二十一回目のお彼岸
来冬 邦子
おばあちゃんのお墓
それは
曾祖母とわたしの両親の眠る墓は、都内の古い寺町の、なかでも古いお寺の墓地にある。お寺の境内は
「
最近いつも機嫌の悪い祖母が、わたしを子どものように叱った。
「桜を見ていたのよ」
「言い訳しないの! 桜なんて珍しくもないでしょうに」
忘れてた。祖母は口答えすると火に油なんだっけ。
「あんたもいい大人なんだから、世話を焼かせないでちょうだい」
言いつのる祖母のこめかみに青筋が立っている。まるで般若のお面みたいだ。
「そんなにきつく言うものじゃないよ。なあ、彌通子」
背の高い祖父が祖母を穏やかになだめて、私に頰笑みかけた。
「あなたは昔っから彌通子に甘いのよ」
「もう、よせよ。せっかく三人で墓参りにきたんじゃないか」
祖母はフンとそっぽを向いて、さっさと歩き出した。祖父はわたしに拝む仕草をして後を追う。これから三人で食事をすると思うと気が滅入った。
わたしが二人の後から墓地を出ようとしたとき、いつからそこにいたのか、桜の木の下に、
わたしは我知らず、その人のそばに歩み寄った。
「あの子は昔はとても優しい子だったのにねえ」
小さなおばあさんはわたしを見上げてニッコリ微笑んだ。
あの子って、うちのおばあちゃんのことだろうか。
「彌通子ちゃんもそう思うでしょ?」
「あ、はい。そう思います」
「認知症ですって?」
わたしは一瞬息を呑んだ。どうして知っているのだろう。
「そうなんです。一昨年くらいから急に」
二十一年前、曾祖母と両親は同じ事故で亡くなった。
その後、一人っ子だったわたしを祖父母が引き取ってくれたのだ。
祖父も祖母もわたしが寂しい思いをしないようにと、心を尽くして育ててくれた。
とくに祖母は実の娘のようにわたしを可愛がってくれた。そんな祖母が認知症になってからは信じられないほどに人が変わってしまったのだ。
「本人が一番つらいだろうけどねえ」
この人は誰だろう。親戚だろうか。どこか見覚えがあるんだけど、わからない。
「彌通子ちゃん」
「はい」
「つらい思いをさせてすまないねえ。お父さんもお母さんも、毎日、彌通子ちゃんを心配しているのよ」
「え?」
父と母が、わたしを?
「お墓の中で、ですか?」
わたしが尋ねると、おばあさんはプッと吹き出した。
「違うわよ。誰があんな狭苦しいところにいるもんかね」
「そうですよね」
わたしも自分の言ったことがおかしくて笑った。
「あら、笑うとお母さんにそっくりだわ」
おばあさんが嬉しそうに目を細めた。
「あの、どちら様でしょうか」
まさか。そんなことって、あるわけないよね。
「忘れちゃったかな。もう二十一年も経つものね」
おばあさんはわたしの両手をとって、あたたかい手のひらで包み込んだ。
「わたしは
「ひいおばあちゃん? ほんとに?」
「はい。ほんとうですとも」
ひいおばあちゃんは嬉しげに頬笑んだ。
「どうして? どうやって来てくれたの?」
「可愛い彌通子が困ってるからよ。おばあちゃんのことはもう心配要らないからね」
ひいおばあちゃんは墓地の入り口でこちらを見ている祖父母を愛しげに見つめた。
「ゴメンね。もっと早く来たかったんだけど、二十一回目でやっと成功したのよ」
「二十一回目?」
「毎年一度はこの世に渡れることになっているんだけどね、ちょっと難しいコツが要るものでね。毎回失敗してたのよ。いやあねえ。恥ずかしいわ」
ひいおばあちゃんは頬を赤らめて笑った。
「コツって?」
わたしの質問にひいおばあちゃんは、もっと頬を染めた。
「あのね、長縄跳びなのよ。
「たいへんでしたね」
わたしも縄跳びは苦手だ。今から特訓しなくては。
「彌通子。なにグズグズしてるの!」
「ほら来たわよ。見ててごらん」
大きな祖父を引きずるようにして祖母が戻ってくる。
「彌通子、いったい、その人は――」
祖母は曾祖母を見つめて言葉を失った。
「――おかあさん」
「
ひいおばあちゃんがおばあちゃんを抱きしめると、おばあちゃんは、わっと泣き出した。
「よしよし。つらかったろう。かわいそうに」
ひいおばあちゃんは自分より背の高いおばあちゃんに腕を回して背中を何度もさすった。
「もう大丈夫。紗夜子の病気はおかあさんがあの世に持っていくからね」
ふと気がつくと、ひいおばあちゃんの体が透けてきていた。
「ひいおばあちゃん!、体が!」
「あらあら、そろそろ帰らなくちゃ」
それから、ひいおばあちゃんはおじいちゃんに頭を下げた。
「紀一郎さん、娘やひ孫を大事にしてくれて、ありがとう。ほんとうにありがとう」
「待って。ひいおばあちゃん。また会えるの? 会えるよね?」
わたしは今にも消えそうな袖にすがりついた。
すると、ひいおばあちゃんはふっと頬笑んだ。
「頑張ってみるわね」
そう言うと、春の夕霞にふわりと消えた。
< 了 >
二十一回目のお彼岸 来冬 邦子 @pippiteepa
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