21回忌、21回目の約束。

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

男の友情

 地元に帰省してもやることがないと、そう言う連中が信じられなかった。

 ただ分からないでもない。

 今日日きょうび、親と会いたくなったら簡単にビデオ通話できるし、遠方の友人であってもスマホで連絡を取り合える。SNSにLINE、人と人とのコミュニケーションの取り方はずいぶんと多様化した。

 それでも俺は、年に一度の里帰りを心待ちにしているんだ。

 どれだけ文明が発展しても「兄貴」とは直に会うことしかできないから。


 「ごめんくださーい」と米倉家を訪ねた。「兄貴」のお母さんが現れて「あらカズヤくん。今年もそろそろ来るんじゃないかと思ってたわ」なんて言われる。

「でもカズヤくん、二人目のお子さんが生まれたんでしょう? 毎年毎年、律儀に来なくたっていいのよ?」

「子供のことなら大丈夫です。妻とお義母さんに話は通してありますから。それに、ここへ来るのが楽しみで生きてるってトコありますからね!」

 それから軽く世間話をしたあと、お母さんに菓子折りをお渡しして「兄貴」の部屋と向かった。

 「お邪魔しまーす」と扉を開けた。目に飛び込んでくるのは、点けっぱなしのテレビと、漫画本しか置いていない本棚。キャラクターものの学習机にはランドセルがかけられていた。そばに設えてある子ども用のベッドに部屋の主が寝っ転がっていそうな雰囲気。

 しかし、その主はもうこの世にいないのだ。ここに残されているのは、昔日の面影だけ。

 「兄貴」はもう―――

「いよぉカズヤ! 今年も会いたかったぜ!」

 声変わり前の甲高い声がした。

「兄貴! 変わりないみたいで何よりだ!」

「バッカお前、オレを誰だと思ってんだ?」

 「兄貴」は、ビシィッと自らに親指を向ける。

「幽霊が歳を食ってたまるかよ!」

 あの頃と変わらない、十二歳の姿をした兄貴が言った。


 子供の頃の俺はずいぶんと引っ込み思案だった。クラスメイトともなかなか馴染めず、ずいぶんと寂しい思いをしていたものだ。

 そんな俺を見かねたのかは分からないが、近所に住んでいた米倉さん家のお兄さんがよく遊び相手になってくれた。一人っ子だった俺は、その二歳年上のお兄さんのことを「兄貴」と呼んで慕うようになった。

 放課後に兄貴の家でゲームをして遊んだり、公園で相撲をとったり。

 けれど兄貴にはぜんぜん歯が立たなかった。優しいけれど手加減をするような人ではなかったから。

 だが唐突に別れが訪れた。兄貴が不慮の事故でこの世を去ったのだ。享年十二歳だった。

 俺は泣きに泣いた。無二の親友とも言える兄貴に二度と会えないと思うだけで涙が止まらなかった。

 けれど米倉家で初七日の法要が行われた日。

 部屋に、見知った姿を見つけたのだった。

「カズヤ。なんかさ、オレ三途の川を渡りそこねちまったみたいだ」

 こうして兄貴と再会(?)した俺は、以後も親交を深めるようになった。

 兄貴は地縛霊なのか家から出ることは出来なかったので、俺はしょっちゅう遊びに行った。

 それにどういうわけか、兄貴の姿は俺にしか見えていないようだった。だから兄貴はずいぶんと暇な様子で、何度も何度も遊びに通った。米倉のお母さんやお父さんも「息子のことを想ってくれるのは嬉しいけれど、さすがにここまでしなくても……」と心配をするくらいだった。

 そして兄貴の一周忌を間近に控えたあの日。今度は親父の都合で転勤をすることになった。俺も「引っ越しなんて嫌だ!」とずいぶんと駄々をこねたものだが、幽霊となった兄貴はピシャっと言った。

「お前も兄貴離れする時が来たってことだよ。いい機会じゃねえか」

 兄貴が亡くなったときと同じくらい泣きわめいていた俺を、兄貴は優しく諭してくれた。

 引っ越しする直前、俺と兄貴は「命日には必ず会いに来るという」男と男の約束を交わした。


 そして今日にいたる。

 俺も中学に入る頃には人当たりもよくなり、友達も多くできるようになった。

 今では三十路を過ぎ、妻子にも恵まれたが、それでも兄貴の命日の日には必ず顔を出すようにしていた。

「兄貴。今回はどのチャンネルにする?」

「んー、5チャンにしてくれ。『ポツンと一軒家』を毎週見たい。ああやって孤独に楽しく過ごしてる人らを見てると共感を覚えるんだよな」

 毎年の定例行事。チャンネル変更だ。

 兄貴は幽霊である以上、モノに触れることができない。そのうえ家から出ることもかなわない身なので、とにかく娯楽に飢えていた。なので部屋のテレビを点けっぱなしにすることにした。生前から兄貴はテレビっ子だったから両親もあっさりと承諾してくれたが、問題はチャンネルを任意で変えられないことだった。

 だから俺は命日の日にここまで来て、兄貴の望むチャンネルへと変更しているのだった。

 21周忌と同時に行われるようになったこの儀式も今年で21回目だ。

「カズヤ、それよりもアレ持ってきてくれたんだろ? 早く見せてくれよ!」 

 俺はバッグの中からアニメのブルーレイディスクを取り出した。プレーヤーに挿入すると「いよいよこの日がやってきたんだな……」と兄貴も神妙な表情をした。

 用意したのは、国民的アニメシリーズの映画版。その完結編だった。複雑で難解なストーリーと思春期の心を緻密に描いた作風が多くの少年少女の心に刺さった作品だ。兄貴は生前からこのアニメシリーズのファンで、今年ようやく完結編のソフトが発売されたのだった。

