20回をこえて
今福シノ
短編
「んぐぐぐ……っ!」
声をひねり出しながら、ぼくは頭を上げた。
後ろに両手を当てたまま、頭を下げて。それからもう1回、上げる。そのくり返し。
そう、腹筋だ。
「じゅうはち、じゅうきゅう……」
おなかがピキピキするのをなんとかガマンして、何度もからだを起こす。そのたび、気がとおくなりそうになった。
「に、じゅうっ……!」
そして、たどりついた
もう、ちょっと……、
そう思って、頭を上げようとすると、
「……っはあ!」
バネがはじけたみたいにぼくのからだは、大の字になって床にビタンとはりついた。
「はあ、はあ……」
目にうつる天井はまっしろ。おなかはジンジンとあつくて、からだじゅうから力がぬけている。この前水族館で見たヒトデになった気分だった。
「今日も20回まで、かあ」
続けてできるぼくの最高記録。今日も更新ならず。
こうして毎日、お風呂に入る前の腹筋がぼくの日課だ。
「ようし、もう1回ちょうせんしよう」
きっかけは、3組との合同体育の時間だった。
『わ、しゅんた君すごい!』
まいちゃんが声を上げて、ほかの女子たちもあつまっていく。
その中心にいるのは――少年サッカーチームのエース、しゅんた君。
『へへ、これくらいよゆうだぜ』
自慢げに言いながら、しゅんた君は連続で腹筋をしてみせる。
『うわあー! さすがしゅんた君だー!』
『いつも6年生にまざってやってるからな』
その言葉の力は絶大だ。まだ3年生のぼくらにとって、6年生といっしょになるなんて未知のせかいと同じ。
『何回くらいできるの?』
『20回なら続けてできるぜ』
きゃあ、と女子たちのテンションが上がる。
そのまんなか、まいちゃんが目をキラキラさせて、言った。
『かっこいいなあ、腹筋できる人』
その夜から、ぼくは腹筋を始めた。
「ごー、ろく……」
はじめは5回もできなかった。だけどすぐさまおなかは悲鳴を上げて、起き上がれなくなった。
「じゅういち……じゅうに」
つぎの日もいたくて、うずくまるようにあるきながら学校に行くこともあった。
「……じゅうご、じゅうろく」
それでも続けて、がんばった。いたいのをガマンして。
毎日、毎日。ちょっとずつだけど回数はふえていって。
「にじゅうっ!」
ようやくここまでこれた。
でも……
明日は、久しぶりの合同体育。
しゅんた君はきっとまたまいちゃんに、女子たちに腹筋自慢をする。
……だから。
ぼくは20回目を終えて、頭を床にもどす。息を吸って、止める。
両手にぎゅっと力をこめて。それから、頭を上げていく。
「っ……!」
ビリッ、なんて音がしそうな電気がからだに走る。
もう筋肉は限界。ぴくぴくとふるえてる。
そんなことは、わかってる。
だけど、
「んぐぐぐ……っ!」
ひっしに歯を食いしばりながら、からだを起こそうとふんばる。
ひざが見えてくる。それはさっきまでとは違って、ふたつ目のゴール。
できるように、なってやるんだ。
20回をこえて、しゅんた君と同じくらい……いいや、しゅんた君よりもすごいんだぞって言えるようになってやるんだ。
ぼくもすごいところがあるんだぞ、って。
ぼくもできるんだぞ、って。
すきな子に、ちょっとでもぼくのことを見てもらえるように。
すきな子を、ちょっとでも自信をもって見れるように。
前までのぼくから変わることができるんだ。
そう信じて、ぼくはさけんだ。
「にじゅう……いちっ!」
20回をこえて 今福シノ @Shinoimafuku
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