第4話 小説家(4)
四月上旬。
朝日が昇ってしばらくしてからの頃、俺はまだ完全には咲ききっていない桜が路脇に立ち並ぶ坂をひたすら歩き続けている。この坂を上るのは今日で三年目になった。二年という長いようで短い時間に感慨にふけりながら俺は歩くたびに痛む箇所を見つめた。
あの雨の日、十日ほど前に負った右足首の捻挫は一向に治る気配はなさそうだ。最初は病院に行くほどでもないだろうとそのままにしておいたが次第に痛くなってきているので心配になってきた。
痛みで立ち止まりふと周りを見てみると、まだピチピチで初々しい制服を着たばっかりの新入生がこれから送る新生活に胸を膨らましていた。それを見て、今朝同じように入学式がある未玖が新品の制服を着てウキウキで家を出て行ったのを思い出しふと笑みがこぼれた。あの父親も一応保護者として入学式に出席するらしく、普段は絶対に着ないようなスーツで出かけていった。
俺は俺でいよいよ高校三年生となり受験生としての自覚を持ち始めるようになった。大学に進学すべく特にここ最近ではバイトのシフトを増やして、生活費や高校の授業料とともに進学の金も稼ぐのに必死である。そんな忙しい毎日を過ごしながらも、何かが変わるかもしれない、そんな期待がしてきて俺は猛烈に奮い立っていた。
だが、そんな期待と平穏を裏切るかのように突然何者かが俺の背中をドンと叩きやかましく話しかけてきた。
「堂島!おはよう!」
朝っぱらからでも元気はつらつで甲高い女性の声を聞いた俺は瞬時にその声の主を認識し文句を言おうとした。
しかし背中の衝撃に対して何とか踏ん張ろうと試みたが、あえなくそのまま前傾姿勢で倒れ込んでしまった。
「あわわわわ、、、大丈夫?」
うつ伏せで倒れた俺を見て彼女は慌てて俺を立たせようとする。
「ちょっとちょっと、痛い、痛い!」
彼女は無理やり俺を引き上げようとするので、足に激痛が走り強く言葉を発してしまう。
「そんなに強く叩いてないじゃん。」
「右足を捻挫してるんだよ。丁寧に扱ってくれ。」
そう言いながら俺が痛む箇所を手で押さえるとすぐに彼女は青ざめた顔をした。
「本当!? ごめん、全然知らなかった。なんでけがしたの?」
「色々。」
「病院は行ったの?」
「いや、面倒くさいし行ってない。」
「行かなきゃダメだよ! 骨折してるかもしれないよ。」
「骨折してたら歩けねえよ。」
「放課後一緒について行ったあげようか。」
「別にいいよ。」
「あ、分かった。病院行くの怖いんでしょ。あらやだやだ、高三にもなって恥ずかしいわね~。」
「ちげえよ! しかも今日もバイトあるし行けねえよ。」
ショートヘアの彼女は天真爛漫な性格の持ち主で俺がどんなに面倒くさそうにあしらっても相変わらずのテンションで話しかけてくる。しかもちょっと忘れっぽく、こういう人間とはトコトン合うことはないだろうに。
ところで、ここでこの「彼女」というのは実は人称代名詞ではなくそのままの意味を示す。つまり現在訳あって俺たちは付き合っていることになっている。そうなって「いる」のであって、俺はあまり好きじゃないのだが。
そんな風に思い笑顔を絶やさない彼女を見ていると再び後ろからドタバタとうるさい足音と同時に背中を思いっきり叩かれた。
叩かれた衝撃を吸収しながらとっさに後ろを振り向くと、これも同様俺が毛嫌いしている茶色で短髪の友人、同時に彼女の暦こよみの幼馴染みでもある浩二ひろじがそこにいて話しかけてくる。
「ちょっと、お二人さん。付き合ってるのは良いんすけど始業式の朝からイチャイチャは辞めてもらって良いすか。」
「ちょっと、浩二! 大きな声でそんなこと言わないで!」
彼女は顔を真っ赤にしてそいつを助走を付けて思いっきり殴ろうとした。とっさに浩二はそのパンチを身のこなしよく華麗によけながら、再び先の衝撃で前傾姿勢で倒れ込んでいる俺に話を続ける。
「でもよ~ジマ。イチャイチャもほどほどにな。お前が暦と付き合ってるのがばれたら他の女の子皆がっかりしちまうぜ。」
ジマとは俺の堂島どうじまの「じま」から来ているあだ名だ。もっともこの名前で呼ぶのはこいつだけだが。
「なんだそれ。しょーもねー冗談言うな。」
俺は体の痛む場所を押さえながらゆっくりと立ち上がりにやにやと笑う浩二をにらんだ。俺らは歩きながら互いにバチバチと火花を散らす。
「ジマほんっと鈍感だもんな。気づかないもんかね。お前女の子からすんげえモテてるのによ。」
「全然モテてねえよ。」
「じゃあ、今年のバレンタイン何個もらった。」
「、、、4、5個ぐらいか?」
「だろ? 普通の男子高校生じゃ一個も貰えないっつーの! 噂になってたぜ。」
「知らねえよ別に。全部妹が食ったし。」
「え、待って堂島?私があげたチョコも妹ちゃんが食べたってこと!?」
聞き耳を立てていた暦がすかさず割り込んでくる。
「ああそうだけど。」
「なんで、食べてくれないのよ!!」
「悪い。ほしがってたし。」
言い終わる前に暦は涙を浮かべながらぽかぽかと俺の腕を殴る。
「しかもジマ。ホワイトデー返してないらしいな。」
「ああ。」
「そうそれ! お礼ももらってないよ私!? 普通返すくない!?」