「二十年以上も待たせやがって。本当に終わるのかコレ?」

「まあ見てなよ。兄貴もきっと満足すると思うよ」

「おっとそこまでだカズヤ。ネタバレしたら殺すからな! ポルターガイストとか起こしてお前を家具の下敷きにしてやっからな!」

 そんな軽口を叩きながら仲良く二人で映画を見た。終わったころには兄貴と感想を言い合い、そしてまたもう一度見返した。兄貴は小学生の姿のまま変わらないが、老いたはずの俺も、どんどんあの頃に還っていくようだった。日が暮れるのなんかあっという間だった。

「カズヤくん、今年も泊まっていくのよね?」

「すいません、いいですか?」

 一つだけ変わったのは、兄貴の家で寝泊まりできるようになったことくらいか。あの頃は夕方の六時になったら家へ帰らなくてはならなかったが、今では許可を得て宿泊させてもらっている。

 いくつになっても、兄貴との会話は尽きることがない。寝る間も惜しんで、俺は兄貴と夜更け過ぎまで遊び通した。


「おいカズヤ。朝だぞ、起きろ」

 兄貴とゲームをしている最中に値落ちしてしまっていたらしい。(兄貴の操作を肩代わりしながらボードゲームをしていた)

「お前、やっぱゲーム弱えな」

「兄貴が強すぎるんだよ。俺はいつまで経っても二番手さ」 

 ボードゲームをしていても、兄貴はどうしたって俺の上を行く。姿形は変わらなくても、やはり兄貴は兄貴なんだと思った。

「兄貴、そういやさ。ドラゴンボールでは誰が一番強いと思う? 俺はブロリーかな。新しい映画版の方の」

「そりゃあお前、天津飯だろ」

「なんでだよ兄貴! あいつ基本噛ませじゃんか!」

「いいかよく聞けよ。四身の拳を使った天津飯は能力も四分の一になるけど、それならフュージョンすればいいんだよ。ゲーム版にヤム飯って居ただろ? ヤムチャと天津飯が合体したやつ。アレが存在するんだから天津飯もフュージョン使えるはずなんだよ」

「フュージョン使っても四分の一の力が一分の一になるだけじゃないの?」

「違うな。ゴテンクスは明らかに悟天+トランクス以上の戦闘力を持ってただろ? フュージョンは1+1=2の技じゃないんだ。3にも10にもなるポテンシャルがある。だから『四身の拳使う→フュージョン使う→四身の拳使う』を延々と繰り返していれば、いつかは宇宙最強の天津飯が出来上がるはずなんだよ」

「でもフュージョンって制限時間なかったっけ?」

「精神と時の部屋に入れば……いやでも同じか。やっぱ前言撤回。あのハゲそこまで強くないわ」

 ぶはははと笑いに包まれる。会話の内容があの頃とまるで変わらない。

 けれど、急に兄貴の顔つきが変わった。

「なあカズヤ。その、いい加減言おうか迷ってたんだが、言うぞ」

「なに?」

「お前、オレのこと気遣ってくれてるけど、もういいんだ。オレも成仏しょうらいのこと考えないとなって思ってる」

「なっ……!」

「言ってなかったけど、本当はオレ、ちょっとした物なら動かせるようになったんだ。ポルターガイスト的な? だからテレビのチャンネルなら自分で変えられる」

 ひとりでにテレビのチャンネルが切り替わった。

「だろ? だからわざわざ毎年ここまで来てもらわなくても大丈夫なんだ。死んだ幽霊が、生きた人間を縛り付けるなんて馬鹿げてるしな。今度こそ、本当の兄貴離れってやつだよ」

「兄貴……。違う、違うんだよ!」

「何がだよ?」

「俺は義理や習慣だけでここに来てるんじゃない! 俺は童心にかえって兄貴と遊びたいんだ! この歳になれば俺も周りもみんな結婚して、ろくに遊びにも行けなくなる。たまに会えたと思えば、仕事の話や将来の話だけで終わる。そりゃあ家族も仕事も大切に決まってるよ。でも俺だって、たまには昔みたいに遊びたいんだよ! 友達と馬鹿話して、難癖つけながらゲームして! そんなひとときに飢えてるんだ! 兄貴は俺にとっての『止り木』なんだよ! 世間の荒波に飛び立つまえにふと立ち寄れる安らぎの場なんだ!」

「カズヤ、お前……」

「だからそんなこと言わないでよ……。兄貴も一人きりで寂しいだろうけど、俺だって寂しいんだ。この歳になるとさ」

 兄貴は「そうか」とゆっくりうなずいた。

「分かったよカズヤ。成仏は止めだ。それに実は、お前には見えてないだろうけどじいちゃんやばあちゃんの幽霊もここに居るんだ。いい暇つぶしの相手になってくれてるよ」

「じゃあ……!」

「また来年も来い。一昼夜かけて、あの頃と代わり映えしない馬鹿話で盛り上がろうぜ!」

 死んだ人から生きる気力を得るなんておかしな話だけれど。

 やっぱり兄貴は最高だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

21回忌、21回目の約束。 小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ @F-B

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