4月1日の出来事
私は手記を読み終えて、静かに閉じた。
「くだらん」
手記を乱暴に机に置いた。部屋を一瞥する。実に汚らしい部屋だ。ベッドの上以外片付いている場所がない。床にはカップ麺の容器や黄色い液体の入ったペットボトル、空き缶が陳列しており、丸められたテッシュ、泥のようなものなんかがその隙間を埋めるように落ちていた。また、部屋の隅にはセメントが塗りたくられていて、角というものを存在させないような具合に盛られている。天井においても同様である。その作業の名残か、部屋の一角を占有している複数のドラム缶からは、顔を背けたくなるような石灰の臭いが漂っていた。息がつまりそうだ。窓を開けようにも、開けられない。分厚いカーテンは中央で縫い付けられており、端の方も粘着テープや釘で壁に密着させられていた。なんて手間だ。無意味なことを。
暇になった私はもう一度手記に目を通した。
「つまらん」
実に低俗な落書きである。
「なあにしてるのー」
外にいた同僚が入って来た。
「オモシロイことが書いてあるの? 見して、見してー」
「お前が興味惹かれるようなものはないぞ」
私は同僚が読んでいる間、回転イスを左右にゆらして遊んでいた。ふと、部屋の角を見る。そこはセメントが崩れている場所だ。何かで叩かれたのだろう。そのせいか、角が存在していた。
「なあにこれえー」
「精神病患者の日記か、何かだろう」
「へえー、字がヘタクソだね!」
もう、いーらないと、彼は言って、手記を乱雑に渡す。私はそれを机に戻した。
「それにしてもさー、ここんち、すげえ散らかっているよねえー。オマエんちみたい」
「一緒にするな。私の家はものが多いだけで、しっかりと意味のある配列をしている。ゴミ屋敷じゃない」
「そおー」
ニヤニヤと彼は笑う。実に不愉快だ。
「そんなことより、そっちはどうだったんだ?」
「普通だったよー。普通過ぎて、何もなかったから……二三人くらい殺しちゃった♪」
「おい。今回の仕事は生贄を集めることだぞ。死んだら意味がないじゃないか」
「変わりある?」
「用途が違うんだから、大有りだろう」
ふーんと彼は興味なさそうに床のゴミを蹴っていた。クソ。この快楽殺人鬼め。
「全員じゃないならいい。さっさと運ぶぞ。こいつで最後だ」
私は床に転がっている死体を顎で指し示す。
「ねえねえ」
「なんだ」
「どうして他はオレ一人にやらせて、コレだけオマエと一緒なのー?」
「念のためだ。変に蘇生されたり、連れて行かれる可能性があるからな」
面倒くさいことこの上ない。私は舌打ちした。
「ただの病んでる人間でしょう?」
「正確には色々な事件に遭遇した結果、奇跡的に生還して病んでしまった人間だ。まったく、ティンダロスの猟犬にしろ、狙われるのは時間を飛び越えた自分の責任だし、愉快犯な邪神が突っかかるのも出会ってしまった自分が悪い。そもそも明らかにそういうのは危険なのは目に見えてわかるだろう? どうして踏み込むのか」
「それはオマエも一緒じゃないのー?」
「私はきちんと弁えているさ。それはお前も知っているだろう」
しばらく睨みあいをしたが、私はくだらなく思い、首を横に振った。
「まあ、いい。とにかく、帰るぞ」
「はーい」
彼は気怠そうに返事をして、死体を背負う。死体は苦痛にまみれた顔をしている。それはそうだろう。しつこく狙っていた輩が楽に殺してくれるはずがない。服がめくれた場所からは殴打の跡が濃く残っており、肌が見えるところはほとんどが痣まみれだ。
「ねえ、開けて―」
「自分でできるだろう。まあ、いいが」
私がドアを開けると暗黒の空間が広がっていた。多数の目玉と口が浮かび上がる。そして、、時折人のような影を形成して、消えて、現れて、消えて、現れてを繰り返す。私達はその空間に足を踏み入れ、堕ちていった――
*
この先は神のみぞ知る。
4月1日に発生した失踪事件の記録あるいはその真相 夜野白兎 @Sirousagi-460
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