3方向の片道通信

水涸 木犀

episode7 3方向の片道通信[theme7:21回目]


「これ、7回目ですよね」

「ああ」


 栗毛色の紙をもつ女性オペレーターからメッセージカプセルを受け取り、俺は頷いた。

「届いてるんですかね、これ」

「届いている可能性は高い、がそれを確かめるすべはないな。向こうの船はカプセルを発射する能力を持たないだろう」

「性能の差があると、ややこしいですね」

 小さくため息をつく彼女を見やり、手元のカプセルに視線を戻した。


 俺たちの船NOAH号は、確実に新星へと近づいている。机上計算で、搭載しているメッセージカプセルを先行させることができるくらいには。

 新星に到着しているであろう先遣隊、OLIVE号に向けてカプセルを送り始めたのは、半年前。概ね月に1回のペースで、こちらの現在位置や近況、搭載している物資情報などを記載して送付している。先遣隊を安心させるのが主な目的だ。あわよくば彼らの生存を確認したいという思いもあるが、OLIVE号とNOAH号は製造年に十数年の開きがある。こちらに発信可能な距離でも、向こうから打ち返すことは不可能に近い。そもそも、情報発信できるだけの人員が残っているのかもわからない。


「でも、向こうの船には宇宙飛行士がいるんですから、何らかの手段でメッセージを発信している可能性はありますよね」

「そうだな」

 彼女のいうとおり、OLIVE号の人員は宇宙飛行士が中心だ。宇宙飛行士が開拓した土地を住みよい環境に整える、俺たち宇宙移行士とは性質が違う。彼らは何もない過酷な環境から、自らが生きる為の術を見出す力に長けている。あの船の船長ならば、限られた資源でメッセージを打ち出そうと試みるはずだ。

「ということは、これが7往復目の通信ですね」

「往復しているわけではないから、14回目の通信、といったほうが適切だろう」

 仮にOLIVE号側が返答を試みているのだとしても、こちらに届いていない以上往復とはいえない。即座に訂正すると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「往復ではない、とおっしゃるのであれば、一連のやりとりは21回目ですね。わたしがつくったカプセルを7回、オウルさんに渡してますから」

「俺たちのやりとりは通信じゃないだろう」

「いいえ、通信だと思いますよ」

 いぶかしむ俺の前で、彼女はカプセルをつついてみせる。

「オウルさんに指示された内容を制限文字数内におさめて、カプセルをつくる。それをオウルさんに渡すんです。文字情報をほかの人に渡す時点で、それは通信じゃありませんか?」

 彼女が繰り出すなぞの理論には、論理的に反論しないほうがいい。彼女がこんなことを言い出すのは、何か俺に言いたいことがあるときだ。ようやくそれがわかってきたので、少々頭をひねる。

「ミノリも、OLIVE号に送りたい内容があるのか?」

「違いますよ!」

 俺なりに考えたつもりだったが、彼女は勢いよく立ち上がり指をふった。

「確かに、ドクター・クレインの安否は気になりますし、生きているなら聞きたいことは山ほどあります!新星発見計画について、一番知っているのはあの方でしょうから」

 でも、と彼女は顔を近づける。

「今はオウルさんとドクター・クレインのやり取りに、わたしも一枚噛んでいるのがうれしいんです。直接カプセルの発射にかかわっているわけではないですけど、わたしが作ったカプセルで二人がやり取りしようとしているのが、不思議な感じで」

「そういうものなのか」

 あまりピンとこないが、彼女は勢いよく頷く。

「そうですよ!地球にいたら、メッセージは当たり前にお互いに届くものです。相手の場所も素性もわかっているのに、お互いに届くかわからない、中身の濃いやり取りなど宇宙でしか体験できません!」

「確かにな」

 地球の話を出されて、俺は納得した。確かに、地球で「届くかどうかわからない」情報伝達方法がとられることはめったにない。手紙をビンに入れて海に流したり、手紙をくくりつけた風船を飛ばすといった方法で見知らぬ人へ連絡を試みるやり方もあるとは聞いている。しかし、それはある種ノスタルジックな思いから試みるか、相手からの返信を期待しないケースが専らだ。ここまで切実に返信を求めている状況で、一方的に通信を試みることはないだろう。言われてみれば、ジャーナリストの彼女らしい興味ともいえる。

 何度か頷いていると、彼女が身を引き上目遣いでこちらを見てくる。

「それに、わたしが一枚噛んでるってこと、オウルさんに認識しておいてもらいたくて」

「なぜ?」

 少し、いやな予感がして問うと、彼女はふっと小さく笑った。

「OLIVE号が無事に見つかったら、ドクター・クレインにこの話をしてほしいんです。メッセージカプセルを作成していた女性オペレーターがいた、と言ってもらえれば、ドクター・クレインとの話の取っ掛かりになるでしょう?」

「そんなまどろっこしいことをしなくても、俺はクルー全員を紹介するつもりだぞ」

 そんなことか、と思い返すと、彼女の笑みが大きくなった。

「紹介って、名前と役職を羅列するだけでしょう?そんなんじゃ、印象に残りませんから。少しでも記憶に残る紹介のされ方をしてもらったほうが、その後の取材に役立つんです」

 暗に紹介が下手だと言われ、口をつぐむ。確かに饒舌とはいえない俺が、それぞれのクルーに対して適当な紹介をその場でできるかは怪しい。クレインに再会できるかどうかばかり考えていて、会ったときの船員の引き合わせについては考えていなかった。とっさに出来るほど器用ではないから、予め想定しておく必要があるだろう。


 ミノリには、教えてもらうことばかりだな。


「オウルさん、何か言いましたか」

「いや、なんでもない」

「えー、なんかいいことを言ってた気がするんですけど」

「聞こえてるじゃないか」

「やっぱり、何か言ってたんですね!」

 もういいだろう、という思いをこめて俺は片手で近寄る彼女を追い払う。


 彼女には、色々な意味でかなう気がしない。

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3方向の片道通信 水涸 木犀 @yuno_05

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