逃走劇

きょんきょん

真夜中の逃走

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 深夜の住宅街を派手なヒール音を鳴らせわたしは走っていた。

 ヒールでランニングするほど酔狂ではない。現在わたしを追ってくるヤツラから死に物狂いで逃げているのだ。

 がむしゃらに走って、何度転倒しても捕まりたくない一心で走り続けた。

髪を振り乱し、ヒールが折れるのも構うことなく、アスファルトに打ち付けた膝部分はストッキングが破け血が滲み出ていたがそんなことに気を配ってる余裕はなかった。

 後ろを振り向く余力すらない。

 少しでも気を抜けば、ヤツラに捕まり、確実な『死』が待ち構えている――

 今この瞬間もヤツラが背後から迫る気配が確実に近づいていた。


「どこかに、どこかに隠れる場所は」

 必死に逃げていると正面に公園が見えた。名前は知らないが、面積は狭そうな公園だった。

 このままでは追い付かれてしまう――そう思い南無三と公園内に逃げ込むと、ブランコに滑り台、それとベンチが一つポツンとあるだけで身を隠せそうな遊具は皆無だった。

どうやら外れクジを引いてしまったようだ。


「ああもうっ!隠れるとこがないじゃない!」

 怒声と荒い息遣いが誰もいない公園に響く。姿は見えないがヤツラが近くまで迫っている足音が聴こえる。

 どこかに適当な場所はないかと見渡すと、公衆便所のすぐ隣に人一人が隠れられるほどの植え込みを見つけたので慌ててそこに飛び込んだ。


「はぁ、はぁ、ここなら、見つからないはず」

 荷物をしっかりと抱え、植え込みの中で破裂しそうな心臓が落ち着くのを待つ。

 隣からは不愉快なアンモニア臭が漂ってくるが、そんな些細なことには我慢しなくてはならない。

 隙間から外を覗くと、ヤツラがわたしを探しさまよっているのが見えた。その恐ろしさに思わず荷物を抱きしめる。

 公園内をうろうろしているヤツラは、時間が経つごとにその数を増やし、近所の連中は隙間から野次馬根性を出して覗き見していた。

まるで面白いショーを観賞してるつもりなのか。

 獲物を見つけるような鋭い視線で、か弱いわたしを捕らえようと今も涎を垂らしている。

(お願い……頼むから何処かに行ってちょうだい!)

 早くここから去ってくれと必死に神に祈ると、祈りが通じたのかヤツラは諦めて公園から去ろうとしていた。

(良かった……)


 がさがさ。

「え……?ひっ!」

 少しでも物音をたてたらマズイというのに、住処すみかを荒らされたことに腹を立てたの蜘蛛の抗議に、思わず情けない悲鳴をあげてしまった。

 その声を聞き逃すほどヤツラは愚かではないことは、これまで逃げてきた経験で知っていたはずなのに、どうして我慢できなかったんだわたしは。


『見つけたぞっ!捕まえろ!』

「や、やめてちょうだい!」

 哀れ、植え込みから引きずり出された私はヤツラに揉みくちゃにされた。

『いいからそのバッグを放せ!』

『あー至急応援頼む。近隣住民のものと思われるを盗んだ犯人確保。場所は――』


「ああああ、わたしはもう終わりよ」

『そうだな、もう二十一回目の逮捕だもんな』

 警官はわたしのぼさぼさになったカツラを手に取ると、死刑判決のように告げた。


『熊井権之助、二十一時二十一分下着窃盗で現行犯確保』


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逃走劇 きょんきょん @kyosuke11920212

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