水平試行

人生

 あらゆる可能性を潰し、最後に残ったものとは?




「私は復讐代行者。君への復讐のため、私は君をこうして監禁している訳だが……」


 マスクとサングラスで顔を隠した何者かが語る。

 俺は椅子に手足を拘束され、目の前の机の上にはスマホが置かれている。そいつはそのスマホの画面上に映し出されていて、この部屋にはいない。


「復讐とは、君をただ殺すことよりも、痛めつけ殺し、依頼者の怨念を発散することで達成されるものだ。しかし、私は暴力を使わない。ここはフェアに行こう。復讐とは、時に一方的だ。逆恨みというものだね。つまり、なんだ、君には復讐を回避する権利がある訳だ」


 そいつは一方的に喋り続ける。俺はいろいろと騒ぎ立てたのだがまるで反応がなく、まるであらかじめ撮影された映像を見せられているような感覚を覚えたため今はもう口答えすることを止め、大人しくそいつの言葉を聞いていた。


 そいつの声は機械で加工されたもので、ニュース番組の匿名インタビューのそれといったらイメージしやすいだろう。男なのか女なのか、分からない。口調も平淡な印象で、それこそ台本でも読んでいるかのようだ。あるいは感情がこもらなくなるほどにその台詞を言い続けてきたのか。


「これから、私は君とゲームをする。それは水平思考クイズと呼ばれるものだ。知っているかな?」


 俺が黙って頷くと、そいつはどこか満足げに、「なら話は早い」と続ける。どうやらこれは映像ではないようだ。


「この場での独自のルールとして、質問と回答の権利は合わせて21回までとさせてもらう。それはつまり、君の年齢だ。君は一つの質問に、自分の人生一年分を賭けるつもりで挑んでもらいたい。質問には、それだけの重みがある。もしも21回の権利を使い果たしてもまだ解答に至らなかった場合、君には死んでもらう」


「……っ」


 猟奇的というか、サイコパスなのかこいつは?

 ひとを監禁して、問題が解けなければ殺す?

 というか、質問一つにつき人生一年とはいったいどういうことだ? 俺の寿命でも削るのか? それとも記憶を奪う? なんだそれは。



「では、問題を出題しよう。――彼女は、彼のために××キロ痩せました。しかし彼は振り返ってくれないどころか、他に新しい彼女をつくりました。それはなぜか?」



「……なぜかって……。質問するけど、××キロっていうのは?」


「質問は『はい』か『いいえ』、または『関係ない』で答えられるものにしてもらいたい。一つ忠告しておくが、女性に年齢と体重を訊ねるものではない」


 知ったことか。


「……彼女の体重が何キロかは、この問題と関係がある?」


「……『いいえ』。または『関係ない』」


 つまり、体重それ自体に意味はないのか? ――なんて、冷静に考えている自分に笑えてくる。もう混乱し喚き散らすフェーズは過ぎているのだ。


「一度目の質問をしたな。君は自分の人生の、その一年をそこに費やした」


「…………」


「振り返ってみたまえ。生まれてから一年では記憶もないだろうから、今から一年前だ。走馬灯のように、振り返ってみたまえ」


 一年前――何をしていたか。思い出せない。


「……『彼女』は、太っていたのか?」


「『いいえ』。……二年前、君は何をしていた?」


 もっと思い出せない。


「……『彼』が振り返らないというのは、恋愛的な意味でか?」


「……『はい』。または『関係ない』」


「は……?」


 返事に間があったな。そういえば、一問目もそうだった。何か、返事に困るような質問だったのか?


「三年前、君は、」


「新しい女というのは、『彼女』とは別に、付き合っている女がいるということか?」


「『はい』、または『いいえ』」


「はあ……?」


 何なんだ、さっきから。回答になっていないぞ。

 それとも――


「お前の回答は、お前個人の見解が含まれているのか?」


「『はい』」


 それって、問題としてどうなんだ? フェアじゃないだろ。


「五年前、」


「うるさいな――」


 何年遡ろうと――いや、そうじゃない。

 過去なんて、どうでもいい……。

 たぶん未来も――自分の命も、どうだっていい。

 だからこうして、


「そもそも、『彼女』は『彼』に振られたのか?」


 比較的冷静に質問ゲームを続ける。


「『はい』、または『いいえ』」


「またか――」


 とにかく、可能性を吟味してみよう。こういうのは可能性を潰していき、残った事実から真実を明らかにしていくものなのだ。


 まず、この問題の登場人物は三人。『彼女』と、それを振った『彼』と、『彼』と新しく交際を始めた『彼女2』――

 しかし、『彼女』が振られたかどうか、『彼女2』と交際しているかどうかは、この出題者からすると定かではない、と考えるべきか。


「そもそも……『彼女』と『彼』は付き合っていたのか?」


「『はい』」


 返事に間がない。これは確定的な事実か。

 付き合っていたにもかかわらず、彼のためにダイエットしたにもかかわらず――なぜか、振られた? 男が他の女に目が行ったんじゃないか? それとも、新しい女の方が男を狙って?


