私の物語

ナナシマイ

第1話

『むかしむかし、あるところに とても古びた――がありました。それはとても良い匂いで、優しくて、……』


 その物語は、こんな言葉で始まっていました。


 けれども、ところどころ文字が掠れていて、読めないところがあるようです。そういう部分に限って「もしかすると重要な言葉だったかもしれない」などと思えてくるのですから、困ったものですね。

 読めないものは仕方がありませんから、適当に好きな言葉を入れてみましょうか。そうですね……とても、古びた――


 ……本が良い、ですか? ふふ、私も本は好きです。

 それに、古い本は良い匂いがして、優しい気持ちになれる……えぇ、ぴったりだと思いますよ。


 では、気を取り直していきましょう。




『むかしむかし、あるところに とても古びた本がありました。それは――』


 それは幻の宝と言われていて、国で一番の富豪の家に、厳重に保管されていました。主である富豪は毎晩、何重にもかけられた鍵を開けては、金庫の中から取り出して眺めるのでした。


「あぁ! これは本当に、素晴らしい宝だ!」


 富豪は一度も中を開けることはなく、ただその豪華な装丁だけを楽しんで過ごします。彼にとってその宝の価値は、見た目の美しさだったのです。

 その様子を見ていた使用人たちは、主が財力を見せつけることは当然のことだと思っていましたし、宝自身もそれを受け入れていました。宝にとっては、もしかすると、たった一人の人間がつける価値など些細なものだったのかもしれません。


 ある時、隣国との戦争が始まりました。次第に争いは激化していき、その戦況は思わしくありません。

 あいにく富豪の住む町は王都の近くにあったため、その戦禍を被ることとなりました。焼かれ、崩れ落ちる建物の間を、泣き叫ぶ人々の声が飛び交います。


 富豪の家も例外ではありませんでした。放たれた火は様々なものを焼き尽くしてしまったのです――金庫に保管された、幻の宝を残して。




 またある時、その宝は学者たちの手の中にありました。

 それは、富豪のところにあった時とは違う、質素な見た目をしています。けれども、学者たちは熱心にその価値を語り合い、そこから更に新たな宝を作り上げることすらあったのです。


 何度も何度も議論が交わされる度に、宝にはたくさんの価値がつけられ、またたくさんの批判も受けました。




 有名な吟遊詩人の商売道具として使われていたこともあります。

 吟遊詩人が囁くように宝について語れば、観客らは、ぱぁっと顔を赤らめたものです。それはとても華やかで、賑やかで、誰もがその吟遊詩人の語りを待ち望んでいました。


 しかし、やがて人々は新しい物語を好むようになっていき、幻の宝は次第に忘れられてしまったのです。




 その母親は毎晩のように、大切な娘に話して聞かせました。娘はうんざりしていましたが、いつの間にかその話が、自分の根幹となっていることに気が付きました。

 ふと思い出すのはいつだって、幻の宝と、その話をしてくれた母親の姿。


 いつか自分に子供が出来たら……。

 そう思える程に、大切な記憶となっていたのです。


『――そうやって幻の宝は、人から人へ受け継がれ、たくさんの時代を過ごしてきたのでした。そしてこれからも、この世界に大切な何かを教え続けてくれるのでしょう』




 無事に、物語を読み終わることが出来ましたね。最初の読めない部分は「本」と入れてみましたし、他に読めないところも何となくで補完してみましたが、上手く繋がりました。

 本当の物語がどんなものであったか、誰も知ることは出来ません。しかし、私は確かに、この物語を楽しめたと言えるでしょう。


 ……いいえ、そうではありませんね。私は、ただ思い出すだけなのですから。

 いつかまた、誰かに拾われることを願って。




【投稿】

 へえ。意外な展開だった。まさか主人公がねえ……。

 Re:ね、ちょっと素敵なお姉さんを想像してただけにショック

 Re:Re:それkwsk お姉さんじゃないん?

 Re:Re:Re:最後までちゃんと読んだか?


【投稿】

 これってつまり自伝?

 Re:ネタバレすな

 Re:Re:すまん


【投稿】

 どうですか?価値、あると思いますか?

 Re:ステマ?それともアンチ?

 Re:Re:??それ、何でしょうか。

 Re:Re:Re:あ、察し。

 Re:Re:Re:Re:乙~




 ふふ……。何だかくすぐったい気分ですね。

 今まで、本当に色々なところに身を寄せてきましたが、こうして交流するのは初めてです。


 これも時代の流れ、なのでしょうね……。

 でも、不思議と嫌ではありません。それどころか、今度はどんな出会いがあるのか、楽しみでならないのです。

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