連続尊死事件

あーく

連続尊死事件

 東都町とうとちょうで一般女性が密室で亡くなっていた。被害者の勤務先会社からの通報で、何度も連絡したが返事がなく、様子がおかしいとのことだった。

 間もなく、ジンナイ率いる警察が到着し、捜査が行われた。


「ジンナイ警部。この被害者の女性、右手にスマホを握ったまま笑顔で倒れていました。」

「うむ。それでミナコくん、死因はわかったのか?」

「ええ。右手のスマホと突然の心臓発作、そして笑顔………、今回も『尊死とうとし』だと思われます。」

「ううむ、またか。」

 ここ数年、全国各地で多くの死亡者が続出していた。自宅だったり、会社だったり、道端で突然倒れた者もいる。死因は心臓発作。奇妙なことに、ほとんどの被害者が死ぬ前にスマホを持っていたり、PC画面を前にして倒れたりしていた。スマホやPCの履歴を調べると、どうやらSNSを見た直後が多いという。


「警部、その~『尊死とうとし』って何ですか?」

「ああ、ワタルくん。君は新人だから知らないようだね。『尊死とうとし』というのは、尊いストーリーや実体験や画像を見聞きした人がときめくことだよ。」

「『尊い』のにときめく?『尊敬』のことじゃないんですか?」

「どちらかというと、『尊敬』というよりは『ときめき』の方が近いかもしれん。」

「意味わかんないっすよ!『ときめき』が何で『尊い』に変わるんですか!」

「いや、私に言われても………。例えば、この被害者のスマホ履歴を調べてみると、『先輩の男性のことが好きな女性が、先輩にいたずらを仕掛けまくって、毎回先輩に返り討ちに遭う話』とかだな。これは結局両想いだったっていう結末らしい。」

「………。」

「どうした?」

「いや、ときめくどころか、こういうカップル見たらむしろ殺意が湧いてきますね。」

「君はいま警察に相応しくない発言をしていることを自覚した方がいいな。

失礼だが、君に彼女は――」

「いないですよ?セクハラですか?」

「………そうか。DT(童貞)の君にはまだ早かったな。」

「なんですか?警部って流行りもの詳しいんですか?『尊死とうとし』とかDTとか。」

「私には8歳の娘がいてね。流行りの物は勉強しないといけないと思って。」

「娘さんにDTとか言うんですか?」

「とにかく、このような『尊い』ものがSNS上で拡散されているため、『尊死とうとし』が増えているということだ。」

「警部は平気なんですか?」

「ああ、私は妻一筋だからな。また、脳科学によると男性よりも女性の方が共感力が高いため、被害者も女性の方が多い。DTの君にはわからんだろうがな。」

「ほっといてくださいよ。ミナコさんは大丈夫なんですか?」

「私はあまり感情移入しない方だから大丈夫よ。」

「実は男………?」

「殺すわよ。」

「ミナコくん、君も今は警察の仕事をしていることを自覚した方がいいな。」


 ――その時だった。

「警部!先日死者を出した『尊い』画像をSNSにアップしているという容疑者を捕らえました!」

「何!?すぐに取り調べだ!」

 ジンナイ、ミナコ、ワタルは事情聴取に向かった。容疑者は若い女性だった。ジンナイが話を聞き、ミナコとワタルはその様子を静かに見守っていた。

「――なるほど。『バスケ部でしのぎを削りあう男同士』か。」

「うっ!!」

「ミナコさん!?どうしましたか!?心臓発作ですか!?」

「はぁ…はぁ…。ワタルくん………、私は大丈夫よ………。」

「君はなぜこんなことを?」

「――悪いんですか?」

「何?」

「確かに私はこの絵を描いてアップしました。それは認めます。しかし、それはみんなをときめかせるため。みんなを幸せにするために描いたんです。死なせるために描いたわけではありません。わかりますか?」

「過失とはいえ、死者が出ているんだ!これからはその活動は禁止すべきだ!」

「幸せになれるのに禁止ってどういうことですか?こう言うと不謹慎かもしれないですけど、亡くなった方もこれで死ねるなら本望なんじゃないんですか?」

「――っ!」

「あなたのときめきが少ないから嫉妬しているだけじゃないんですか?」

「………。」

 返す言葉がなかった。確かに、被害者の多くは幸せそうな表情を浮かべて亡くなっている。たとえ命が尽きても、幸せに死ねるのは本人にとっては本望なのかもしれない。しかし、死んでしまっては意味がない。

 ジンナイの心は揺れていた。


 事情聴取が終わり、辺りは既に暗くなっていた。ジンナイが自宅に帰ると、娘が迎えに来てくれた。

「ただいま。」

「おかえりなさい!」

「元気にしてたか?」

「うん!」

「今日もドラマ観よ!今日は最終回だって!」

「………ああ、そうか。」

 ジンナイ警部は現在、娘と二人で暮らしている。妻は数ヶ月前に書き置きを残したまま帰ってこなかった。

 ジンナイは事情聴取が終わっても容疑者の言葉がずっと引っ掛かっていた。『幸せに死ねたら本望』『私にはときめきが少ない』。

 しかし、私は今でも妻を愛しているし、帰ってきてほしいと思っている。

 妻は書き置きで『いつもの日常に冷めました。』と残していた。これは他でもない、夫婦でときめきが不足していたことの証明書だとも受け取れる。

「ほらお父さん、ドラマが始まるよ!」

「ああ。」

 二人が観ていたドラマは、『一度別れたカップルが様々なトラブルに遭いつつも、紆余曲折を経て最終的に結ばれる』というありきたりなものだった。

「………はぁ…はぁ…。」

「お父さん?どうしたの?」

「………いや…なんでもない…。」

 『尊い』の意味をようやく理解した。『尊い』という感情は、自分の足りない物、欲しい物が何なのかを教えてくれる物だったのだ。

 ジンナイはそのことを死の淵をさまよいながら悟った。

「………ありがとう。」


 翌日、ジンナイ宅にて、ジンナイの遺体が発見された。部下であるミナコ、ワタルも当然呼ばれた。

「ううっ……警部………。」

「………残念だったわね。まさか警部がこんなことになるなんて………。死因は――。」

 冷たくなったジンナイは温かい笑顔を浮かべていた。

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連続尊死事件 あーく @arcsin1203

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