二人の21年目

青キング(Aoking)

二人の21年目

「これからどうするんだよ?」


 米倉が丸盆から猪口を手に取ると、旧来からの友人である新島から唐突に問いかけられた。

 米倉と新島は二人で広告会社を営んでおり、今は会社創業21年目を祝って米倉の自宅の縁側で杯を交わしている。


「これからって?」


 米倉が訊き返すと、新島は猪口を突き出しながら言う。


「会社の将来だよ。俺たちが設立した当初とは違い、流行や常識が変わってきてるだろう? 今までのやり方じゃ将来危ないんじゃないか?」

「だろうな」


 納得を声を出して盆から一升瓶を取り、新島の猪口に注いだ。

 新島はサンキューと言い、猪口の中の酒を一口で呷る。


「何にも考えてないわけじゃないんだろう?」

「まあ、な。でも中年の感性で現代に通用するかどうか不安でな」

「弱気なこと言うなよ。こっちまで不安になるだろ」

「そういう新島はどうなんだよ。この先、何かプランでもあるのか?」


 自分ばっかりに押し付けるな、というニュアンスで米倉は尋ね、猪口を呷る。

 新島は斜め上に視線を上げて考える風な表情になる。


「そうだな。プランといえるほどのもんでもないが……」

「何かあるのか?」

「至極簡単な話なんだけよ。若い人を雇うっていう手もあるかなーっと思うわけ」

「なるほど。確かに簡単な話だ」


 新島の意見を認めるも、とはいえと付け足す。


「新しい人を雇うとなると、売り上げも今までより増やさないといけないだろう。それにただ若いだけじゃ無駄金を払うことになる」

「雇用する人材も大切になるわけだな」

「お前ぐらいに割合安定して仕事を取ってくれる人ならいいが、感性はよくても仕事を取れないんじゃ困るし、仕事を取ることは上手くても広告が作るのが下手だと、お前に負担がかかるだろ」

「そこはお前、新人の育成をするしかねぇよ」

「育つまでに会社が回ればいいが、育つ前に出ていかれると経営が厳しくなるだろ」


 難しいというように眉をしかめて一升瓶から猪口に注ぐ。


「お前、なにかと反対意見ばっかりじゃないか。会社を良くするには多少のリスクは負うしかないじゃないか」

「そうはいっても、うちはリスクを負えるほど余裕がある会社じゃない。今まで安全で確かな経営でなんとか存続してきたんだ」

「新人を雇うぐらいで大げさな」

「大げさじゃないよ。新人を育てている間に潰れたら元も子もない」

「大きな仕事を取るようにすれば、少しは余裕も出るんじゃないか?」


 そう言い、空になった猪口に酒を注いだ。

 米倉は口に持っていきかけた猪口を中空で止め、猪口を揺らしながら思案する。


「どうもなぁ。最善の手っていうのがわからない」

「そんなものがわかれば、俺たちこんな風に小さな会社で営んでねぇよ。大企業の誘いを断って俺たちは自ら茨の道を選んだんだ。その時点で最善じゃなかったんだ」

「それもそうだな。とりあえず社員の募集でも掛けてみることにするよ。そうして目ぼしい人材がいたら初日から研修させて能力を図ることにするか」

「なんか色々と煩わしいな」

「仕方ない、会社のためだ。新入社員のことは俺が一人でやっておくから、お前は今まで通り広告の仕事をしていてくれ」

「俺だけ蚊帳の外かよ」

「好きでそうする訳じゃないよ。お前なら俺がどうこう言わなくても、仕事を完結させてくれる信頼から言ってるんだよ」

「ほー、ありがてぇ。頼りにされてんだな」

「当たり前だろ。信頼してなきゃお前と会社なんて作ってなかったよ」


 ははは、と互いに笑い合いながら、二人は同時に猪口を呷った。

 さて、二人の21年目はどんな年になるであろうか。

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