【11】姿勢



〜 あらすじ 〜


 1921年、一度は終戦を迎えた一次大戦だったが、17年が経過した1938年、

人類はまたしても戦争に踏み切った。


 二次大戦では、強化された戦車、機関砲が取り付けられた戦闘機、超射程の大砲、といった進化した通常兵器の登場により、一次大戦を超える死者数が確定していた。



 そんな世界大戦の真っ只中、通常兵器とは別に戦争に投入される力があった。

ユヴェンという超能力を発現したユハヴェンダーの存在である。


 ユヴェンは人種問わず発現するため、ヴェンダーは世界各地で確認されている。

そして、発現する条件には、年齢と過去の経験が関係している。


 まず、12〜20歳の精神と肉体が発達する時期でないと、この力は発現しない。

そして、この時期に普通に生きているとなかなか経験しないほどの強い精神的負荷をかけられるとそれがトリガーとなってユヴェンが発現する。



 このヴェンダーを一番戦争で活用している国が、ドイル国である。


 ドイルは一次大戦に大敗し、ヴァロサイユ条約を締結。

途方もない額の賠償金と軍縮政策等が取り決められ、戦後のドイルはなんとか国家を存続させられる程度の力しか残っていなかった。

そんな時、バドリフ・キトラー率いるナチル党が国民の支持を集めた。

その後、ドイル国内の問題を次々解決していくナチル党は、数年で国力を高めていった。


 そして、1938年、ドイルによる東のパーランドへの侵攻を皮切りに、イグリスとフランチェがドイルに宣戦布告。

同盟を組んでいるドイル、イタルナ、スペリン、ヤマトを中核とする”枢軸国陣営”と、イグリス、フランチェ、ソブリト、アミリカ、中民が含まれる”連合国陣営”に分かれ、二次大戦が勃発した。


 また、前述の通り、ドイルの同盟にはイタルナ、スペリンともう一つ、極東の島国ヤマト国がある。

ヤマトは、アジア地域での領土拡大と中民を筆頭に、アジア全域と太平洋の島々の占領を目的とし動き出していた。



 1941年、物語の主人公スクルドは欧州での任務を続けていた。

そして、今までの活躍がパツィフィスト上層部の目に留まり、シールゥリ計画の班長に抜擢。

 作戦内容は、ヤマトとドイルの海運重要拠点であるシンザポーラにて行われる両国の取引で、シンザポーラを独立させる案が可決されるように働きかけ、その関係者を護衛することである。



 スクルド達を乗せた飛行艇は、シンザポーラを目指して飛び立つ。










〜 飛行艇 機長室 〜





 眩しい夕日が、真下に広がる水面に反射しキラキラと輝く。



ナルーシャ「海が広がっているな、今は黒海の上空か?」


ツァイム「はっ!左様であります。航路全体の20%を通過するところです」


ナルーシャ「なかなか長い旅になるな。

私たちはまだしも、そちらは十分な休息は取れるのか?」


ツァイム「お心遣い、痛み入ります。決まった方角への自動運転技術も使用している機体です。フライト面では問題ありません。

 索敵に関しましても、黒海を抜けしばらくしましたら、警戒に当たらせている人間も交代させますので、ご安心ください」


ナルーシャ「それならよかった。

いざ、人員が必要とあれば、事前に操舵を指導していただいた通り、我々側の元ドイル空軍の戦闘機パイロットに任せても良い。お互いに協力関係なのだから、困ったことがあったらすぐに話してくれ。

 ドイル軍上層部も、パツィフィストの人間は利用していいと言っているんだ。

・・・今はほぼ全員、死んだように寝ているがな」


ツァイム「ありがとうございます。安全なフライトを最優先に、こちらで対処できないことがありましたら、すぐにお声かけさせていただきます!

