障魔時空 突撃艦『空我』

関谷光太郎

第1話

 突如、人類の内省ないせい世界に現れた『第六天魔王だいろくてんのまおう』により、内宇宙が顕在化。現実の地球を呑みこまんと拡大を続けていた。


 いち早くその予兆をとらえていた複数の国家が協調して、人類防衛機関『蓮華れんげ』を設立。『第六天魔王だいろくてんのまおう』に対抗するため『霊的内燃機関れいてきないねんきかん』を主動力とした戦闘艦を開発する。


 その名は『障魔時空こうまじくう 突撃艦とつげきかん』。


 変質をげた宇宙において、既存きぞんの物質で作られたものは進入さえできない現実を前に、霊的なエネルギーを帯びた物質を開発。その部品によりエンジンと船体を構築した新機軸しんきじゅくの宇宙戦闘艦だ。これにより、潜在意識の集合体である内宇宙への航行が実現し、『第六天魔王だいろくてんのまおう』への攻撃が可能となったのだ。


 迫る地球の滅亡。


 内宇宙『障魔しょうま』拡大を止めるため、『蓮華れんげ』による地球存亡の戦いが始まった。


 その──八ヶ月後。




霊波臨界点れいはりんかいてん突入!」


障魔時空しょうまじくう 突撃艦とつげきかん、『自在天じざいてん』消滅!」


 感応スクリーンに映し出されたのは、宇宙空間に波紋を広げるエネルギーの膜だった。その波紋に進入した突撃艦がたった今粉砕されたのだ。


「続けて『玄武げんぶ』が進攻。煩悩破壊砲ぼんのうはかいほうの集中砲火で突入を試みます!」


 キャプテンシートに身を収めた初老の男は、ギラついた瞳を見開いた。


法力ほうりき注入。自戒じかいパルス全砲門開き『玄武げんぶ』を援護射撃せよ!」


 総力戦である。


 今まさに、『突撃艦隊』は最終決戦ポイント『阿頼耶識あらやしき』へと達していた。


 ここへ至るまでの間に、七つの深層意識帯しんそういしきたいを突破する必要があった。


 眼識げんしき耳識にしき鼻識びしき舌識ぜっしき身識しんしき意識いしき末那識まなしき


 これらを突破するために100隻あった『突撃艦』の半数以上を失うことになってしまった。


 そして、深層意識しんそういしきで最も深いところにある八番目の「阿頼耶識あらやしき」が艦隊の行く手をはばんでいるのだ。


 自戒じかいパルス砲が宇宙空間の波紋に虹色の歪みを生じさせる。この膜の緩みに乗じて突撃艦『玄武げんぶ』が煩悩破壊砲ぼんのうはかいほうの威力を頼りに突っ込んでいく。


 しかし、次の瞬間には『玄武げんぶ』の船体に亀裂が走り、強烈な発光と共に蒸発してしまったのだ。


「『玄武げんぶ』蒸発!」


 初老の男がキャプテンシートを立ち上がる。


「ダメだ。このままでは勝てない!」


 警報が鳴り響く。


 艦隊損耗率かんたいそんもうりつは既に50パーセントを超えている。これ以上、闇雲に突撃しても難攻不落の『阿頼耶識あらやしき』を突破するのは難しい。


『聞こえますか、キャプテン 浦島?』


 立体音響共鳴器からの声は、突撃艦『持国天じこくてん』キャプテン サタジットだ。


『これまで七つの深層意識帯しんそういしきたいでも、ひとつひとつに二、三隻の犠牲を伴いましたが、こいつはさらに多くの犠牲を必要としているようです』


「残された艦隊を、敵は是が非でも通さないだろう」


『しかし、まだ諦めるには早すぎます』


「どういうことだ?」


『これまでの犠牲で、『阿頼耶識あらやしき』の構成要素が解りました』


「本当か」


 サタジットはある画面を転送してきた。


 まるで宇宙空間の組成図のようだったが、よく見ると違う。空間の揺らぎを背景にして、力場の塊が奥行きを持って整然と並んでいるのだ。


 それは複数の力場が、ある領域を守るように広がっている光景に見える。


『これが解りますか?』


「これは……曼荼羅まんだらか!」


『その通りです。人が死に至るまでの行程が八つの深層意識しんそういしきたいの正体だとして、最終行程である『阿頼耶識あらやしき』の構造はこれまでの一層構造ではなく、複数の層で構成された『曼荼羅まんだら』として機能しています。『曼荼羅まんだら』は最強の防衛形態です。ですが、突破する方法がないわけではありません』


