆けってさっぱりした考え方は、いい」
「……ありがたや」
ゴトフリートはそれだけ述べて、剣を再び腰に差した。
ただ一撃を振るい、それを弾かれる――たったそれだけの手合わせ。だというのに、互いにそれを理解することができた。
これ以上、言葉は必要ない。
レイラは、これ以上ないほどにゴトフリートという男を認めたのだから。
「ゴトフリート、ルシウスを任せたよ」
「……承知」
「さーて。んじゃ、あたしらは帰ろうか、アントン」
もう、これでレイラのやるべきことは何もない。
そして、あとは慣れた国へ帰還するだけだ。
血に染まったレイラを、しかし愛しいと感じてくれる伴侶と共に。
「はい、レイラさん。帰りましょう」
「うん。折角だし観光して帰ろう」
「ええ。途中に温泉宿がありますから、寄って帰りましょう」
「いいね!」
あはは、と笑いながら。
レイラは、アントンがそこにいてくれる幸せと共に、血染めの王宮を後にした。
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