メタフィクション「タイトル安直じゃない?」

小早敷 彰良

作者の私と一番の読者と主人公の仲間との複雑な関係

この文章を読んでいる人がどれだけいるだろうか。

句読点の使い方にすら悩む作者には読者もついておらず、既読数はいつも一桁。

こうしてオレはいつも通り登校中ではあるけれど、それを見る人は何人いることか。

「今回こそは誰かに読んでもらえるはず、面白い題材考えついたから。」

いつもの作者の言葉に、オレはため息を吐いた。そう言って、時々落胆しているのを知っている。傷つく癖に発信を止めないのはなぜか、オレにはわからなかった。

通常の表現方法に戻したほうがわかりやすいか。


オレは通学路で立ち止まり、Wordでこの世界をオレと一緒に作っている作者に手を振った。


作者の彼女の世界では、オレの言動は地の文として見えているらしい。

初めてこうして接触したとき、作者の彼女がぬか喜びをしていたのを覚えている。

「名作は登場人物が脳内で一人で動き始めるというから。」

書き上げてもいないのに、名作ができると喜んだのか。笑えるな。

「まあそうね。呆れるほど書いて、いつかに期待するしかない。

それで相談だけど、今回は青春小説を書きたいんだよね。」

だから、高校一年生の入学式が舞台なのか。


灰色の校門の前にオレは立っていた。

校門の向こうに見えるのは時計台。それを取り囲むようにグラウンドが広がり、奥に校舎が建てられている。

校門には「見田国高等学校 入学式」と達筆の看板が立てられていた。


オレ、これで何回目の入学かわからないぞ。授業内容は全部覚えている。

今回のオレは、登場人物としてどういうやつなんだ。

「可もなく不可もない成績。天才は感情移入しづらくて主人公には向かないって、創作仲間から聞いたから。」

テスト内容がわかるどころか、今、受験しても良い大学に合格できる自信あるぞ。

「手抜きは難しい?」

うん。

「なら、それでいいや。今回書きたいのは部活だから、それ以外は描写薄くなるから。」

了解。部活以外の生活では自由にさせてもらう。

こういう詰めの甘さが作品に表れているから、いまいち閲覧者数が伸びないのではないだろうかと、オレは常々思っていた。

登場人物としては楽だから、わざわざ改善させようとはしないけれど。


どんな登場人物にだって、描写以外の生活というものがある。

作者の彼女につきまとわれ、ころころ変わる世界観に発狂せずに済んでいるのは、オレの仲間たちが描写の外側にいつもいてくれるからだ。

「今日は高校の入学式? 何回目よね。」

例えば、こういう風に笑ってくれる姉とか。

何回目かは知らない、もう覚えてない。今回こそ少しでも面白い展開になればいいけれど。

姉はオレと同じ制服姿で、肩をすくめた。

「ファンタジーじゃないだけ良いじゃない。このあいだは異世界に滅ぼされる寸前の世界だったんでしょ。コウちゃんがしんどくない世界だったらなんでもいいよ。」

この姉はオレに甘すぎる。オレは恥ずかしさに思わず頭をかいてしまう。

作者の干渉範囲外とはいえ、身内に優しくされているのを見られるのは、なんとなく恥ずかしい。何回学生や社会人をやっても、この羞恥は忘れられなかった。

「主人公がしんどいのは、そりゃあ当たり前だけど、コウちゃんが辛すぎるのは身内として許可できません。」

横断歩道をはさんで、赤信号の向こう側で、姉はない胸を張っている。

許可有無はあの作者には通じないだろうけれど、姉の言う通り、世界観を理解するのがしんどくないだけいいか。

そう、オレは思い、新しい始まりに沈んでいた気持ちを立て直した。

コンビニのある交差点をはさんで、オレたちは会話していた。

高校の目の前にコンビニがある世界観であることは、オレにとって嬉しいことだった。

今回は週刊連載のマンガを読んだり、肉まんが食べられる。

部活ものというけれど、どの部活に入れる気なのか。出来れば楽な部活が良いけれどこの間、彼女は水泳について書きたがっていた。

今回の作品も、体力勝負になりそうだ。そのぶん、描写外では好き勝手だらだらして、姉にも甘やかしてもらおう。

そう、オレは密かに考えていた。


信号が青に変わる。

横断歩道の向こうから、姉が歩いてくる。

姉は今回はどんな生活を送るのだろう。オレの作品描写の外にいるために、同じ部活にはいられない。

いや、作者のガバ加減からいうと、姉が同じ部活にいても描写不足で気づかれないかもしれない。

そうだ、今回は同じ部活に入ってもらおう。

姉さん、早く。お願いがあるんだけど。

満面の笑みで、姉が歩いてくる。


その顔を、トラックが横切った。


「あれ。」

派手な音を立てて、姉をひっかけたまま、トラックはコンビニに突っ込んだ。

「そんなばかな。なんで。」

オレはかばんを取り落とす。信号は青で止まっていた。

コンビニに向かって、歩を進める。

歩くごとに足元で割れたガラスが音を立てる。

コンビニに突き刺さったトラックに、赤色が交じっている。


おい!!!