「ダイエットは、美容のためか?」


「『はい』、または『関係ない』」


 これはダメな質問だった。問題とは関係ない、ダイエットという行為そのものについて回答された恐れもある。


「……『彼女』は、ダイエットしていたのか?」


「『いいえ』」


 ……じゃあなんのために痩せたんだ? まあ痩せる理由といえば、身体を細くしたい、きれいに見せたいという理由からだろうが……。


 そもそも、この問題の趣旨はなんだ? 『彼女』が振られた理由か? 『彼』が他の女を選んだ理由か?


「『彼女』が振られた理由は、この問題と関係あるか?」


「『はい』」


 振られた理由は問題と関係があるが、「振られたのか?」については「はい」と「いいえ」両方の回答があった。もう訳が分からない……。


 ……待てよ。


「振られたと思っているのは、『彼女』だけか?」


「『はい』」


 いよいよ分からなくなってきた――交際しているのは事実なのに、「振られた」と思っているのは『彼女』だけで、恐らく『彼』には振ったつもりはない……。


「回答する。彼には浮気癖があって、『彼女』と二股をかけていた」


「『いいえ』。――不正解だ。これで君の権利は一つ消失する。残る九回だ」


 九回。もうそこまできたか。いよいよ焦りから思考が乱れてきたぞ。


「この問題の登場人物は三人か?」


「『はい』」


「それは男一人、女二人か?」


「これは二つの質問になるが、それでもいいなら回答する」


「いや、いい……。もっと他に訊き方があった。登場人物は、人間か?」


「『はい』。または、『いいえ』」


「!」


 来たぞ――三人のうち、誰かが人間じゃない!


 ふとした思い付きが、思わぬ情報を引っ張り出してきた!


 それは一人か、二人か……。

 どう回答すべきか……振られたつもりになっている『彼女』のことを考ると――


「回答する。『彼』と『彼女』は交際していたが、『彼』は別の女、つまりペットに夢中になって『彼女』に構わなくなったんだ。それで『彼女』は自分が振られたと思った」


「『いいえ』。不正解だ」


「くそう……」


 いい線いったと思ったのに。

 しかし、ペットじゃないならなんだ? それともペットという線で進めるべきか?

 いや、そもそも動物がいるとすれば、「登場人物はか?」という質問にも「はい」と「いいえ」両方があったはず。失敗した……。


 というか――三人いるのは確定なのに、一人または二人が、人間じゃない?


 ……フィギュアとか? アニメや漫画の二次元のキャラ?


「……女性の中に、生物はいるか?」


「『はい』、または『いいえ』」


「これだ――」


 男女が交際しているのは確か。新たに現れた女の方に謎がある。だから女性二人のいずれかが人間ではないと仮定したのだが――当たったようだ。今思いついたが、逆の……『彼女』は人間だが、『彼』と『彼女2』の方がキャラクターという線もあった。

 ともあれ、残り四回の権利で絞り込んでいこう。


「新たに現れた『彼女』は、生物か? つまり肉体を持った、三次元の人間か?」


「『はい』」


「は……?」


 そっちが?


 つまり、痩せた方の『彼女』が……人間じゃない?


 あと三回だ。どうする。人間じゃないのに痩せた? 身を削ったとかそういう比喩か? 彼氏に貢ぐために、とか? いや人間じゃないんだぞ。というか人間じゃないってなんだ。ここにきて謎が深まっ――



「まさか、彼女は……『痩せている方の彼女』は――死んでいる、のか……?」



「『はい』」



 じゃない。


 おいおい……いかれてんだろ。

 つまり、痩せたというのは――体重からだをなくした、ということか?


「その子は、自殺したのか?」


「『はい』、または『いいえ』」


 次が21回目だ、と――



「俺が殺したって言いたいのか!?」



「それが回答か?」



「違うだろ! 俺はお前あいつに殺されそうになったんだ……! それで記憶を失くして――そうだよ、……!」



 俺は記憶を失っていた。殺されかけたからだ、付き合っていた彼女に。その後遺症で――


「復讐代行だと……!? あいつの家族か誰かなのか……!? ふざけるなよ――俺はまだ生きたかったんだよ! 余命一年でも、あいつと――それなのに心中しようだなんて――」



 ……そうか、俺は生きたかったのか。


 人生なんてどうだっていいと思っていた。

 記憶を失ったのも……どこぞの屋上から身を投げたというのも、過去がロクでもないものだったからだと思っていた。


 しかし、事実は……俺が聞かされていた、オブラートに包まれた「事実」とは違っていた。


 復讐というなら、俺があいつにしてやりたい。

 どうして、勝手に死んだんだ。


「お前は、誰だ――いや、最後の、21回目の――回答だ」



 お前の、正体は――



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水平試行 人生 @hitoiki

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