第513話 みんなと話そう①
たくさんあった料理が見事にすべて空になる。途中でアイテムバッグに保存していた料理も追加したのに、あっという間の出来事だった。
ブランが『まぁ、それなりに腹にたまったな』と頷いているのを見て、アルは少し呆れてしまう。
いつかブランの限界を知ってみたいが、なんとなく恐ろしい気もする。過去に山ほどの大きさのドラゴンを食い尽くしてしまったブランに、限界なんてあるのかと本気で疑問に思ってしまったから。
「そろそろ詳しい話を聞かせてもらっていいか?」
ヒロフミがそう言ったのは、宴の片付けが終わり、それぞれにお茶が配られた後。
当たり前のようにお茶請けのお菓子を要求するブランに、アルは少し悩んだ末にパウンドケーキを出していた。ブランを静かにさせておくには、食べさせておくのがいいと判断したのだ。
「もちろんです」
答えて、アルはアテナリヤの元へ向かうために門をくぐってからのことを思い出す。
何をどう説明するか、と考えていると、ヒロフミが「できれば時系列で、起きたことを知りたい」と頼まれた。
「それなら――」
アルはヒロフミたちに出来事を語った。
暗い中に浮かぶ、いくつもの球体。それが世界各地を映し出していたこと。
霧の森で出会ったシモリの本体と会話したこと。
シモリの本体から導きを得て、アテナリヤが眠っている場所に案内されたこと。
そこでアテナリヤを目覚めさせたと思ったら、よくわからない――おそらく夢の中と考えられる場所で、試練を受けることになったこと。
「――そこで、リアさんと思われる方に会いました」
「っ……そうか」
ヒロフミとサクラが視線を交わし、アカツキを気遣わしげに見つめる。
アルもアカツキの反応が気になっていた。だが、アカツキは想像していたよりも淡白な表情である。
「あー……正直、記憶にないから、そんなに見つめられても、どう反応したらいいか分かんないよ」
アカツキが苦笑しながらサクラとヒロフミに首を横に振ってみせた。話を聞くことで記憶がよみがえるなんてことは起きなかったようだ。
アルはサクラとヒロフミが苦みを含んだ表情で諦めたようにため息をつくのを見ながら、少し悩む。
リアからの伝言がある。それを今のアカツキに伝えて、意味があるだろうか。
だが、伝えるつもりでリアから聞き出したからには言うべきだろう。
「リアさんは、アカツキさんたちに『元気で』と。……それと、『ごめんなさい』と言っていました」
三人がピタッと動きを止めた。
マジマジと見つめてくる目を、アルはじっと見つめ返す。三人がどう受け取ろうと構わないが、リアの気持ちが少しでも伝わるといいと思った。
「そうか……」
最初に口を開いたのはヒロフミで、目を伏せた後に何度か頷くと、すべてを受け入れ許すように微笑みを浮かべた。
「謝る必要なんてないのにね」
目にうっすら涙の膜を張って、サクラが呟く。だが、その表情は僅かに明るく、リアのことを知れて喜んでいるのが伝わってきた。
「……んー」
アカツキが目を瞑り、額を押さえる。
「頭痛ですか?」
「いや……なんで俺、忘れてんだろーなって。それがリアっていうか、アテナリヤにとって都合がいいからってことは、宏たちに説明されてなんとなく分かってはいるんですけど」
つっかえながらそう言うと、アカツキがため息をついて空を見上げる。
「――なんか、悔しい……。きっとリアは俺のこと大切だと思い続けてくれてんだろうに、その意味を全然理解できてないのが、すっげぇヤダ」
不貞腐れた子どものように、ポツポツと不満を漏らして眉を寄せる。
そんなアカツキを見て、アルは目を瞬かせた。思っていたより、アカツキがきちんとリアの心を受け止めているように見えて、少し嬉しい。
記憶はなくともリアに対しての感情はどこかに残っているのだろうか。
「今はそれでいいんじゃないですか?」
「どういう意味っすか?」
チラッと視線を向けられて、アルは微笑む。
「いつか思い出せる日が来たら、きっと伝言に込められた想いもきちんと理解できます。今はそのまま覚えておけばいいと思いますよ」
「……そうですかねぇ」
あまり納得はしてもらえなかった気がするが、アカツキは気分を切り替えるように「そういうことにしておきますか!」と作り笑顔を浮かべた。
「伝言さえ忘れてたら、俺が教えてやるよ」
「ありえないとは言えないのが気に食わないけど……ありがとう」
ヒロフミを睨みながらアカツキが呟く。
いつか記憶を思い出した時、反対にこれまでにアルたちと過ごした日々を忘れてしまうことがないとは言えない。そのことをアカツキも理解しているのだろう。
「それで、試練を受けてどうなったの?」
サクラが話を本題に戻す。
「試練をクリアできて、願いの代償はいらないと言われたのですが――」
言ってから、『あれ?』と思う。
リアは願いに代償はいらないと言っていたのに、結局アテナリヤはアルに対価を要求した。これはどういうことなのだろう。
神はアルから何も奪わない。試練を突破することが、願いの代償だから。
そう言ったリアの様子に嘘はなかったはずだが……。
「その後、アテナリヤに願いを告げた際、対価を求められましたね」
「は? なんだそれ。つーか、どんな対価だったんだ」
ヒロフミが険しい表情で問いかけてくる。サクラとアカツキもサッと血の気が引いた顔になっていた。クインだけが、眉を顰めただけで、未だ冷静さを保っている。
対価についてどう説明するか。
アルはこれまで悩んでいたが、もう答えは出ていた。
すべてを詳らかに。それがヒロフミたちへの信頼と友好の証になると思う。
「ヒロフミさんたちがいなくなった後、この異次元回廊の管理者になることですね。百年と期限が決まっていますし、僕は普通の人より長生きするそうなので、まぁ問題ないでしょう」
「待て。色々気になることがあったが……順に説明してくれ」
アルがあっけらかんと言ったからか、ヒロフミたちの雰囲気が和らいだ。それと同時に問い詰められることになったが、それは予想通りである。
頼まれた通りに説明しながら、アルはブランを撫でた。
やはり、ブランがいれば人より長生きすることをなんとも思っていない自分に、改めてホッと安堵した気がする。だから、ヒロフミたちにも気に病んでもらいたくないものだ。
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