「分かった、分かった。今度暦だけ渡すよ、、、。」
「本当!? マジで!? 一気に機嫌直っちゃった! 私チョーうれしい! 絶対楽しみにしとくね!」
「ジマ、暦の扱い方うまいな。」
浩二がニヤニヤと笑っている。
「だろ。」
「は? 何それ? 私を動物みたいに扱わないでくれる?」
「なあ暦。幼なじみだから言えるけどお前よくそういう性格でモテモテジマ君と付き合えたよな。どういうテクニック使ったか教えてくれないかよ。」
浩二は相変わらずヘラヘラとしながら暦に近寄った。暦は浩二をにらむ
「どういう意味!?」
「めっちゃ告って何回もフラれまくって、それでも諦めず告り続けてやっとジマがOK出したんだろ。本当はジマは別れたがったりして。」
「、、、、、、、、、、。」
そう言われると暦はあからさまに悲しんだ顔を見せうつむいてしまった。わずかに見えたその悲しい目は俺ははっとされながらもすぐに浩二に言い返させた。
「それはひどいぞ浩二。謝れ。」
「じゃあ答え合わせしようぜ。ジマは暦のこと、本当に好きか。」
「、、、、、、、、、、、、、」
俺は暦と同じように言葉を失ってしまった。別に好きじゃないと言えばそれはそれでお終いなのだが暦を傷つけるようでそうは問屋が卸さない。とはいえ、好きというのも自分に嘘をついてるようで言いたくない。浩二の顔を見ると浩二はこの修羅場を笑いながらも行く末をきちんと伺っている。
嫌な沈黙が続く。俺はもう一度暦の方を向き彼女の顔を確認した。彼女の目にはあふれんばかりの涙が今にもこぼれようとしていた。それを見て覚悟を決めた俺は沈黙を破るようにつぶやいた。
「別れたくは、、、ない。」
再度沈黙が続く。今度は二人ともの顔を見ることは出来なかった。
すると、浩二は急に声をあげて笑い出してしまった。腹を抱えて大笑いしながら言う。
「ははははは、OK、OK。なるほどなるほど。なーんでこんな根暗インキャがモテるのかわかった気がするわ。」
「あ?なんだよそれ。」
俺は怒りがこみ上げてきた。足を止め浩二を猛獣が獲物をとるような目つきでにらむ。浩二は相変わらずヘラヘラと笑っていた。
「悪かったよ。今までのは冗談だよ、冗談。でも、やっぱりこれだけはよく覚えとけよ。お前らが付き合ってるのが周りに知れ渡ったら多方面から反感買うってことだけな。」
浩二はまいったと言いそうな感じで両手を挙げて降参のポーズを取りそう言葉を残すと、一人で一足早く学校へ走っていった。
俺は浩二の姿を最後まで目で追い見えなくなると思いっきりため息をついた。暦の方を見るとまだうつむいたままだった。俺は無言で暦の腕を引っ張り学校へと歩く。その道中で俺はあの「目」を思い出した。
どこか悲しげな目をしていた。その目を持つ者はSOSを求めているようだが上手く自分では言葉に表すことが出来ず誰かが助けてもらうのをただ待っているようだ。終いには、そのまま誰にもかまわれなければ悲しみに暮れたまま死を受け入れるのじゃないか。
だが不思議とその目に嫌悪感は覚えていないのだ。なぜなら俺は一回や二回見ただけではないからである。幾度もその目を見たことがあるきがするのだ。そう、何度も、身近にあるような感じがする。
考え事をしながらしばらく歩いていたが、黙っていた暦は突然俺の腕を振りほどき立ち止まった。慌てて足の歩みを止め暦の方へ振り向く。暦はぐっと顔を上げ口を開いた。
「堂島にとって、、、私はいらない人?」
暦はこちらがなんて返答するのかをじっと見てくる。
俺は急にそんなことを言われ思わずためらってしまった。なんて返せばいいのか分からない。一呼吸置いてゆっくりと答えを探りながら話を続ける。
「そんなわけねえよ。」
「本当?」
「ああ。」
そう答えるとまた暦は黙ってしまった。俺は必死に自分が出した答えが正しかったか頭の中で考えていた。ぐるぐると思考が脳を駆け巡りいまや俺の脳はパンクしそうになっていた。すると暦はぼそっとつぶやいた。
「嫌なら、別れてもらっても全然いいよ、、、、。」
暦はそう言うとにへっと笑った。しかしそれは誰がどう見ても作り笑いをしていると分かるものであった。
俺はそう言われると尚返答に困ってしまった。一体なんと答えるのが正解だったのか、俺にはさっぱり分からない。相手に寄り添いつつも自分に嘘をつかない形で収拾する、、、、、、。勿論そんな高等テクニック俺は兼ね備えてない。俺はもうそれ以上口が動かなくなってしまった。
「返事まってるからね。」
暦は俺にそう告げると学校へ歩き始めて行った。俺はその場で立ち止まったまま暦の姿をただじっと見つめるほかなかった。
桜の匂いを乗せた強い春風が俺の体を吹き抜ける。風に当たると同時に全身が冷たさに包まれた。気がつくと体中から汗が滝のように出ており全身がびしょ濡れになっていた。その感覚を感じると俺はあの日のことをまた思い出すのであった。
あの悲しい目をした「少女」の元に行けば何か分かるかもしれない。
急いで汗を拭うと他の者と同じように足並みをそろえて再び学校へ向かい始めた。
体売りの処女 ケイホー @keiho0326
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