第20話 簒奪劇

「弓兵ども! 矢を下ろせ! てめぇらの王を殺すぞ!」


「う、ぐっ……」


 玉座を囲む弓兵たちに、戸惑いが走るのが分かる。

 王の命令で伏兵としてここにいた彼らだ。そんな王本人の危機となれば、従う他にない。だが、かといって矢を下ろせばレイラに対する脅迫はなくなり、そのまま『殺戮幼女』が暴れる未来しか見えない。

 そんな状況で弓兵は、矢こそ放たないまでも弦に番えさせたままで、ひとまず動かなかった。


「おい、クソ国王」


「な、なんだ……!」


「てめぇが命じろ。でなきゃ、この首折る」


「弓兵! 矢を下ろせ!」


 少しだけ力を込めると、それだけでラキオスは叫んだ。

 所詮は、自分が優位である状態でしか威を示すことのできない男だ。レイラが出会ってきた王族というのは大抵そのようなものであり、自分の死を示唆されればそれだけで生き延びることに全力となる。

 だが、効果はあった。

 ゆっくりと一人ずつ、弓兵たちが矢を下ろす。自分の仕える王に命じられては当然であるが。

 まだ油断はできない。


「弓兵に、弓を捨てさせろ。上から下に落とせ」


「ぐっ……」


「できないか。だったら……」


「弓兵! 弓を捨てろ! そのまま下に落とせ!」


 素直にそう従って、ラキオスが叫ぶ。

 きっと彼の中では、どうにかして自分が生き延びるための方法を考えることでいっぱいなのだろう。絶対にそんな未来は訪れないというのに、少しでもそこに可能性を見出そうとしている。

 からん、からん、と一つずつ、弓が階下に落ちてゆく音が聞こえた。

 そして――弓兵の誰もが、弓を捨てたとそう判断する。こちらに向けられる殺気がなくなったのだ。


「ルシウス!」


「は、はいっ!?」


「てめぇは、やることがあるんだろうが! だったらここで済ませろ!」


「うっ……」


 窮地を脱したのはルシウスのおかげだが、この窮地に陥ったのもまたルシウスのせいだ。

 ルシウスとアントンを安全なところで避難させておけば、この場で暴れるのはレイラだけで良かったのだ。それを無理に、王権簒奪を行うにあたっての宣言を行う、とのことでルシウスを連れてきたのである。

 ゆえに、アントンを救ってくれて、レイラに攻撃に転じる機会を与えてくれたルシウスにも、感謝はしない。


「……分かりました」


「さっさとやれ!」


「ど、どういうこと……?」


 レイラに首元を絞められ、状況を理解していないラキオスが、そうとぼけたことを呟く。

 だが、そんなラキオスのことなど関係ないとばかりに、ルシウスはその場から一歩踏み出した。

 そして、玉座の間によく響く、高い声音で。


「国王ラキオス! 宣戦布告もしていない隣国の要人を人質に取り、隣国の将軍を自国に招聘しようなどと言い出した愚かな王よ! お前は王に相応しくない!」


「な、何を言っているのだ! ルシウス!」


「この国の王権は、今日この日から僕が握る! 僕に賛同する者がいるのならば、武器を捨てて膝をつけ! 立っている者がいるならば、現王につくものとする!」


「ぐっ……!」


 そして、そこで戸惑うのはそこにいる兵士の面々だ。

 国王は人質に取られ動けず、目の前で起こるのは唐突な簒奪劇(クーデター)。そして百人以上がそこにいるとはいえど、そんな王を人質に取っているのは万の兵士でも敵わぬとされる『殺戮幼女』。

 兵士たちがどう考えるかは、当然ながら。

 このままだと――死ぬ。


 からん、からん、と歩兵たちが槍を捨て、一人ずつ膝をついた。

 レイラは、きっちりと全員が膝をついたのを確認して。


「や、やめてくれ!」


「あ?」


 そこで――ラキオスが、唐突にそう叫んだ。

 彼にも分かったのだろう。このままでは、もう自分の命がないということに。そして、ここにいる兵士に味方が誰一人いなくなったということに。

 そうなれば今度は、命乞いの時間だ。


「が、ガルランド王国はガングレイヴ帝国に臣従する! き、貴様……あ、あなたがたにも、二度と手は出さない!」


「で?」


「ば、賠償金は、必要なだけ支払う! どのような責任でも……!」


「ああ、そう」


 ラキオスのそんな言葉は、どれだけ聞いてきたことか。

 だが、残念ながら。

 ラキオスは――レイラを怒らせた。


「余は、余はぁぁぁっ!」


「分かるよ、誰だって死にたくはないからねぇ」


「あああああっ!」


「んじゃ、死ね」


 レイラがその腕に力を込めると共に。

 ごきり、と致命的な音――それと共に、まるで糸の切れた人形であるかのように、ラキオスの手足から力が抜け、その頭から王という地位を示す金の冠が落ちる。

 絶対に殺す――レイラがそう誓った限り、その身に死が訪れるのは当然の帰結である。


「……父上」


 小さく、ルシウスがそう呟く。

 そして、跪く兵士たちの間を抜けて、ゆっくりと玉座へとやってきた。

 そこに佇むのは『殺戮幼女』。そして、国王という地位に最後までしがみつき続けた屍が一つ。

 ルシウスはそこに落ちた金の冠を、拾い上げ。

 自分の頭へと、載せた。


「今日より、この僕が王だ! 異論がある者はこの場で意見をしろ!」


 王として。

 誰にも異は唱えさせない――そう覚悟を持って兵士たちを睥睨し。

 そして、そのような威圧と、隣に佇む『殺戮幼女』を見た兵士たちは。


「ルシウス新国王万歳!」


「ガルランド王国万歳!」


「ルシウス陛下に忠誠を尽くします!」


 次々と――彼を称賛する言葉ばかりを、発した。

 たった一日の簒奪劇クーデター。それは、ほんの一瞬で決着がついた。

 だが、間違いなくこれは、ガルランド王国という愚かな王に支配されていた国が、大きく変遷を遂げた日。


 後の世において、ガルランド王都にレイラの銅像が建てられる。

 それは『殺戮幼女』レイラ・カーリーが、多大な貢献をしたという証だ。ガルランド王国を救った英雄だとさえ伝えられることになる。


「おい、ルシウス」


「は、はいっ!?」


「あと二百人だ」


「え……?」


 されど。

 そのように要求するレイラは。


「アントンの傷は、二つ増えた。あたしは言ったな。傷一つで、百人を殺す」


 決して、英雄などではない。

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