観測者の憂鬱

人生

 シックス・扇子




 自分を底辺作家と卑下するのは負け犬の遠吠えにも似ている。

 だから私はあえて言おう、アマチュアだと。

 PV数が少ないのは純粋に、人目につく頻度が低いだけ……。

 その他良作や更新頻度の高い長編に埋もれてしまっているだけだと……。

 そういう意味での底辺なのだと……。


「むう……」


 カクウヨムという小説投稿サイトを利用して五年ほどになるのか。なかなか、読者数は増えない。アカウントのフォロワーは二桁台には達したが、はてさて彼らが今も存命かは不明である。


 一時期、フォロー機能が今の状態になる前のことだ。たった一話投稿しただけで、フォロワーが一気に十数人も増えたことがあった。その理由はといえば、サイトで開催している賞金付きコンテストの「読者選考」という選考システムにある。つまり、フォローするからお前もフォローを返せ、そうやってお互いウィンウィンになろう……読者選考通過のための裏工作である。

 フォロー機能が多少改善された途端、その時増えたフォロワーたちは一気にいなくなった。私はそれ以来、人を信じることを……少なくとも目に見えない赤の他人を信じることを止めたのである。

 フォローされても作品を評価されても、それはつまり、フォローするからお前もしろと暗に催促されているからではないかと勘繰ってしまうからだ。同様に、私が他者をフォローしたり作品を評価等するのも「そういうこと」に思われるのではないかと考え、私はサイトの利用を投稿のみにとどめ、読みはしてもPV数以外の痕跡を残さないよう決めた。


 信じられるのはPV数のみ――読者がどこまで読んでどこで止めたか、どのエピソードが人気(タイトルに惹かれたのか?)か――実際、PV数に変動はないにもかかわらず、作品に適当な評価をつける輩も珍しくない。評価などあてにならないのだ。ちなみに変動がないことに気付く一番の理由はといえば、記憶に残るくらいPV数に変化がなかったり、そもそも読まれていないためゼロであったりするからである。

 もちろん、きちんとした評価もある。PV数の変動に加えエピソードに応援マークがついた上での評価なら、なるほどこの人はちゃんと読んでくれたのかと思うし、三段階中のどんな評価であろうと納得できる。別に応援が欲しい訳ではないが、応援の上の評価は二段階認証みたいなもので信ぴょう性があるのだ。

 ところで星3つのうちの星2は何を表すのだろう。悪い・普通・良いの「普通」なのか。まあ私は前向きに良い・とても良い・すごく良いの「とても良い」と捉えるのだが……。


 それにしても、中身を読みもしないで星1評価する輩は何を考えているのか。やはり見返り目的か。それともAntiか。まあプロ作家を目指す道中にはそういう連中がつきものだろう。今に見返してやる。


 今はまだ、時代が私に追いついていないのだ。

 実際私が十うん年くらい前に初めて原稿用紙に書き上げた長編のコンセプトと、まるで大差ないコンセプトの映画が大ヒットした事実がある。まあ表現やら演出やらその他もろもろ優れていたのでヒットしたのは頷けるが、似たようなコンセプトを先に考えていたのは私だと……言うことこそ負け犬の遠吠えになるか。負けてないが。勝負にすらなっていないが。


 作家とは孤独な生き物だ。プロになれば担当やら校閲やらつくのだろうが、出版経験もないアマチュアは常に一人、パソコンなり原稿用紙なりに向き合わなければならない。


 書くことは、孤独な戦いなのである。


 自分だけは自分の味方でいて、自分のやることに自信をもっていかなければならない。私は先を行っていると信じて……。

 ただ、一方で、私が考え付くレベルのアイディアは、仲間のいる、集合知を持つ多くの先駆者たちならもっと早く考え付き、より良い形に昇華できるということ。

 先を行っているのなら、より早く、より良くアイディアを形にしなければならない――後出しとか、二番煎じと言われる前に。そういう焦りが、常に私の中にある。


 しかしアイディアがまとまらない、話が進展しない……一人では限度がある。


 仲間が欲しい、誰かとアイディアを出し合えばもっと面白いものが……そうやってアマチュア同士、仲良しこよししていれば、巡り巡って作品が人目につく機会も増え、PV数も増えるだろう。少なくとも、読み合いをしていれば今より増える。


 ただ、それは自分の力ではない――というか関わるコミュ力がない……。

 私は自分の力でのし上がるのだ……。


 幸い、このご時世でおうち時間が増えたこともあってか、個人的な体感だが以前より読者数も増えている気がする。暇を持て余し気味なおうち時間、私も外に出れないので自然とパソコンに向かう機会も増え、ずるずると書き損ねていた長編を進展させたり、そうして作業していると何かと思いつくもので、傍らのノートにペンを走らせたりしている。何かしら動けば直観が働くものである。