どういうことだ!!!

部活ものにクソ展開を持ち込むんじゃねえよ!!!

姉はいつも、描写外にする約束だったろ!!!クソ作者!!!


「いや、本当に、これからどうしたらいいかわからない。私の意図していない展開、これ。」

信じられるか!!!

「本当なんだって。」

「私が頭を抱えているのを、この激昂する男からは見えないだろう。

主人公の身内を殺すという、簡単な動機づけ、通称インスタント因縁を作るにせよ、今回書こうとしていた小説には必要のないものだった。

本当に、なぜ今、この主人公の姉が死んだのかわからない。」

クソ作者!!!勝手に殺すなよ!!!

こうなったら、助ける描写をしろ!!!

絶対に助けろ!!!

姉さん、姉さん!!!

「そういうことできるかな、なんでこんな、いややってみよう。

男は血相を変えて走っていく。

ひしゃげて穴が開いたコンビニには、何人かのうめき声が響いていた。

入学式前に物を買おうとしていた新入生や先輩なのか、同じ制服を着る姿が、何人も倒れている。

「姉さん!」叫びながら、男はガラスで切れる手も気にせず進んでいく。

放射状にひびが広がる飲み物ケースのそばに、彼の探し人はいた。

倒れた彼女の身体に、つぶされたペットボトルから流れる色とりどりのジュースがかかっている。黒い炭酸が彼女の上でしゅわしゅわと弾けているのが、男の目には煩わしかった。」

早く、続きだ。

「何台もの救急車の音がする。近隣住民が通報したらしい。

呻く彼らも、数分後には的確な治療が受けられるだろう。

男は飲み物ケースから姉を抱き起す。」

姉さん、姉さん。

「大丈夫? まだ、状況がいまいちつかめていない。

私も混乱してる。上手く書ける自信がない。

君が姉さんの身体の描写をして。」

オレは首を振る。

筆舌に尽くしがたい姿に、姉は成り果てていた。

「なるほど。君が書いて、お姉さんの姿が確定するのはまずい、と。」

オレは頷いた。

「現実がどうであれ、君の見たいように、やりたいように描写して。

地の文の描写ほど強いものはないから。

いや、たまにある信用できない語り手の作品は別として。」

びちゃびちゃと傷口をジュースが濡らす。

手の傷にしみるのを感じて、あわてて姉をジュースの滝から引きはがす。

オレの細かい傷でさえこんなにしみているのだから、姉の胸にあく傷にはどれほどしみているか、想像したくない。

「ああ、駄目だよ。できるだけ、軽いけがに書き換えよう。

そこは私と君とで作っている小説の中の世界なんだから、上手くいくかもしれない。」

地の文での描写は、そりゃお前にやらされていたけど、見えている通りにしていた。それを書き換えるなんて、そんなこと。

「でも、こんな展開、望んでいないでしょう。」

うん。お前も?

「うん。こんな必然性のない試練なんて、物語に不要な悲劇なんて、いやだ。

私の一番の読者にも申し訳ない。」

読者?

「登場人物の君だよ。一番最初に読んでくれているでしょう。

私は読者のためならなんでもする。描写外の仲間たちも助けたい。」

息を吸って、吐いた。

閲覧者数やコメントとか、お前の言うことは、いつもよくわからない。

「わからなくていいよ。これは私の地獄なのだから。」

それでも、オレらは仲間だってことだな?

「当たり前じゃん。」

トラックの影から、姉の軽い身体を抱えて立ち上がる。

「慎重にね。どういう影響があるかわからない。」

静かに、姉の身体にかかっているガラスの破片を払っていく。

分厚い制服の生地は、ガラスが刺さっていない。

手が震える。「がんばって。」

スカートから伸びる脚は、女子高生らしく白いままだった。

顔はまぶたが閉じられて、眠っているかのようだ。

「大丈夫だから、起きて。」

あいつの呼びかけに、長いまつげに覆われた目がゆるゆると開いていく。

「コウちゃん?」鈴のような声で、姉は言った。

姉さん、姉さん。

「なんで泣いているの、コウちゃん?」



「よかった。ごめんコウ。」




私は顔を手で覆った。主人公が危機を脱すると、いつもこう消耗してしまう。

「それにしても、どうして、意図してない展開が広がったのだろう。」

無駄になったプロットを、ゴミ箱に投げ捨てる。

「もしかして、これも物語のなかだったりして。」

想像にぞっとしながらも、私はコメント欄の様子が気になった。

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メタフィクション「タイトル安直じゃない?」 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa

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