懺悔室

生田 内視郎

懺悔室

私は邦画が好きだ

海外でも評価が高い和製ホラーは勿論、売出しアイドルを全面に押し出したチープなC級邦画もそれはそれで大好物である。

俳優にそれほど興味があるわけではない

低予算の中、なんとか見方に工夫を凝らした監督の見事な手法や、一休さんのとんちをこねくり回したような突拍子もないストーリーに感動している訳でもない

ただ、失敗確実のクソ映画と分かっていながら、その映画の中で一生懸命に役になり切ろうとする俳優達や、その奥で必死こいて汗を流す裏方さん達の無駄な努力が透けて見えると、それがどんなコメディより面白く可笑しく思えて仕方ないのだ

特にゾンビ映画などの大量のエキストラを見ると、いい大人が皆両手を突き出しう〜う〜唸ってる様が滑稽でつい噴き出してしまう


という私視点から見る邦画の魅力を友達に伝えると、アンタ歪んでるよ、と非常に辛辣なコメントを頂いた

そんなくだらない見方するならわざわざ映画館で高い金払って見ることないのに、という彼女の声にやれやれ、と溜息をつく

彼女は何も分かってない

爆死が既に確定している映画をうちの小さなTVで一人見ることに何の意味がある?

大々的にこれでもかと宣伝費用に予算を注ぎ込み、期待を胸に膨らませた観客達の上映終了後の期待を裏切られた顔を見ることこそ、クソ映画の醍醐味ではないのか

そうして客の「クソつまんねー」と喧々轟々な声を小耳に挟みながら鼻歌混じりに帰り途につくのが何より心地いいのだ


それでもし普通に面白かったらどうすんのよ

と言われたが、それならそれで普通にいい物を見たと感動できるのでどちらにしても美味しいことには変わりない


単にハズレ映画の見過ぎで損した気持ちを紛らわす為に、心に防衛本能が働くようになっただけじゃ無いの、と彼女は邪推するがそんなことは決してない


私はただただ、純粋に色んな方向から邦画を愛でているだけなのだ


予定より仕事が押し、なんとか上演時間ギリギリに映画館に駆け込む

いつもの邦画らしい登場人物達がブロッコリー状に並んだカレンダーを横目に一番後ろの席に着く。

前を向くと私の前の席は老若男女様々な面子でほぼほぼ埋め尽くされており、世間の期待値の高さが窺われた


今回の映画は邦画としては珍しく、世界的な活躍を見せるスター俳優や、今一番旬の連ドラ女優など豪華なキャストの面々が勢揃いしている割には、番宣やCM等のTVの告知が一切無かった

内容に関してもスタッフの間で厳しく箝口令が敷かれ、ネットでさえネタバレを見ることがほぼ叶わず分かっていることといえば、サスペンスホラーであることと、多少のグロ描写があるということ位だろうか


今回の映画を撮るにあたり、製作者である監督は次のようなことを言っていた

「この作品は、今まで見てきたモノとは明らかに一線を画した、あるギミックが仕掛けられたとてつもなく衝撃的な映画です。

それこそ見た者の人生を大きく変えてしまう、危険な作品でもあります。命が惜しい方は、ぜひ観ないことをお勧めします」と


まぁ随分と大言壮語だこと

しかし、そこまで言うからには、邦画好きの私としては是が非でも見てみなくては気が済まない 

ドキドキしながら初恋の人とデートの待ち合わせをするが如く、膝に両拳を揃え姿勢良く合図を待つ

ブザーが鳴り、辺りが暗くなった

いよいよ幕が上がるーー


暗い部屋に、ポツンと一箇所スポットライトが当てられている

周りを見渡すとカメラの周りをぐるりと囲んで6人の俳優達が椅子に座らされている

全員が手首を後ろ手に縛られ、足も椅子の脚に括られており身動きが出来ない状態だった

カメラが下を向くと、俳優達と同じように縛られた手足が見える

なるほど、カメラの視点が登場人物の一人になっているというわけか

視点が前に戻ると、いつの間にか気味の悪い兎の仮面を被った神父が円の真ん中に立っていた

映画の登場人物達と共に、ひっ、と短い悲鳴が聞こえる

「こんにちは皆さん 今日は私の催しに参加して下さりありがとうございます」

と神父がボイスチェンジャーでくぐもった低い男の声で話しかける

「今から皆さんには、生涯で犯してきた罪の中で一番重い罪を告白して貰います」


ああ、はいはい、そういうのねーー

まだ始まって10分も経っていないのに、何となくオチが見えてつい鼻息が漏れる

要はSAWとパラノーマルアクティビティのパクリだこれ

一応キャスト達がこれまですっぱ抜かれたスキャンダルを元にしたような、妙にリアルな罪を次々告白してはいる

そこら辺にリアリティがあり、俳優達の私生活の本音を喋らされている様な演技に引きこまれはするものの、脚本自体になんら新しい試みも面白さも感じられない

ただ、時々真ん中の神父がチェーンソーを持って演者を脅しているだけだ


流石だ

この、面白いものの上辺だけ掬って寄せ集めました感が実に素晴らしい

世界よ、これが邦画だ

心の中で大きな拍手を贈る 

ブラーボゥブラボゥ!!

今すぐ家に帰ってすぐにパソコンを立ち上げ、感想ブログに最大級の罵倒と賛辞の言葉を思いのままに綴りたい!


その後もほぼ予想通りに話は進み、大した山場もなくキャスト全員が殺され、自分(カメラ視点の演者)に「さぁ、貴女の罪は?」と聞かれたところで映画が終わり、エンドロールが流れ始めた


はぁー、と深く息を吐き、腕を伸ばす

画面からは遠いので迫力には欠けるが、

一番後ろの席はこれができるから良い

大きく欠伸をし、深く座り直し目を強く閉じる


曲が終わり、劇場が明るくなった

さあ、立ち上がろう とした時ふと違和感を感じた


映画が終わったのに満員の観客席から誰一人として立ち上がろうとする者がいない

皆一様に画面に釘付けで、微動だにしないのだ

異様な寒気を感じ、一刻も早く立ち去りたくて立ち上がろうとして 気付く


手首が椅子に縛られている 両方だ

「嘘ー」

見ると足も縛られている

急に怖くなり、隣に助けを求めようとして声を失う


兎の仮面をしていた

隣だけじゃない

私以外の観客全員が仮面を被り、私一人を見ている

「あ、ー」


「「「「「「さぁ、貴女の罪は?」」」」」」







「この作品は、今まで見てきたモノとは明らかに一線を画した、あるギミックが隠されたとてつもなく衝撃的な映画です。

それこそ見た者の人生を大きく変えてしまう、危険な作品でもあります。命が惜しい方は、ぜひ観ないことをお勧めします」

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