すさびる。『二十一回目のプロポーズ』

晴羽照尊

二十一回目のプロポーズ


 生まれて初めてしゃべった言葉は「すき」だった。そんな私は、成長するにつれ、王子様のような男の子と運命的な出会いをし、感動的な告白をされてメルヘンチックな恋愛をするのだと、べつに思うことなく育った。


 わりかし言葉の覚えがよかった幼児期の私は、一歳になるころにはプロポーズまでこなしていた。


「けっこんすゆ」


 積み木を投げつけられた。まああいつはまだしゃべれなかったからな、仕方がない。


「ゆいちゃんおよめさんにしてあげようか?」


 二歳になる前のことだ。私はすでに丁重にお断りできる言語能力を有していたけれど、痰を吐いて応えた。これが反吐というやつか。


「えーしくん、わたしはゆーりょーぶっけんだと思うの」


 どうだ、漢字で表記すべき滑舌を発揮し始めている。これで二歳そこそこなのだから、私ってすごい。優良物件だ。

 今世紀最大の嫌な顔をされた。世界の終わりを垣間見れるとは幸福な野郎だ。


「ゆいちゃんすき。けっこんしよう」


 どストレート! ちょっとキュンってきた。その胸の高鳴りのせいでジュースを零して、まあ、お流れになったのだけれど。これが三歳のころ。


 んで、まあ、年に一回くらいそういうことが続いて、なぜだか私たちはそれをゲームのように楽しみ始めていた。少なくとも私はね。彼の気持ちなんぞ知らん。


 小学生のころはなんでもなかった。このプロポーズは人前でやることでもなかったし、からかわれるようなこともなかった。小学生は浅いですから。


 中学生になって、一回だけ彼から、放課後の屋上で大声でやられた。んで、聞かれた。クラスのみんなに。学校のみんなに。なんなら先生たちにも。もちろん断った。大声で。


 からかわれ続けた中学生を終えて、お互いに違う高校へ。でも、お互い住んでいた団地は離れていなかったから、顔はよく合わせたし、プロポーズも続いた。


 高校三年生の卒業式。私と彼の学校では式の日が違ったから、私は彼の卒業式で待ち伏せて、そこな女子どもを跳ね除け第二ボタンをもらった。というか奪った。初めての唇とともに。彼の彼女にぶん殴られた。彼と彼女は別れた。


 同じ大学へ進んだ。私の言語能力はとっくに一般以下に均されていたけれど、言語学部へ進んだ。彼は薬学部だ。同じ大学だけれど、顔を合わせることは少なかった。プロポーズは続いていた。


 彼は彼女を作らなかった。勉強が忙しいと言っていた。


 私は彼氏を作った。初めての相手は彼ではない、その彼氏だった。


 大学三年生になった。彼は大学に来なくなった。そのことに私は数か月もの間、気付けなかった。


「私はいつか、王子様のような男の子と運命的な出会いをして、感動的な告白をされて、メルヘンチックな恋愛をするんだ」


 病室に入るなり、私は言った。


「次、僕の番じゃなかったっけ?」


 彼は言った。困ったようにはにかんで。


えにしくんは、まあ、顔面すげ替えて、心を入れ替えればきっと、王子様と呼べなくはないだろうし、同じ団地の、お隣さんで、同じ年に生まれたのは、……別に運命って言っても、いいだろうし」


 声が震える。彼の顔が暗く陰るから。答えの解りきったプロポーズ。二十一歳の、私の気持ち。


「感動的な告白は、これから私が代弁するから。メルヘンチック――ってなんだよ、そもそも意味を知らねえよ」


 涙が、零れる。彼との未来を空想して、そしてそれが、もう決して届かないものだと理解して。

 彼のことなどどうでもいい。ただただ私が不幸で、泣けてくる。


「でも、なんでもいいから。お願い……私と……結婚してください」


 私は崩れ落ちた。感極まりが早すぎる。これはせめて、答えを聞いてからのはずだったのに。


ゆいちゃん」


 彼はベッドから抜け出し、私と一緒に、地に伏してくれる。私の顔を持ち上げて、視線を合わせて。


「ばーか。僕が結ちゃんと結婚するわけないだろ」


 にひひ。と、笑う。そして、挨拶よりも軽い、キス。

 ああ、これだけでいい。私たちの関係は、ずっとずっと、このままでいい。


 私はいひひ、と笑って、立ち上がる。


「んで、盲腸は大丈夫?」


「笑ったら割と痛い」


「ふむ、それはいいことを聞いた」


「え? ……って、うわっ! やめ……ひゃ、うひ……ってえ!」


 こうして私の二十一回目のプロポーズは、変わらずの撃沈で終わった。あーあ。やっぱりこの関係は、終わらないのかなあ?


 今年も、来年も、再来年も。十年先ももっとずっと、この先ずっと……。



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