第512話 にぎやかな宴

 せっせとご馳走を用意してくれていたサクラを手伝って、アルも何品か料理を作った。

 結果、普通なら四人と二体では食べ尽くせないほどの量が完成したが、普通ではない一体がいるので問題ないだろう。


「――むしろ、足りないかもしれない?」


 今日は星空の綺麗な夜だ。基本的に異次元回廊内の天気は故意に変更しなければ晴れで固定されているとはいえ、それはそれ。

 アルたちが帰ってきたことを喜び、嬉々とした様子のサクラたちは、開放感ある外での宴を望んだ。


 知識の塔近くに置かれた長テーブル。軽く十人は食事をできそうなそこに、ところせましと料理が並ぶ。

 アカツキ曰く「ビュッフェ形式」とのこと。つまり、好きなものを食べられる分だけ取って、別テーブルで食べるということだろう。


「え、これで足りないの?」

「ブランがお腹空いているようなので」


 今も虎視眈々と料理のつまみ食いを狙いながらもヒロフミに掴まれ止められているブランを、アルはサクラに横目で示した。


 そうしながら、珍しいな、と思う。たいていの場合、ブランと遠慮なく関わるのはアカツキで、ヒロフミがそこに交わることは少ない。


 なぜだろう、と疑問が生じたすぐ後に、ヒロフミが座る椅子の近くで、膝を抱えて座っているアカツキを見て、なんとなく納得できた気がした。


「バカツキ、ウジウジと鬱陶しい」

「だってぇ、ブランに足蹴にされたぁ!」

『うるさい! 離せ!』

「ガキじゃねぇんだから、それくらいで泣くな喚くな」

「それくらいなんてもんじゃなかったんだけど!?」

『我の声が聞こえておらんのか?! 離せと言っているだろうにっ!』


 ヒロフミが冷たく呆れたような目でアカツキを見下ろしている。ブランはキャンキャンとうるさい。

 アルは「はぁ……」とため息をついた。


 おそらく、ご馳走に飛びつこうとしたブランを最初に止めたのはアカツキだろう。だが、あえなく足蹴で追い払われた。そこをフォローしたのがヒロフミで、見事ブランを捕らえて止めてくれたのだ。


「ヒロフミさん、アカツキさん。ブランがご迷惑をお掛けしました」


 ヒロフミの手からブランを引き取る。バタバタと動く体をきゅっと締めてみたら、ギクッと固まった。アルが怒っているのを察してもらえたようだ。


「迷惑ってほどじゃねぇよ。俺は別に、ブランが先に飯を食おうと構わなかったし」

「ダメだろ! せっかくの宴会なんだから、みんなで乾杯してからじゃないと」

「って感じで、こいつがうるさくてな」


 アカツキを指したヒロフミが、軽く肩をすくめる。


『我が先に飯を食ったところで問題あるまい!』

「あるに決まってるでしょ。そんなことになったら、すぐに食い尽くされちゃいそう」

『作り足せばよかろう』

「……それをするのは誰だと思ってるのかな?」


 ブランの頭をグリグリと撫でる。

 アルとてブランがどれほど空腹なのかは分かっているつもりだ。アテナリヤの元へ向かってから、アルたちはきちんとした食事を取れていなかったのだから。

 そうだとしても、最低限守るべき礼儀があるし、少しくらいは我慢を覚えてほしいと思う。


「ブランよ。あまりアルを困らせるでないぞ」

『……むぅ』


 クインの静かな一喝で、ブランが不満そうにしながらも黙り込んだ。

 のっそりと起こした巨大な聖魔狐の体を人の姿に変化させて、クインがアルに微笑みかけてくる。


「帰還の場に立ち会えなくてすまぬな。改めておかえり、アル」

「ただいま、クイン」


 穏やかに挨拶を返すアルの腕を、ブランがタシタシと叩く。要求していることは明確だった。

 こぼれそうになったため息をこらえる。喜びの宴にため息が多いのはあまりよろしくない。


「――料理が揃いましたし、そろそろ乾杯しましょうか」

「ウィッス! お酒の用意はできてますよー!」


 張り切った様子でアカツキがグラスを持ってきた。

 アカツキたちは『ジョッキ』と呼ばれるグラスに並々とビールを注いでいる。アルとブラン、クインはグレプ味の炭酸ジュースだ。


 誰が乾杯の挨拶をするか、と視線で押し付けあった後、アカツキがごほん、と咳払いをして姿勢を正した。


「では、恐縮ながらわたくし暁が乾杯の挨拶を――」

「アルさんたちの無事の帰りを祝して、かんぱーい!」


 サクラがアカツキの言葉を遮り、にこやかな笑みを浮かべながらジョッキを掲げた。次々に上がる「乾杯」の声と共にグラスがぶつかり合う。

 一人アカツキだけが、気合いが空回りした様子でしょんぼりと肩を落とし、胃にビールを流し込んでいた。


『旨い。だが、腹にたまらん。もう飯を食っていいな?』

「いいよ。何を食べる?」

『とりあえず、肉を使ったもの全部だ!』

「いきなり取り過ぎじゃない?」


 呆れつつも、要望通りに料理を取り分けてテーブルに並べた。あまりに量が多すぎて、ブランは一人で一つの丸テーブルを占領することになる。


 食べては『旨い!』と幸せそうに尻尾を揺らすブランを見て、アルはつい微笑んでしまった。あまりに食べっぷりがいいから、見ているだけで気持ちいいくらいだ。


「アルさんもちゃんと食べてね」

「はい、もちろんですよ」


 アルは常識的な量を取り分けてテーブルについた。クインも含めた五人で一つのテーブルを囲み、会話しながら食事をとる。


 難しい話は食後に、と決めていたので、話題はアルが不在中の間に起きたアカツキのやらかしが主だった。またとんでもないものを創っていたらしい。

 サクラとアカツキが面白おかしく話すことに耳を傾け、アルも笑いながら時々ツッコミを入れる。


 こんな時間も楽しいなぁ、と改めて思って、アルはこれも思い出の一つとしてしっかり覚えておこう決めた。


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