21回目って3×7回でしょうか?
兵藤晴佳
第1話
僕はベッドから、こっそり抜け出します。
床に脱ぎ散らかされた服の中から、自分のを探し出して着ました。
部屋を出ようとすると、呼び止められます。
「行っちゃダメ……パルチヴァール」
振り向いてみると、青い髪をしたきれいな女の人が横になって眠っていました。
ずっと僕を抱きしめていたその人を起こさないように、できるだけ小さな声で囁きかけます。
「すぐ帰るから……探さないでね、リュカリエール」
向かう先は決まっていました。
窓のない、丸い屋根の家々の陰にひっそりと建っている、あの古ぼけた家です。
でも、どこにあるのかは思い出せません。誰もいない街を歩き回るしかないのです。
……おうち時間を過ごしましょう。
遠くから聞こえるのは、ふうわりとして明るいプシケノースの歌声です。
なんだか気持ちが、晴れた空に吸い込まれていくような気がします。
僕が知らない人に取り囲まれてしまったのは、そのせいでしょう。
「ついてきなさい」
そう言ったのは、黒いマントのお爺さんです。
気味が悪かったので、走って逃げようとおもいました。
でも僕の後ろには、片方だけの眼鏡が右側にある人と左側にある人が待ち構えています。
でも、言いなりになるつもりはありませんでした。
「どうしてついていかなくちゃいけないの?」
目の前で、光の幕が弾けます。
気が付くと、裸の僕を後にして、お爺さんと若者たちが逃げていくところだった。
手ぶらかよ、とお互いを責めあいながら。
歌声はもう、聞こえなくなっていた。
それはプシケノースが眠る、原子炉の制御装置が働かなくなったことを意味する。
僕は目を閉じた。
暗闇の中に、何かが現れる。
こいつを止められるのは、僕だけだ。
……おうち時間を過ごしましょう。
歌声が聞こえて目が覚めると、お爺さんとふたりの若者が、また僕を取り囲んでいました。
裸の身体に、何か突きつけてきます。
「さっきはこれがなかったからね」
手に持っているのは、どうやら拳銃みたいです。
さっきといっても、何があったのか全然覚えていません。
それより、もっと不思議なことがありました。
この人たちはいったい、僕の何なんでしょうか。
だから、聞いてみます。
「どうして闘わなくちゃいけないの?」
目の前で、光の幕が弾けます。
気が付くと、足元には新しい服が置いてあった。
逃げていく老人と若者たちは、お互いを責めあっている。
弾がないって何だよ、と。
プシケノースの声は聞こえない。
原子炉に、何かあったのだ。
目を閉じてみると、暗闇の中にいる何者かが、僕をじっと見つめている。
もちろん、そんなものに屈する僕ではない。
……おうち時間を過ごしましょう。
歌声が聞こえて目が覚めると、お爺さんとふたりの若者が、僕の目の間で拳銃に弾を込めていました。
何が起こっているのか、さっぱり分かりません。
でも、その前にもっと気になることがありました。
「……おじさんたち、誰?」
目の前で、光の幕が弾けます。
プシケノースの声は聞こえない。
でも、暗闇の中に潜む者をひと睨み黙らせることくらい、何でもない。
……おうち時間を過ごしましょう。
プシケノースの歌声の中、僕につきつけられた拳銃が火を噴くことはありませんでした。
曲げた指をかけるべき、トリガーがないのです。
余計なことは言わないつもりでしたが、これだけは抑えられませんでした。
「こんなこと、何で繰り返すんですか?」
なぜだか分かりませんが、同じことが前にもあった気がします。
そう思ったとき、目の前で光の幕が弾けました。
プシケノースの声が聞こえなくなったとき、暗闇の中の声が言った。
それは、お前も同じことではないか、と。
僕は答えない。
何を繰り返しているのか自分でも分からないが、それでいいと思っているからだ。
暗闇の中の声も、それっきり沈黙する。
……おうち時間を過ごしましょう。
歌声が聞こえたとき、左眼鏡の人が言いました。
「今度は、形だけのオモチャじゃないよ」
