21回目の春

星来 香文子

21回目の春


「もう1回、もう1回だけ……!」


 これで何回目なのか、おそらく彼女はわかっていない。

 そこにどんな理由があるのか、赤の他人である俺が知る由も無いが、あまりにも必死な彼女の様子をみていると、流石に心配になってくる。


「もう1回ですね。こちらとしては何回でも構いませんが、大丈夫ですか? お金の方は……?」


 花柄の赤い小さながま口の財布を一つ握りしめているだけで、他に財布を持っているようには見えないのだが……


「大丈夫です……! 大丈夫ですから!! これで、お願いします……!」


 すっかり冷えてしまっている冷たい手から、俺は金を受け取る。

 これで何回目だろう……

 そろそろこのやりとりにも飽きて来たなぁ……


 なんて思いながらも、彼女が必死だから止める気にもなれない。

 まぁ、俺も彼女がこうやってお金を渡すとき少し前のめりになるたびに、チラチラと見えそうになる胸元を盗み見ているので、まんざらでも無いのだが……


 見られていることにも気が付かずに、何回も何回もこのやりとりを繰り返しているが、どうしてこんなに必死なんだろう?


 ここまで来たら、もう諦めたらいいのに……



「どうぞ……」


「……今度こそ!!」



 そう言って、彼女は先ほどと同じように手でゆっくり、そして慎重に、悩ましげな表情で目を閉じ、奥を目指しながら、ぐちゃぐちゃにかき混ぜていく。


 俺はゴクリと唾を飲みながら、その様子をじっと見つめた。


 他に人がいないとはいえ、ゆっくり、ねっとりした手つきで時間をかけて、奥まで到達すると、指先でそれを転がし、掴み取る。


「……はぁ……はぁ……これよ、これがいい」


 緊張しているのか、息が少し荒くなっているような気がする。

 頬も紅潮しているような……


 彼女は中から取り出したそれを、白くて細い震える指でゆっくりと開く。


「き……」



 彼女は今までとは違い、喜びの表情を浮かべる。


「きたあああああああああああああああああ!!!!」


 泣きながらガッツポーズをして、飛び跳ねるように喜び、叫んだ。



「ついに、出た!? 出たんですね!? おめでとうございます!!」


 彼女があまりにも嬉しそうだったので、俺は思わず拍手をしてしまった。


「ありがとう! ありがとうございます!!」


 そして、なぜか彼女がハイタッチを求めてきたので、俺も流れで柄にもなくそれに応えてしまった。

 そしてそのまま、なんとなく少しだけ手を握ってしまった。

 すぐに放したけど……


 さっきまで冷えて冷たくなっていた彼女の手に、ぬくもりが戻っていた。


「何番でしたか?」

「1番です!! 1番の大吉です!! 待ち人来たりです!!」

「おおお!! それは良かった!」


 あまりに嬉しそうに彼女が笑うから、神社なんで静かにしてくださいとは言えず、ついつい一緒に騒いでしまった。

 あとで宮司に怒られるかもしれないが、おみくじ担当のただのバイトである俺には関係ないと開き直る。



「ところで、この先に引いていた他のおみくじ、どうしますか?」


 彼女が引いた「大凶」や「凶」の彼女にとってのハズレのおみくじが、台の上に散乱していた。


「あー……縁起が悪いので、全部捨てておいてください」


「え……っ?」


「それじゃぁ、お願いしますね」


 大量のハズレのおみくじを残して、彼女はさっさと立ち去ってしまった。


「おいおい、それはないだろう……」


 とんでもない女だったと思いながら、俺は残されたハズレのみくじの数を数えながら、彼女の代わりに木の枝に結ぶ。


「20枚……あの人、21回も引いたのか……!」


 むしろ、20枚も引いて大吉が出ないとは、ある意味すごい運の持ち主じゃないかと思った。



 21回目、ようやく出たおみくじを持って、彼女は一体、どんな人と出会うのか……

 少しだけ、気になるな……




 そう思っていたのが、この年の正月の終わり頃。


 次に俺が彼女と再会したのは、この年の春。


 21回目の俺の誕生日だったのはまた、別の話————




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

21回目の春 星来 香文子 @eru_melon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