恩赦で迎えるニュー・ライフ 二十一回の死刑を耐え抜き、男は新しい人生の出発を夢見る!

荒木シオン

二十一回目の処刑

 エクテレス帝国。

 大陸にとなえ、わずか数年で全ての周辺諸国しゅうへんしょこくしたがえた大帝国。

 その帝都カズー二は、まさにこの世の楽園とたたえられるほどのにぎわいと活気に連日満ちていた。


 そんな帝都で今一番の話題は、とある死刑囚について。

 元々は周辺諸国の小国家で騎士団長を務めていた男だった。しかし、愛した国は帝国に攻められ、敗戦と併合へいごうて滅亡。

 亡国ぼうこくの騎士となり、盗賊まで身をとした彼が捕縛ほばくされたのが約一年前。

 その、帝国法にのっとり死刑を宣告され、速やかに刑がおこなわれたのだが――、


 ――男は未だに生きていた。


 彼を死にいたらしめるべくおこなわれた刑は、その数じつに二十。

 

 一般的な斬首刑ざんしゅけい絞首刑こうしゅけいから始まり、鋸挽のこびき、生き埋め、十字架刑じゅうじかけい溺死できし薬殺刑やくさつけい杭打くいうち、串刺くしざし、腰斬刑ようざんけい皮剥かわはぎの刑に、腹裂はらさきの刑、凌遅刑りょうちけい、石打ち刑、火炙ひあぶり、突き落とし、車輪刑しゃりんけい圧殺刑あっさつけい、引き裂き刑、猛獣もうじゅうの餌。

 

 帝国が周辺諸国をしたがえる過程で収集した、古今東西のありとあらゆる死刑をおこなうも、男はことごとくを耐え今も生き抜いていた。


 そうして、事ここにいたると民衆の彼に対する認識も変わってくる。

 ただの野蛮やばんな盗賊ではないらしい。なんでも元は小国の騎士団長だとか。これはもしやかの国に伝わる英雄の生まれ変わりではないか?

 などなどささやかれ広まった噂は事実を逆行し、男は次第に特別視されていく……。


 すると誰かが言い始めるのだ……。

 もう、ここまで耐えたのなら許してやるべきではなかろうか、と。

 数多あまたの刑を退しりぞけたのはきっと神のご加護があったからに違いない、と。

 男には天から授けられた偉大な使命があるのだ、と。

 恩赦おんしゃだ! 恩赦! 男を! まだ見ぬ英雄を牢から解き放て! と……。


 それら民衆の声は次第に大きく、強くなり、ついには時の皇帝イムベラ・トールを動かした――、


 ――二十一回目の刑、それを乗り越えたなら、かの男に恩赦を与え解き放つ、と。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「なるほど、事情は分かりました……よもや何事かと思えば、まったく呆れる」


 今しがた帝城ていじょう貴賓室きひんしつまねかれたその人物は、くだんの男の話を聞き終えると、め息混じりにつぶやいた。

 漆黒しっこくのローブを身にまとい、目深く被ったフードで顔は隠れている。声を聞いても男なのか女なのか今ひとつ判然としない。


 だというのに、そんな存在の足元には帝国の宰相さいしょうを始めとした主要な大臣の面々がひざまづき、震えながらこうべを垂れていた……。


 なぜなら、目の前にいるこの者こそ、例の男を確実に処刑するべく帝国が方々ほうぼうに手をくし招いた、この世界最強の執行人である……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 案内に数名の騎士をともない、地下牢へとおもむく執行人。

 そうして、そこで目にしたのは獄中ごくちゅうだというのに惰眠だみんむさぼる男の姿だった。


「ふぁ~、なんだい? また刑の執行かい? って? おやおや、今回の処刑人様は随分とお美しい……。ははっ、こんな美人が看取ってくれるとか死刑囚冥利しけいしゅうみょうりに尽きるね」


 こちらを一瞥いちべつし、欠伸あくびをしながら冗談とも本気ともつかない言葉をこぼす男。


「なるほど、お前にはそれほど私が美しく見えますか……」


「あぁ、上玉じょうだまも上玉。出会いがここでなければ真っ当に口説いてるね」


 やれやれと肩をすくめ軽口を叩く男に執行人、彼女は呆れた様子で溜め息を吐く。

 そんな両者のやり取りをいぶかしげに見つめていた数名の騎士たちは、執行人の次の言葉で騒然となる。


「なるほど……なら、今から街へ行きしましょうか。貴方が私をどう口説くのか少々興味があります」


 そう言って鍵を手に取り、今にも牢の扉を開けようとする彼女を、騎士たちは慌てて止めに入った。


「お、お待ちください! この者は死刑囚です! それをなんの許可も無く解き放つのは!」


「う~ん……そういうわけではないのですが……。あと許可であればこの通り」


 懐から取り出された一枚の羊皮紙。そこに記されたのは【この者のなすことは皇帝のそれである】の短い一文と御璽ぎょじ

 それらを目にした騎士たちは恐れおののき、急いでその場に平伏へいふくする。そんな彼らの様子を見つめ、男は怪訝けげんそうに問いかけた。


「おい、アンタ、いったい何者だよ?」


「さぁ? ただの死刑執行人ですよ?」


 困惑する男に彼女は微笑み、からかうようにそう言葉を返す。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 その後、風呂に入って身を清め、与えられた真新まあたらしい礼服に身を包んだ男は、執行人の言葉通り、彼女と二人で街におもむいた。


「うおぉぉおおおおぉ!! 外だ! シャバだ! 空気が美味うまい!」


「気持ちは分かりますが、私のエスコートを忘れてもらっては困りますよ?」


 束の間の自由を手にし、子どものようにはしゃぐ男を執行人がチクリと注意すれば、


「あぁ! 任せとけって! 軍資金もたんまりもらったんだ! どこへだって連れて行ってやるぜ! かぁーっ! 夢でも見てるみたいだ!」


 彼は金貨の詰まった革袋を掲げ、彼女の手を引き大通りを笑顔で進む。

 二人とすれ違う誰もが、彼らを死刑囚と執行人だとは思いもしなかった……。


 数刻後。手持ちの金のほとんどを消費し、この日一日で贅沢ぜいたくの限りを尽くした男と執行人は、帝都で最も高い塔に登り、二人で沈みゆく夕陽を眺めていた。


「いやぁー、今日はアンタのおかげで最高だったな! こんな日々が続くなら死刑囚も悪くない!」


「ふふっ、そうですか……私も意外と面白い経験ができて楽しかったですよ?」


 相変わらずの軽口に、彼女が冗談めかしてそう微笑むと、男はその手を取り、


「なぁ! 俺は、今は死刑囚だが、あと一度! あと一度だけ処刑を耐えれば、恩赦おんしゃで自由の身になれるんだ! それで……晴れてそうなったら、俺と、俺と一緒になってはくれないだろうか!」


 夕陽に照らされたその顔を見つめ、真剣そのものといった様子で告げる。

 そんな彼に執行人は小さく頷くと、お互いの唇をそっと重ねた。まるで、それが約束の印であるかのように――。


 ――しかし、次の瞬間、男はその場に力なく倒れてしまう。


「今回は、耐えられませんでしたね……」


 横たわる男を優しくでながら、執行人がどこか寂しげに口にした呟きは、風に乗り儚く消える……。


 帝国法に記された数々の死刑方。

 その最後、二十一番目にはただ一言「死神のくちづけ」とだけ書かれている……。


                    完

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