パツィフィストの方々は、お優しいのですね」


ナルーシャ「同じ飛行艇に乗っているんだ。棺桶にはしたくないだろう?」


ツァイム「ふふふ、全くその通りです」


ナルーシャ「何より、優しいのはツァイム少尉、あなただよ」


ツァイム「・・・まさか、他のドイル軍では?」


ナルーシャ「酒が飲めるかも怪しいガキ共、その遠足の先生。真面目に命をかけて戦う軍人からすれば、場違いに思ってしまうものなのさ。

 ツァイム少尉以外の人間は、まさにその通りだろう?」


ツァイム「・・・大変失礼致しました。おっしゃる通り、部下はあなた方の輸送任務を快く思っておりません。

 ただ、差し出がましいようで申し訳ないのですが、私はあなた方への敬意があることも共に理解していただけると幸いです」


ナルーシャ「ありがとう、ツァイム少尉。

たまにあなたのような方がいるから、この仕事を続けていられるんだ。

感謝するよ」


 ナルーシャはツァイムに向けて、滅多にしない敬礼をした。


 少々動揺しながらも、キレのある動きでツァイムも敬礼で返す。


ツァイム「軍やパツィフィストという組織である前に、私とあなたは1人の人間同士。あなたはそうした態度で我々に接しているのですね」


ナルーシャ「あぁ、そうだ。お互いにな?」


ツァイム「ふふふっははは!あなたにはどうも敵いそうにありません。

・・・それにしても、目も合わせていない部下たちの態度だけを見て、よくお気づきになられましたね」



「報告します!11時方向に機影、レーダーにて補足しました!・・・こちらに徐々に接近している模様です!」


ツァイム「来たかっ!アラームをかけろ!総員警戒態勢に移れ!」


 機内全体にアラーム音が鳴り響く。


「戦闘用意!防御シャッターおろせ!各銃座、試射を行い異常があれば連絡しろ!」


ツァイム「敵味方識別信号は?」


「信号は・・・応答なし!レーダーからの情報をもとに・・・ソブリト軍の戦闘機と思われます!」



〜 機内 客室 〜



ロウ「んぁ〜〜〜なんだうるせぇなぁ・・・もう着いたのかぁ?」


 操舵室の扉に耳をくっつけていたアマネが振り返り、叫ぶ。


アマネ「・・・敵機がこちらに接近している!」


ジュリー「え!?じゃあ!!!」


アマネ「まもなく、この飛行艇は戦闘態勢に入るわ。機長室からツァイムさんが来てアナウンスされると思うから、全員を起こして!」


バタンッ!


 機長室の扉が開き、ツァイムとナルーシャの2人が出てくる。



ナルーシャ「全員、直ちに起きろ!」


ツァイム「皆様、重要なアナウンスです!

 ただいまより、本機は戦闘態勢に入ります。シートベルトをしっかり締め、衝撃に備えてください!

 また、現在、黒海上空を通過しております。離陸前にお伝えしました通り、いざという時のために、水面への脱出準備の確認をしてください!」


ウィール「まぁ、如何にも大事そうなもの乗せてる飛行機を、狙わないわけないよなぁ〜」


アリナ「航続距離が長すぎるからって、護衛機くらい途中まで付けといたほうがよかったんじゃないの?」


ロウ「ケチったんじゃね?ほら、こいつ椅子フッカフカで気持ちよく眠れたしよぉ!」


ウィール「ま、いざ脱出ってなったらマフォがいるしよ!それはそれで楽しそうじゃん!」


マフォ「・・・」


 ウィールの方へ向き、任せろと言わんばかりに親指を立てる。


スクルド「いいからさっさとシートベルトと脱出準備をしろ。帰った後現場の対応でグチグチ言われるのは俺なんだからな?」


ツァイム(えぇ〜〜〜。

緊急事態なのに、なんだこの落ち着き)


 ツァイムが拍子抜けしている不意を吐くかのように、ナルーシャが肩に手をかける。


ナルーシャ「ツァイム少尉、先ほどの話の続きだ。

早速だが、我々に任せてもらいたい。

今の状況なら、向いている人間が1人いるのでね」


ツァイム「え?・・・・」



スクルド「任せたぞ、アマネ」


アマネ「え?・・・・」





「目標距離、4000。警戒機の連絡通り、護衛機の姿は見えないな、舐めやがって。機銃の範囲は広い、ここからは迎撃に注意しつつ、エンジン部を中心にこちらの機銃を叩き込んでやれ。総員展開!」


「「「はっ!」」」


(今回も頼むぜ、ローラ。

待ってろ、すぐにレイングラードに帰るからな)


 機内に置いている恋人の写真にそっとキスをする。



「敵戦闘機、10〜11時方向より4機視認!各部、戦闘配置完了!」


ツァイム「各銃座、火器使用自由!戦闘始め!

また、機首上部の3番銃座はこれからそちらへ向かう少女に火器の使用法を伝え、銃手を任せよ!」



〜 3番銃座席 〜



ナルーシャ「緊急の時にすまない、ツァイム少尉からの連絡が入っていると思うが、銃手を変わっていただきたい」


アマネ「お願いします!」


 腰から直角に頭を下げる。

その行動の理由の半分は誠意だが、もう半分は大好きな銃器を触るためだった。

直角に折っているのは、微笑んでいる表情を見られないようにするためだ。


「その少女にですか!?あ、あなたは今がどんな状況か、わかって言ってるのですか!?」


ナルーシャ「あなたにもプライドがあると思う。だが、申し訳ない。今は譲っていただけないだろうか?

彼女はヴェンダーであり、そのユヴェンを使えば、より高い確率で戦闘機を落としやすいんだ」


バジィ


 アマネが手の甲を合わせる。


ドイル軍銃手「しかし・・・」


ナルーシャ「・・・私はあなたを軍上層部に突き出したくないんだ」


「・・・・・・・わかった、扱いを説明する」


アマネ「ありがとうございます。でも、事前に見学してるので必要ありません。

それに、さっき試射されたばかりですよね!」


 そう言ってアマネは、いつの間にか着けていた革手袋でレバーを握り締め、照準器に片目を当てる。



(間も無く敵の20mm機関砲の射程に入る・・・よし今だ!)


 機銃のレバーを力強く押す。


ドドドドドドドド!!!!!