 そんなある日のことだ。


 デスクの前で背もたれが稼働するタイプのチェアに伸びていた私の周囲に、突然それが現れた。


 扇で顔を隠した、六人の男女――


 私を取り囲むそれに気づいた時、私がゾッとしたのは言うまでもないだろう。


 なんのホラーだ。


 時代劇で殿様とかが着ていそうな着物姿で、烏帽子のようなものを被っていたり、髪を伸ばしている六人の人物。広げた扇で顔を隠していて、その向こうの素顔は白いお面に覆われている。


 これにビビらないヤツがいるか。

 彼らには確かな存在感があって、いつの間に家に入ってきたのかと、私はこれから拉致されるのではないかと思考は一気にミステリーに傾いたのだが。


 不思議と、私の動揺はすぐに収まった。

 背後に人がいれば誰だって驚くだろう。それと同じで、それが家族だったなら自然と肩の力も抜けるというもの。ちなみに、こんなヤツら知らない。

 だが、家族のような親近感を覚えたのである。


「いったい……」


『我々は、七福神じゃ』


 頭の中に直接声が響いた――そう形容するしかない感覚。


「一人足りないのでは……?」


『それはお前じゃよ、エビス』


「確かに私のペンネームはエビスキーだが。甲殻類が好きなのであって、別に……」


 彼らが神かどうかはさておき――彼らは、私にある助言をくれた。

 というか、彼らとのやりとりの中から、私は自然とアイディアを見出していたのである。


 扇とは、一説によれば「仮面」の役割を果たすものらしい。彼らは既に能面のようなものをつけているが、それとは別に……いわく、扇の隙間からものを覗くというのは、そのもののの邪気を直視しないための、いわば対オカルトマスクなのだ。

 あるいは、自分と相手とのあいだに境界線を引く意味もあるという。彼らがどうして扇で顔を覆っているのかは分からないが……恐らく、私と「私以外の第三者」という立場を表しているのだ。


 恐らく彼らは、私の中のもう一人の私――作家に必要とされる、客観的視点のイメージだ。私の頭の中の仲間たち。傍に立っているので、これを保護者と名付けよう。助言してくれるので少なくとも置物スタンドよりは相応しい。


 そんな彼らから天啓を受け、投稿したいくつかの短編。


 それに、珍しく応援コメントがついていた。

 スマホに通知が着て、私は滅茶苦茶ビビった。

 応援や評価はありがたいが……コメントやらレビューはちょっと恐い。ドキドキする。私としては評価等より、単純に読んでくれればそれでいいのだ。


 しかもそのコメント、長文で――


『あなたは、報道関係者ですか?』


 短編全部についていた。


『先日、××でこの作品の内容と似た事件が起こりました。しかし、あなたの投稿はその事件が報道される以前にされています』


 なんのことかと、試しにその事件を調べてみれば――夫の愛人(看護師)が妻の留守を見計らって子供を誘拐未遂した事件、資産家男性の怪死、探偵の失踪、アパートの住人蒸発、強盗事件解決に貢献した青年の記事……。


 確かに、似たような内容の短編を投稿したが……だいぶ独特な内容だが、まさか――とうとう私と時代との距離が近づいてきたらしい。書いたことが現実になったように見えるのは、そのためだ。


 ただし、これらの短編はといえば……あの六人とのやりとりから浮かんだもの。

 彼らいわく、この世界には八百万ヤオヨロズシステムというものがあって、どんなものにも霊魂や神霊が宿り、力を与えるという……。

 しかしそれは必ずしも正しく運用されるものではなく、時に人を凶行に走らせる要因にもなる。力が人格を乗っ取るのだ。いわゆる、悪霊、悪神あじんである。愛情溢れて他人の子供を攫ったり、隣室の住人に手を出したりしたのはそのためだ。彼女たちは、超常の力を有していた――あくまで私の考えた設定だが。

 その言に則るなら、彼らも私に宿った力なのか、それとも私を乗っ取る悪霊なのか……。ただ彼らは、この世にはそうしたものがあると広めてほしいと私に言う。広まることは理解し、そして改善へ繋がると。そして消えた。そして時々出てくる。


 これはつまり……これらの事件の裏には、そうした力があったということなのか?


 私がスマホを通して世界の真実なにかに触れそうになった、その時である。

 画面が光を放った。




                   ■




 気付いた時、私は暗闇の中にいた。

 周囲に何かの気配を感じる。


『我々の存在を感知している』


『やはり地球人は面白い』


 頭の中に声がする。


『我々の接触に対する順応性を確認。やはり、我々以外との通信を経験しているようだ』


『しかし、以前に我々と接触した形跡はない。にもかかわらず、なぜ予知能力……超能力・異能と呼ばれるものを有しているのか』


『これはやはり、地球独自の霊的存在の影響か。我々の感知しない、未知の周波数帯があるようだ』


『あるいは、この頭の中に「いる」のか』


『解剖してみよう。我々が、君の記憶の初めての読者になる』


『安心してほしい。我々は、君の仲間フォロワーである』


『これより、君の見る未来を確認する――』


 やめろ私の黒歴史、がが



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

観測者の憂鬱 人生 @hitoiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