トリガーに指がかかりましたが、そんなもの、怖くも何ともありません。
それよりも、知りたいことがありました。
この人たちに見覚えはありません。
こんなことまでして呼び止められるようなことをした覚えもないのです。
「僕に何の用?」
聞いた瞬間、拳銃は3つとも吹き飛んで、どこかに消えてしまいました。
トリガーを引こうとした手を押さえて、左眼鏡の人がうずくまります。
助け起こそうとしたお爺さんが、逃げ出そうとした人を叱り飛ばしました。
「仲間を見捨てる気か、バカモノ!」
目の前で、光の幕が弾けます。
静寂の中で、暗闇の中の声が言う。
お前こそ、知らん顔をするな、と。
僕は答えない。
いらないお節介だからだ、そんなのは。
闇の中が静まり返る。
……おうち時間を過ごしましょう。
静かな歌声が戻ってくると、お爺さんが杖を構えていました。
「何をする気?」
杖を落としたお爺さんを見捨てて、左眼鏡をした人が逃げていきます。
それを、お爺さんを抱き起した右眼鏡の人が呼び止めました。
「老人を放り出すのか!」
光の幕が弾けます。
闇の中の声が尋ねます。
お前は、自分を放り出そうというのか、と。
僕は答えない。
投げ出す自分さえ、ありはしないのだ。僕には。
……おうち時間を過ごしましょう。
歌声の中で、右眼鏡の人が尋ねます。
「ここから離れたくはありませんか?」
それは、どこのことなのでしょうか。
「何が言いたいの?」
僕が聞き返すと、右眼鏡の人は力尽きたように膝をつきます。
倒れそうになるのを屈みこんで支えた右眼鏡の人が、大声を上げました。
「どこへ行くんです!」
おじいさんは、こっそりその場を離れようとしていました。
光の幕が弾けます。
音のない闇の中で、短く尋ねる声がする。
それは、お前がお前に問うことではないか、と。
僕は返事をしない。
答えが帰ってこないことを尋ねても、意味がないからだ。
闇の中の声は、それっきり何も聞いてこなかった。
……おうち時間を過ごしましょう。
プシケノースの声で目が覚めると、僕は部屋の床で、でリュカリエールの膝に抱かれていました。
「誰からもらったの? その服」
部屋のドアを叩く音がします。
リュカリエールがもぞもぞしながら尋ねます。
「誰?」
「逃げてきたんです、かくまってください」
僕はリュカリエールの膝から飛び出すと、部屋のドアを開けました。
駆け込んできたのは、あの右眼鏡の人でした。
とりあえず、ベッドの下に隠れてもらいます。
すると、またドアを叩く音がしました。
開けてみると、左眼鏡の人です。
「仲間に追われています。少し隠れていいですか?」
クローゼットの中に隠れてもらいました。
またドアを叩く人がいるので開けてみると、最後はお爺さんでした。
「もう歩けません。行くところもありません。少し休ませてください」
リュカリエールが怒り出しました。
「まとめて出てって!」
ベッドの下から出てきた右眼鏡の人と、クローゼットから出てきた左眼鏡の人は、お爺さんと仲良く並んで帰っていきました。
いったい、何があったんでしょうか。
こんな3回ずつの繰り返しがあと5回続くのだが、全21回の繰り返しを語るのは、正直、面倒くさい。
僕は誰もいない街の中の、あの古い家のベッドの中で、ごろりと転がって薄暗い天井を眺める。
リュカリエールが僕を呼ぶ声が聞こえる。
どこかで、走る足音が聞こえる。
遠くで、プシケノースが歌っていた。
……おうち時間を過ごしましょう。
21回目って3×7回でしょうか? 兵藤晴佳 @hyoudo
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作者
兵藤晴佳 @hyoudo
ファンタジーを書き始めてからどれくらいになるでしょうか。 HPを立ち上げて始めた『水と剣の物語』をブログに移してから、次の場所で作品を掲載させていただきました。 ライトノベル研究所 …もっと見る
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