21回目の幸せ

ユラカモマ

21回目の幸せ

 クイズ、20回目が最高に盛り上がってそれ以降ガンガン祝われなくなってくることは? …正解は誕生日である。菜々美ななみは一人「タムタム☆キングダム」の映画パンフレットを抱えながら映画館内の椅子に腰かけて開演を待っていた。美容院でやってもらった軽やかなハーフアップと新品の落ち着いたピンクのワンピースは気合いが入っていてさながらデートのようにも見えるが残念、お一人様である。それらは誕生祝いとしていつもより増額された仕送りで菜々美がセルフ誕プレとしてあつらえたものだった。そしてこの映画も誕生日が日曜日に被って学友から当日直接祝ってもらうことができなくなった自分を慰めるための企画である。しかし周りはカップルだの家族連れだのでわいわいしており何となく居たたまれない。

(そもそも今日は運がなかった)

 電車は遅延し道を歩けば信号にひっかかった。終いにはエレベーターの扉も目の前で閉まる始末で本当はもう1つ前の映画を見る予定だったのに映画館に着いた時にはそれは既に始まってしまっていた。次の映画まで2時間半、家まで往復1時間、一旦帰っても良かったが足が痛くて一度家に帰ってしまうともう外に出る気力がなくなる気がして映画館で待つことにしたのだ。それにそれでまた次の映画にも遅れてしまっては今日が終わってしまう。

(タムタム☆スターのぬいぐるみも欲しかったけど)

 やいやい盛り上がっている男子グループが抱えている大きなゲーセンの袋が目に留まる。袋からは一抱えのサイズぬいぐるみの丸い頭がのぞいている。予定では映画の後ゲームセンターに行って成功するまでクレーンゲームに挑戦するつもりだった。映画に合わせて置かれたクレーンゲームのタムタム☆スターとマムマム☆モミーのぬいぐるみ。映画の衣装を着ている今だけの限定商品だ。だけど今やっても取れる気がしないというか、もう気力が尽きたから行かない。今日はもうただ平穏に映画を楽しんでおいしいものでも食べて帰りたい。はぁとため息が漏れる。大人になると誕生日もこんなものかと思ったとき、奇跡が起きた。

「あれ、菜々美先輩デートっすか? かわいいっすね」

 最近気になっている1つ下の後輩が現れ、その上かわいいって! 落ちていたテンションが上昇気流に乗って吹き上がる。

「え、森下くん? 違うよ、デートじゃないよ~。そもそも私彼氏いないし。今日は誕生日だったから張り切っちゃっただけ」

「え、マジっすか?! おめでとうございます! えーと、何かないかなぁ、あ! 先輩、タムタム☆キングダム好きっすか? 俺の姉も好きでガチャガチャ引いてこいって頼まれてたんすけど被ったんすよね、良かったら貰ってください」

 さすが森下くん気遣いができる。別におめでとうだけでいいのに~、などと返そうとしながら差し出されたものを見て目を見開いた。

「こ、これはタムタム☆スターのよせこいスターバージョンキーホルダー?! え、森下くんこれ被ったの? すごい!」

「いや~、めっちゃ引いたんで…喜んで貰えたようで何よりっす。」

 熱くなってついはしゃぐと森下くんは目をそらしながらも頬を染めて笑った。そのまま何か口ごもるがあいにくと入場開始の放送がかかる。

「あ、先輩これからっすよね、じゃ俺もチケット買ってこないといけないんで失礼します」

「うん、また明日ね」

 バイバイと逃げるように去っていく森下くんを見ながら菜々美はくすりと笑う。手にはタムタム☆スターのキーホルダー、今ならこの子とどこまででも歩ける! そう思いながら菜々美は軽い足取りで入場ゲートに向かっていった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

21回目の幸せ ユラカモマ @yura8812

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