曼荼羅まんだら』の構成が画面に映し出される。


 複数の層が磁場の薄い膜を形成していた。


『磁場の膜は20あり、その先の21番目に『第六天魔王だいろくてんのまおう』が存在しています』


 その数字は、残存する艦隊の数と同じだった。


 キャプテン 浦島は、サタジットの考えを悟って表情を強ばらせる。


「それは、いかん」


『いえ。これしか方法はありません』


「犠牲を前提に作戦は立てられん」


『いえ。これまでにも地球を守ろうと多くの犠牲を伴いました。彼らはこの最後の局面に至ることを目指し戦ったのです。その想いを無にはできません』


 残存する20隻の『突撃艦』が整然と陣形を整えはじめた。『持国天じこくてん』を中心に共有された作戦プランが実行に移されたのだ。


『全艦、プラン共有し配置完了。旗艦『空我くうが』からの作戦命令を待つ!』


 サタジットの有無をいわせぬ言葉に浦島は決断を迫られた。


 20ある防御膜のそれぞれを、20隻の『突撃艦』がひとつずつ担当し、艦もろとも破壊する。その陣形は、防御膜の間隔に合わせて艦の位置を微妙にずらしたまま、全艦一斉に『阿頼耶識あらやしき』への突撃を敢行するためのものだ。そして、最後尾に着いた旗艦『空我くうが』が『第六天魔王だいろくてんのまおう』を撃つ。


 長い沈黙の後、浦島の声が響いた。


「全艦突撃! みなの想いは旗艦『空我くうが』がすべて拾いあげてみせる!」


 号令一下、全艦が一糸乱れぬ突撃を開始した。


「突撃艦『帝釈天たいしゃくてん』消滅!」


「『毘沙門天びしゃもんてん』に続いて『阿羅漢あらかん』消滅!」


 次々と犠牲となった艦名が報告される。その度に、ひとつずつ防御膜が失われていく。


 やがて20番目に達した時、ふたたび『持国天』キャプテン サタジットから通信が送られた。


『勝利を確信し、旗艦『空我くうが』の健闘を祈る』


 万感の想いを込めて浦島以下『空我くうが』全乗員が敬礼する。


 閃光が『空我くうが』艦橋を照らしだした。


 突撃艦『持国天じこくてん』の消滅により、最後の難関『阿頼耶識あらやしき』の磁場が崩壊した。


 そして尊い犠牲者の上に、ついに『第六天魔王だいろくてんのまおう』が眼前に姿を現したのだ。


 暗黒の闇がとぐろを巻いている。


仏力ぶつりき注入準備」


 キャプテン 浦島が口を開く。その目は暗黒の中心で揺らめく小さな光点を捉えていた。


「全出力を船首『久遠砲くおんほう』へ。照準を暗黒空間中心部の光点に合わせ!」


空我くうが』艦内の照明が落ち、代わりに赤色灯が浦島の表情照らす。


 出力注入音の高まりに同調するように、照準の固定が完了した。


 21回目、最後の攻撃である。


 艦首へと送られる最大限のエネルギー。しかし、さらにそれ以上のパワーが外部から流れ込んでくる。


「キャプテン 浦島。仏力ぶつりき注入が限界点を超えなおも上昇中。計測不能です!」


 浦島は全身に感じていた。これまでに散った人々の想いがエネルギーとなって『空我くうが』に注がれていることを。


 みな、共にかん。


「艦首『久遠砲くおんほう』発射!」


 膨大なエネルギーの奔流が暗黒の空間に突き刺さった。『久遠砲くおんほう』はその中心部にあった小さな光点をも巻き込んで『第六天魔王だいろくてんのまおう』を粉微塵こなみじんにに破壊したのだ。


 空間に呪詛の響きが満ちた。魔物の断末魔の声である。


 我らは勝ったのだ。


 地球防衛機関『蓮華れんげ』から、地球を呑み込まんとしていた『障魔しょうま』が縮んでいくとの報が入るや、『空我くうが』艦内に歓声が上がる。


 キャプテン 浦島の頬に一筋の涙が落ちるころ、『第六天魔王だいろくてんのまおう』の消滅を示すように煌びやかな光が流星となって四方に散った。


 浦島は、次々と無尽蔵に散っていく流星の美しさに、これこそが『九識心王真如くしきしんのうしんにょみやこ』と呼ばれるものだと確信した。


 やがて、流星の輝きに溶け込むように現れた、『阿頼耶識あらやしき』攻略に散った20隻の突撃艦乗員の姿。サタジットをはじめ多くのキャプテンと乗員たちの笑顔がそこにあった。


 いや、そればかりではない。ここまでに犠牲となった79隻の突撃艦乗員。さらにははるか過去に亡くなった人々の姿が重なって突撃艦『空我くうが』をとりまいた。


 ゆっくりと浦島が敬礼する。


 続けて艦内の乗員全員が敬礼するころ、亡くなった人々はあらゆる方向へ流星となって飛び去っていく。


 それは新たなる転生の地を目指しての旅立ちのようであった。


九識心王真如くしきしんのうしんにょみやこ』。


 本来ならば、絶対に生きた人間には識ることのできない空間である。『空我くうが』乗員は『第六天魔王だいろくてんのまおう』撃退と共に、人類史上初めて『死に至るまでの意識界』を見たものとして後世に名をとどめるだろう。


 薄れつつある『障魔しょうま』と入れ替わりに、通常の宇宙空間が蘇りつつあった。


 霊的エネルギー素材で構成された艦船での航行が不可能になる前に、急いで帰還しなければならない。


「船首反転、ヨーソロー。地球へ向けて全速!」


 キャプテン 浦島が叫んだ。


 亡くなった仲間たちの生命が、何処かの地で転生することを願いながら、突撃艦『空我くうが』は地球帰還への進路をとった。

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障魔時空 突撃艦『空我』 関谷光太郎 @Yorozuya01

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