〜 飛行艇 機長室 〜


ツァイム「くるぞ!三番銃座を敵に向けつつ、回避行動!」


 飛行艇が急減速し、左に倒れる。



ジュリー「きゃああああ!!!」


ロウ「うおおおおお!?」


ウィール「いやっほおおおおお!!!」


アリナ「うっ、酔ってきたかも・・・」


マフォ「・・・」



ナルーシャ「やれ、アマネ」


アマネ「・・・」


 ただ前を見て、表情も体も一切動かなくなるアマネ。

動くのは、レバーを握り締めた両手だけだ。


ガガガガガガガガッ


 硝煙の匂いが鼻をつく。


「・・・ゴクッ」


 急に別人のように変わった少女を目の当たりにし、固唾を飲んで見守る。



「チッ、まぁ回避するよなぁ!じゃあこれならどうだ!!!」


 機銃とは別に装備している機関砲のボタンへと右手を移動させた時だった。


「お?撃ってき、あああ、あああ!!!」


バギィン

ドゴ


 アマネが放った20mm機関砲が、ソブリトの戦闘機を削りとり、そして粉砕する。

残った胴体部分が炎に包まれながら、そのまま飛行艇の真下を通り過ぎていく。



「な!?触りもなく、一斉射目で撃墜だと!?」


ナルーシャ「10時から2機、7時から1機だ」


アマネ「・・・」


 一切話さないアマネとは反対に、20mm機関砲はその射撃音を響かせながら銃口から火を吹く。


ガガガガガガガッ

ガガガガッ

ガガガガガガガガッ



「ビーラ!ニス!念のため距離を取れ!

敵の銃手は射程ギリギリの距離で、ほぼ全ての弾を外さずにフロイデンを殺りやがった!

一旦距離をとるん」


ドゴ

バギィン

ドゴッ


 目の前で仲間の機体が粉々にされていく。

パイロット自身に被弾したのだろう。誰1人として脱出装置を使わず、機体と共に燃え、落ちていく・・・。


ザザザザザザ・・・ザザ・・・・ザザザザッ・・・・


 無線からはもうノイズしか聞こえない。


「1つの銃座で・・・俺以外の3機が撃墜だと・・・・・・・?

くっっ、くっそおおおおおおお!!!」


 銃身が焼けることを気にせず、機関砲と機銃を斉射しながら飛行艇に突っ込む。


ガンッ

キンッ


 飛行艇の胴体に機銃が命中する。

が、巨大な機体を落とすには、まだ足りない!



「うおおおおお!!!あっ」


 飛行艇に接近していたソブリト兵パイロットは、見てしまった。

スローモーションで進む世界で、石像のように動かない表情をこちらに向けた少女を。


 人を殺すことに何の躊躇いもない、これまで何十人と殺してきた者が見せる悪魔の顔を。



ソブリト空軍兵4「あああ!あああああ!!!」


 飾っていた恋人の写真をグシャっと握り締め、急いで脱出装置を展開する。


ガタンッ

ブオオオォォ


 空中に放り出されたソブリト兵はパラシュートの紐に手をかけながら、飛行艇を、隊員全員を返り討ちにした悪魔がいる銃手を見やる。


(面は覚えたからな・・・覚悟しとけよ!!!)


 そうして、パラシュートの紐を引こうとした時だった。



ガガガッ



 その銃弾は、降下するソブリト兵の頭を吹っ飛ばした。


 ソブリト兵は、その体の首から下だけを吊り下げながら、不安定に降下していった・・・。





 目に当てていた双眼鏡を下ろす。


ナルーシャ「さすがだ。アマネ。特に、最後のヘッドショットは君にしかできない芸当だ。

狙いたい部分を正確に突くための誘導補正。君のユヴェンは、銃器を使うことが多いこの時代では大いに役に立つことだろう」


 革手袋を外しながら、少し落ち込んだ様子でアマネが答える。


アマネ「・・・いえ、ちょっと外しました。何か手榴弾のようなものを握っていたので、念のため狙いましたが、無駄撃ちでした」



 真っ二つに裂けた写真は、パラシュートに吊り下がった死体から離れ、ヒラヒラと落ちていった。



 全てを見ていた夕日は、ただそれを照らすだけであった。




〜 シンザポーラ  ドイル作戦会議支部 〜




「ヨークロー中将、たった今、パツィフィストと物資を乗せた飛行艇が、シンザポーラ港に着水したとのことです」


ヨークロー「ふむ、連絡ご苦労。パツィフィストがここに到着次第、ナルーシャという者をこの部屋に呼ぶようお願いしてもいいかね?」


「はっ!かしこまりました!

それでは失礼いたします!」


バタンッ


ヨークロー「はぁ。護衛、ねぇ・・・・一体誰を誰から守るつもりなのか」


 ドイル国のシンザポーラ港活用における要望書類を見つめながら、呟く。


 そこにはこう書かれていた。



”重要事項:ドイル国とパツィフィストはあくまで別組織であり、パツィフィストの人間を傭兵として扱うことのないように。

今後のドイルの動きを縛られないためにも、パツィフィスト側が政務に強く介入する様子があった場合は、相応の対応を現場で下し、実行することを許可する。”



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十の切望  vowtista @vowtista

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